第32話 人事を尽くして天命を待つ

 ホワイティに戻るとまずオレたちはギルドに寄った。

 これはバフェッツをパーティから外すためだ。

 彼は元々流れの傭兵みたいなもので、クエストにだけ参加していた。


「じゃあ、オレはこれで」

「ホンマに抜けるんか?」

「オマエたちは商売をするんだろう。悪いがオレは興味が無い」

「そうか……まあ無理強いはできんな」


 獅子は残念そうにしているが、どんなに優秀でも長所を活かせない場所に配置しては宝の持ち腐れやしなと、つぶやいた。代わりにボーナスを多めに上乗せすることで評価した。


「たしかに受け取った。またクエストの依頼があったら声をかけてくれ」


 そう言い残してバフェッツは去っていった。

 今回のクエストではずいぶん助けられたし、できればこのまま残ってもらいたい。

 だが、本人の言うとおり客商売には向いていないだろう。

 不愛想だし見た目も厳つい。

 獅子の反応もドライだった。


「ま、また縁があれば再開することもあるやろう。パーティの構成は固定ではなく、その時々に応じて最適なメンバーが集まれた方がええと思うわ。嫌々仕事しとってもつまらんやろうし、誰の時間も奪わんですむ。コミュニティのメンバーもそうあって欲しいわ」

「だいぶ減ってしまったが、また集まってくれるだろうか?」

「それもまた縁次第やな」


 獅子がクリスティーに問いかける。


「クリスティーとディーネはワタシたちといっしょに働いてくれるか?」

「もちろん。今回のクエストに参加できて本当に良かったし、これからもクリスティーやディーネやみんなともレベルアップしていけたらと思ってるわ」

「そうか、そう言ってもらえると助かるわ」


 ほな次行こか、と獅子はさっそく次のアクションを起こした。

 相変わらず行動が早い。


 次の目的地はギバー商事だ。

 ロバートと面会し、借りていた地図を返す。

 それからクエストの成果を報告した。


 水源は無く、代わりに土竜と魔石の鉱脈を発見したこと。

 しかしそれらはみだりに荒らさないでほしいと切り出した。

 土竜を討伐すれば膨大な魔石が手に入りはするが、争奪戦が起こればビジネスの妨げになる。魔石自体は一定量採れるのでギバー商事に卸すことは可能だと伝えた。


 始めロバートは難色を示した。

 水脈以上に価値あるものが埋もれているのだ。

 掘らない手は無い。

 魔法が使える土竜も希少価値が高く、手練れの冒険者を集めてクエストに乗り出したがっていた。


 だが、獅子が温泉を中心にしたリゾート施設を開発する計画をプレゼンするとそちらに興味を示す。


「鉱脈は掘り尽くしたらそれで終いや。けど集客するビジネスの仕組みをつくれば半永久的に儲けられる。今度こそ他ではそう簡単にマネできんし、どうか見守っといてもらえんやろうか」


「ワタシからもお願いします。この子のお母さんとも約束したんです。棲み処を荒らさないって」


 ティーファが頭を下げた。

 ディーネはその腕のなかで気持ちよさそうに寝息を立てている。


「まあ、それはかまわないが」

「ありがとうございます。きっと報いてみせます!」

「いずれにしろあと50日もすれば結果が出る。だが、温泉の計画にはその土竜がカギを握っているんだろう? 期限までに躾けられるのか?」


 期限というのは100日後までに1憶のビジネスをつくるという約束のことだ。

 残りはもう50日あまりしかない。

 その間に土竜を育て、温泉をつくれるだけの水を錬成できるようになるまでレベルアップさせなければいけないことになる。土竜の生態はまだあまり解明されておらず、間に合う保証はない。


 それでもティーファは大見栄を切った。


「この子は、ディーネはきっと立派に育ててみせます」

「その意気や」獅子が後を継いだ。「ワタシたちも全力でバックアップするから安心しいや」


 その後、獅子は、ロバートに投資してもらった残金もすべて温泉事業の開発に投じるため、資材や人材を調達するための交渉を始めた。あとはオレたちの出る幕は無い。この場は獅子に任せ、残るメンバーでギルドに向かった。


 今回のクエストの成果を、アナがコミュニティ内で周知したがっているのだ。

 2層はもうアナたちだけでも攻略できるし、戦いはしないものの3層で伝説級のモンスターを拝むことだってできる。なにより、実戦を通してレベルアップしたアナやクリスティー、ティーファの3人を見れば気が変わる者もいるだろう。


