第30話 モグラ?
3層は灯りが必要ないくらい明るかった。
天井はかなり高いが、外から光が差し込んでいるわけではない。
足元と天井に無数の突起物が点在し、それらが光っているのだ。
岩が溶けて丸みを帯びているような形状をしている。
そこからプリズムが拡散し、神秘的な空間を演出していた。
「これは……鍾乳石かしら?」ノエリアが言った。
「ということは、ここは鍾乳洞か」
鍾乳石は、石灰が酸性の水に溶けて滴り落ちて堆積してできた石で、鍾乳洞は、風雨などに晒された石灰岩などが侵食されてできる天然の洞穴である。あるいは、ここは火山なので溶岩洞かもしれないが。
「水源があるっちゅうことか?」獅子がきいた。
「だいぶ可能性が高まったな。上部にも鍾乳石のつららが出来ているということは、雨水がここまでしみ込んできているんだろう。その水がどこかに溜まっているか、あるいは地下水が流れていると良いんだが……」
「あるとしたら最下層っちゅうわけやな」
「先を急ごう」
地層も変わりワームともエンカウントしそうにない。
遠くまで見通せる空間に他のモンスターの気配もなかった。
この階層で足止めするものはないだろう。
そんなことを考えつつ、歩き始めたところでノエリアがストップをかけた。
「ちょ、ちょっと待って。水も大事だけど、もしかしてこの光っている石……全部魔石なんじゃないの?」
「そう言われれば……そうかもな」
たんにキレイだとしか思わなかったが、可能性としては充分にある。
オレは鍾乳石を間近で観察してみた。
石は湿り気を帯びており、滑りやすい。
慎重に歩みを進め、顔を近づける。
光っているのは石灰そのものではなかった。
どうやらべつの鉱石が混ざっているようだ。
「だとしたらとんでもない量じゃない」
「どれ、ひとつ掘り出してみよう」
つるはしを手にし、鍾乳石の表面を軽く削る。
小さな欠片をつまんで取り出す。
空気に触れたとたんに光が強まった。
「ああ、間違いなく魔石だな」
「それもすごく純度が高そう」ノエリアが鼻息を荒くした。「ここにある魔石を持って帰れば億万長者も夢じゃないわ!」
見渡すかぎり魔石の山だ。
これだけあれば1億なんて余裕で超えるだろう。
ビギナー向けのダンジョンの最深部付近にこんなお宝が眠っていようとは夢にも思わなかった。
本来の目的ではないが、相当な収穫だ。
ノエリアやアナ、クリスティーとティーファが手放しで喜び飛び跳ね、バフェッツはただ黙ったまま茫然と突っ立っている。
「それじゃあ早速採掘に取りかかろう」
アナが喜び勇んでつるはしを手にした。
これでサチコも救える。
そう考えれば止める理由はない。
だが、なぜだろう。
オレの直観が大音量で警告を発していた。
「アナ、採掘は後にしないか?」
「え、どうして?」
「まだクエストを達成していないし、採掘は帰りでいいだろう」
「温泉なんてもう探さなくたってこれで充分じゃないか」
そのとおりだとオレも思う。
この際、クエスト内容を変更しても良いくらいだ。
オレたちの最終目標はサチコを助けること。
温泉はその手段に過ぎない。
だが、なんだろう、この違和感は。
この幻想的な景観を壊したくないから、といった正義感からではなく、歴史的価値・美術的価値の棄損といったことでもない。神聖な場所を穢す冒涜さを感じる。
お宝を目の前に一番喜びそうな獅子も、神妙な面持ちであごをさすっている。
魔法は使えなくとも魔石の価値は理解しているはずなのに動こうとしない。
彼もどう言語化すれば良いのか考えあぐねているのではないか。
「それじゃあ、今は消費した魔石分だけでも補充しよう。本格的に採掘するのは最深部まで潜って温泉の有無を確認してからってことで」
アナはつるはしを鍾乳石めがけて振り下ろす。
砕けた鍾乳石に混ざって、いくつも魔石が採れた。
続けて隣の石も掘っていく。
こちらは先ほどの鍾乳石よりも大きい。
大きな魔石が含まれていることも見て取れる。
一瞬微細な振動を感じた。
石に衝撃を加えたからではない。
天井から土埃が舞い落ちる。
さらにアナがつるはしを振るい、鍾乳石を破壊した。
なかの魔石が完全に露出する。
強い光を放った次の瞬間、辺り一帯の魔石が一斉に光を強める。
まばゆいばかりの閃光がきらめくなか、フロア全体が激しく揺れた。
「なんだ、なにが起きた!?」
「分からない」
頭上から鍾乳石が崩れ落ちてきた。
尖った石が矢のように降り注ぐ。
「トラップだわ! みんな伏せて!」
ノエリアが魔石を手にし、魔法陣を展開する。
頭上数メートルのところでバリアを張り、パーティ全員を覆う。
落下してきた岩が次々とぶつかり粉々に散っていく。
無機物が相手ではオレの炎は無力だ。
ただ頭を抱えて伏せるしかない。
「自然にできたダンジョンにトラップは無いんじゃなかったのか!?」
「と、なると……」
