第31話 テイマー
見下ろした穴は直径20メートルくらいあるだろうか。
だが、深さはさほどでもない。
中心付近で10メートル程度。
土竜の体長よりも少し深い程度だ。
穴はクレーターになっており、その中心付近に獅子とティーファ、クリスティーがいる。そこに下層に通じるルートは見当たらないが、それよりも特筆すべき点が2つあった。
まず、中心付近が異様に明るい。
大量の魔石が集中しているのだ。
特大の鉱脈かと思ったが、どうやら意図的に集められているようだ。
大小様々な魔石がサークル状に並べられ、1つの籠を形成している。
さらに、その籠のなかに巨大な物体が鎮座していた。
1メートルくらいの白っぽい球体が3つある。
オレは目を細めてそれを刮目した。
「もしかして……卵か?」
土竜が悲しそうな唸り声をあげた。
卵を心配そうに見つめている。
そのうちの1つが微かに揺れた。
魔石の光に透かされ、なかで小さな生物が脈動している。
今にも生まれるのではないか。
なかから殻を突いているのがはっきりと見て取れる。
オレは土竜の顔から降り、クレーター内に降り立つ。
土竜は威嚇をしつつも攻撃してくることはなかった。
卵の近くでは水を吐くことも暴れることもできないだろう。
殻に罅が入り、少しずつ削られていく。
殻の欠片が1つ2つと剥がれ落ち、そこから新しい命が顔を出した。
その姿は後ろに控える土竜と同じだ。
生まれたての土竜が殻から這い出す。
親を探しているのだろう。
手足をばたつかせ、必死に母親のぬくもりを探している。
目は閉じられたままで、まだ見えていないようだ。
「コイツはあの土竜の子どもか?」
「そうみたい」ティーファが答えた。
「よく巣があるって分かったな」
「声が聞こえたの」
「この子ども土竜の鳴き声がか?」
「いいえ。声の持ち主はお母さんの方。それも鳴き声じゃなくて、話し声がね」
「ティーファ、アナタ、あの土竜がなにを話しているのか分かるのね?」ノエリアがきいた。
「ワタシも最初は分からなかったわ。だけど、彼女の悲痛な叫びがどんどん人の声に聞こえるようになったの。彼女に敵意は無い。ただ卵を守るために異物を排除しようとしていただけよ」
「テイマーの資質があったのね」
「ワタシも知らなかったけれど……どうやらそうみたい」
「知性のあるモンスターとエンカウントする機会なんて無いでしょうからね」
テイマーといえど、すべてのモンスターと意思疎通できるわけではないらしい。
人に好意的なモンスターか人語を理解できる知能レベルのモンスターだけだそうだ。
ティーファは、土竜を刺激しないようそっと子ども土竜を抱きかかえる。
それから、心配そうに見つめるお母さん土竜に掲げて見せ、やさしく語りかけた。
「土竜さん、驚かせてごめんなさい。ちょうど子育ての最中だったのね。ワタシたちはアナタの敵じゃない。この子や卵を狙ったりしないし、魔石も採ったりしないから、どうか許してほしい」
土竜はティーファを見据えながら小さく唸る。
その場に座り込み、首をコチラに伸ばした。
どうやら本当にティーファの言葉を理解しているようだ。
話し合いに応じる姿勢を見せてくれて安心した。
ただオレたちには通じないのでティーファに訳してもらわなければいけない。
「ワタシたちは、このダンジョンに地下水脈があると聞いてやってきたの。この先を通ってもいいかしら?」
ティーファがお願いすると、土竜が小さく首をふる。
拒否しているのかと思ったが、そうではなかった。
「下層に潜っても水は無い。あるのはマグマ溜まりだけだって」
水の噂はガセネタだったのか、あるいはとっくに枯渇して干上がってしまったのか。これ以上進んでも無駄足のようだ。
「そうか、水は無いんか……」
さすがに獅子もこれ以上のリスクは意味がないと踏み、撤退を決断した。
これで水の確保は振出しに戻ってしまった。
魔石も採ることができない。
これらは土竜にとっての栄養源となっているそうで、採ろうとすればほかの土竜が黙っていない。姿こそ現していないが、ここには何頭も巣食っているのだ。
収穫はゼロでリヤカーも大破してしまった。
持ってきた荷物もこのまま放置するしかなさそうだ。
まるまる損失として計上しなければいけない。
「気にしてもしゃあないわ。商売しとると空振りはよくあることや」
それでもバッターボックスに立ち続けるしかないんやで、と獅子は落胆するパーティを鼓舞した。
「たしかに、落ち込んでいても仕方がない。早く戻って、次の策を練らないとな」
「その意気や。ほな撤収しよか」
獅子の号令で全員が巣穴を出る。
そこで改めてお母さん土竜に頭を下げた。
相手の言葉は分からないが、ティーファの翻訳を待つまでもなく、敵意は感じない。どうやら許してもらえているようだ。
「さあ、お母さんの許へ行きなさい」
ティーファは生まれたての土竜をお母さん土竜に届ける。
だが、お母さんに抱かせてやろうと手放してみても、赤ちゃん土竜はティーファにしがみついて離れない。
「ねえキミ、お母さんはアッチよ」
「ずいぶん懐かれちゃったみたいね」ノエリアが言った。
刷り込みというやつだろうか。