 本クエストでの経験値は高かった。

 難易度でいえばEくらいだろうとノエリアが評した。

 正式に判定が下されれば、冒険者のランクもFからEに昇格することになる。

 もうビギナーではないのだ。


 結局、すぐに還ってくる者は現れなかった。

 ディーネには興味を示したものの、やはり実戦への恐怖心がみんなの心を支配している。だが、それでもアナは粘り強く勧誘を続けると言う。


 クエストだけでなく、店の運営にも人手は必要だ。

 できることならコミュニティのメンバーでという想いがあるのだろう。


 ギルドを出るとその足で今度は鉱山に向かった。

 店の再建を行うためだ。


 だが、元あった場所はテイカー商会に取られてしまっていた。

 ダンジョンの入り口付近一帯がすべてバグの店のテントで占領されている。

 撤収からものの3日でオレたちの店は完全に居場所を失っていた。


「文句を言っても仕方がない。元々誰の土地でもないんだ。他を探そう」


 いずれにしても、温泉をつくるならもっと広い場所がいい。

 近すぎず、離れすぎず、適当な場所がないかと周辺を散策してまわった。


「ねえ、いっそ3層までのルートに近いところにつくらない?」クリスティーが提案した。


 そこなら魔石を採りに行きやすいし、ディーネのお母さんとも会いやすい。

 街からのアクセスも近いので冒険者以外の客も足を運びやすいだろう。

 窪地なので温泉も溜めやすいのではないかという話になった。


 昨日脱出した場所に戻る。

 とくに変わった形跡はない。

 モンスターの気配もなさそうだ。


 窪地に下っていき、林を分け入る。

 樹木が生い茂り、下草も方々から生えていて進みにくい。

 むき出しの岩が多数転がっているし、足元もぬかるんでいた。

 人の手が入っていない荒れ地で店を営める状態ではない。


 だが一方で、ここならテイカー商会の邪魔も入らないだろう。


「ここからもう一度再出発だな」

「店は窪地の上で開くとしても、温泉施設を建設するにはまず草木を刈ったり、岩をどかしたり……とにかく土地を均さなくちゃ」

「開墾するだけでいったいどれだけ時間がかかることやら……」


 ノエリアとアナがやれやれとため息をつきつつ、つるはしを斧や鎌に持ち替える。

 草刈りを始めようとする2人を退け、オレが一手に引き受けた。

 魔石を手にし、炎を放出する。


 火の手が一気に林を駆け巡り、樹木を焼き尽くす。

 周りになにもないから気兼ねなく炎が出せた。

 やがて焼くものがなくなり、辺り一帯が焦土と化した。


「これで窪地全体が見通せるな」

「ホムラすごいや」


 アナやクリスティー、ティーファが喝采する。

 ノエリアは少々呆れたようにつぶやいた。


「ずいぶん目立っちゃたわね。バグが嗅ぎつけてこないといいけど」

「宣戦布告の狼煙ってことで」

「ダンジョンの入り口がむき出しになっちゃったのはさすがに隠さないとね」


 完全に鎮火し、狼煙も消えたところで獅子が合流した。

 獅子もこの場所でええとオーケーサインを出した。


 全員で手分けして事業の再開を目指す。

 オレと獅子で開墾を続け、温泉施設を建設していく。

 だが、人手も技術も足りないので、これはさすがに大工を雇った。

 バフェッツがいればもう少し捗ったかもしれないが、泣き言は言っていられない。


 商品の仕入れのために一部の資金を残し、他はすべて温泉施設の建設費用に充てた。図面は自分たちで引き、あとは突貫作業で進めてもらう。もちろんオレたちでできることは可能な限りやり尽くす。少しでも経費を減らさなくてはいけない。


 女性陣は小売と飲食事業を再開できるよう店の準備を行った。

 その傍らでディーネの世話をしつつ、水魔法をコントロールできるようみんなで話し合っていた。ディーネの成長が成否のカギを握る。1日でも早く使いこなせるようになってもらいたいものだ。


 アナは店の傍らで書籍の出版に向けて執筆をしている。

 コミュニティが機能不全に陥っているのでその代わりに情報商材をつくろうとしているのだ。読み書きをきちんと学んでこなかったので良い機会だと言い、ノエリアに教わりながら寝る間も惜しんで書き続けていた。


 全員がいま自分にできることを全うしている。

 これでダメなら仕方がない。

 そう思えるところまで努力し尽くした。


 やがて、温泉施設が完成した。

 期限まで残り10日を切った。

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異世界FIRE 遊び心 @193

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