鳥などは生まれて最初に見た動くものを親だと認識する習性がある。
いくら人間の言葉が分かるモンスターといえども、そもそも言葉を理解できる歳ではないだろう。今はまだまぶたすらまともに開いていない。本能だけで動いているのだ。
「うーん……困ったわね。どうやら本当にワタシのことをお母さんだと思っているみたい。いったいどうしたらいいのかしら?」
ティーファがお母さん土竜に問いかける。
お母さん土竜はじっとわが子を見つめ、それから鼻先を近づけた。
ペロリと舌を伸ばし、子ども土竜の頬を舐める。
それからティーファを見て、静かにのどを鳴らした。
「え、ワタシが!?」
ティーファが目を丸めた。
お母さん土竜はからだを起こし、クレーターを降りて巣に戻っていく。
そして、まだ孵っていない卵を抱き、からだを丸めた。
いったいなにを言われたのだろう。
子ども土竜を抱きかかえたまま、困惑気味に呆然と立ちつくすティーファにオレはきいた。
「えっと、ワタシに『この子を育てるように』だって」
「育てるって……いったいどうやって育てるんだ?」
「『魔石があれば育つ』と言ってるわ。『必要な魔石も採りに来て良い』って」
母親だと認識しているティーファに育児を任せるつもりなのか。
先ほどまで警戒していた異種族相手にずいぶんと気を許したものだ。
きちんと育てる保証なんてないだろうに。
「『この子を育てれば水が手に入るだろう』だって」
「ああ、なるほど。つまりこれは交渉しているわけだ」
正確には交換条件だろうか。
地下水脈は無いという話だが、過去に訪れた冒険者の記録では水源があることになっている。その情報源になったのはこの土竜たちなのだろう。
ティーファの翻訳によれば、彼らは種族全員が水の魔法を使えるという。
つまり、子ども土竜を育てればその対価として水が手に入る。
オレたちが水を必要としていると知っているからこそお母さん土竜も我が子は安全だと考えているのだ。
しかし本当に育てるとなるといろんな問題に直面するだろう。
それでも母性本能をくすぐられたのか、ティーファは胸を張って告げる。
「立派に育ててみせます」
それに応えるように子ども土竜が産声をあげる。
近くの魔石が反応し、子ども土竜の鼻先に小さな魔法陣が現れた。
そこから雫がしたたり落ちる。
量こそ少ないものの、たしかに水が湧いている。
我が子の愛くるしい鳴き声をきいて安心したのか、お母さん土竜は目を閉じて静かに寝息を立て始めた。話はもう終わったといわんばかりだ。
オレたちは少しだけ魔石を採取し、それから大破したリヤカーからできるだけ回収を回収する。
お母さん土竜にさよならを告げ、3層を後にする。
だが、2層に戻る道に向かおうとしたところでティーファが別の方角を指差した。
「こっちに近道があるって言ってたわ」
「地図には載ってないけど」
ノエリアが地図を広げてルートを確認する。
ティーファが示した方向には何も記載されていない。
だが、そう遠くないみたいだし、見るだけ見に行ってみようということになった。
他の土竜とエンカウントしないよう慎重に進んでいく。
壁に突き当たったところで狭い坑道を見つけた。
鍾乳石がなくなり、ふつうの土くれになる。
2層の別の場所に通じているのかもしれない。
しばらくすると細い明かりが差した。
陽の光だ。
狭い出口をつるはしで拡張し、土をどける。
大きな荷物は運びだせそうになかった。
とりあえず身一つで外に這い出す。
外は辺り一帯樹々が生い茂っている。
1層には通じておらず、直接外に出たようだ。
「ここはどの辺だろう?」
穴から這い上がり、斜面を登っていく。
開けたところに出て見回すと、高い場所に鉱山が見えた。
標高が低く、麓に近い。
草原の方に視軸を移すと街の境界と壊れたゲートが確認できる。
どうやらホワイティの街との中間付近に出たようだ。
「こんなところに抜け道があったのね」
地元の人も誰も知らないでしょうねと、ノエリアはつぶやいた。
「道からは外れているし、窪地になっているものね。モンスターも徘徊しているかもしれないわ」
出入り口もこちら側からでは目視できない。
林のなかで、しかもダンジョンへの入り口は土で埋もれている。
人の目が無いことを確認し、オレたちその場を離れた。
外は太陽が高く昇っている。
その位置から時刻を計ると昼を過ぎている。
結局ダンジョンに潜っていたのは丸1日ほどだったわけだ。
連れてきた子ども土竜はティーファのカバンのなかで眠っている。
その寝息をききながら獅子が大きく息をはいた。
「まさか人間以外の種族までパーティに加わるとは思わんかったわ」
「なにか名前をつけてあげなくちゃね」
クリスティーがそう言うと、ティーファが即座に答えた。
「ディーネ。この子はディーネよ」
その名は、水を司る精霊の名をもじっているのだそうだ。
この子にぴったりだとオレも思う。
ティーファがディーネを呼ぶと目を覚ます。
ティーファの顔を見上げ、小さく鳴いた。
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