今度は下から異変が起きた。
地鳴りとともに床が隆起する。
押し上げられた鍾乳石が四方に飛び散り、礫となって飛んできた。
バフェッツが盾となり、それらを弾き返す。
土埃が舞い、視界が塞がれた。
だが下から風が吹き込み、それを払拭する。
前方に巨大な穴が開いている。
そこから大きな鳴き声が響き渡る。
鳥やトカゲといった小動物のそれではない。
もっと大型の獣の、けたたましい咆哮が、耳をつんざいた。
穴から巨大な手が出てきた。
1メートルはあるだろうか。
岩を破壊して現れたその先端には鋭い爪が生えている。
「モンスターだ!」バフェッツが叫んだ。
それと同時に顔が現れた。
ごつごつとした鱗に覆われトカゲのようなシルエットだ。
トカゲが大きく跳躍する。
高く浮かびあがり、その全貌を現した。
難なく着地し、地鳴りを轟かす。
その巨体に見合わないほど軽快な動きだが、翼のようなモノは無い。
筋力が桁違いに高いことが分かる。
後ろ足が大きく発達しており、尻尾は短い。
「コイツまさか……ドラゴンか!?」
「ドラゴンだと! なんでこんなところに!?」
当たり前だが初めて実物を見た。
ビギナー向けのダンジョンの下にまさか伝説級のモンスターが潜んでいるとは誰も思うまい。過去の情報もあてにならないと思ったが、ノエリアのひと言でそうでもないことが知れた。
「もしかして、モグラの類って、コイツのこと!?」
たしかにどちらも土のなかにいる竜ではあるが、コイツは土竜であって、モグラではない。似て非なるモンスターだ。
土竜が目をギョロリと動かし、オレたちを捉える。
体勢を低くし、鼻先をコチラに向けた。
言葉こそ話さないが、その瞳に知性を感じた。
コイツがトラップの仕掛け人か、あるいは発動後に現れるモンスターというわけか。まるで冒険者から魔石を守る番人のようだ。
「非戦闘員は隠れてろ!」
バフェッツが剣をかまえ怒号を飛ばした。
後衛の獅子とクリスティー、ティーファがさらに後ろに下がる。
オレとノエリアは魔石を手にし、アナは弓矢をかまえた。
オレたちの動きに反応した土竜が低い唸り声をあげ、大きく口を開ける。
炎を吐く気か。
対抗できるか分からないが、オレも炎を出そうと魔石を手にする。
今度こそ遠慮は無用だ。
空間も広い。
全員後ろにいる。
最大出力の炎を放つ。
高火力の火柱が土竜の顔面めがけて伸びていく。
土竜の口からも何かが勢いよく噴射された。
炎ではない。
唾液?
否、水だ。
大量の水が土竜の口から吐き出されている。
炎が勢いよくかき消され、水は沸点を超えて蒸発した。
巨体ではあるが、体内に蓄えているとは思えない。
オレも炎を放出し続けているが、土竜も水を吐き出し続けていた。
「魔法で水を生成しているのよ」ノエリアが言った。「ここにある魔石全部がアイツの魔力の源なんだわ!」
ということは、ほとんど無尽蔵に近い。
オレの方は数が限られている。
手にした魔石が光を失い、石炭のように黒ずんだ。
魔力を消費し尽くしたのだ。
すぐさま次の魔石を取り出し、続けて炎を錬成する。
その間に炎が途切れる。
一方の土竜は途切れることなく水を吐き出し続けている。
水圧もかなり強力だ。
膠着状態を保っているかに思えるが、このままでは圧し負けてしまう。
土竜のそれは、あきらかにオレの魔力を上回っていた。
「ノエリア、どうすればコイツを倒せる!?」
「分からないわ。土竜と戦闘するなんて想像もしなかったわ!」
「あの、無理に戦う必要は無いんじゃ……」
想定外のモンスターにノエリアやティーファたちも戸惑っている。
だが消耗戦になれば勝ち目は無い。
なんとか短期決戦で打開策を見出さなくては。
「とにかくダメージを与える!」
バフェッツが剣を振りかざしながら突進した。
オレが応戦している隙に、土竜の足元を掻い潜っていく。
見かけによらず俊足だ。
その背後にまわると尻尾の付け根からからだに飛びつく。
剣を両手でかざし、土竜の背中に向かって突き立てた。
だが、やはり硬い。
鱗に弾き返され刃が欠けた。
隙間に通そうとしてもびっしり生えている鱗に隙も無いようだ。
バフェッツに気づいた土竜が巨体を激しく揺さぶる。
水を吐くのを止め、振り落とそうと尻尾を振った。
だがバフェッツには当たらない。
今度はからだをくねらせ、こちらに向かってきた。
魔法陣のバリアもものともせず突進してくる。
「みんな逃げて!」ノエリアが叫んだ。
全員一斉に散開し、土竜の体当たりを避ける。
バフェッツもからだから飛び降りた。
だがティーファが逃げ遅れている。
腰が抜けたのかその場を動こうとしない。
クリスティーがとっさにティーファのからだをつかむ。
2人が飛び退ると同時に土竜が壁に突っ込んだ。
崩れ落ちた瓦礫を振り払い、土竜が咆哮する。
その足元にクリスティーとティーファがいた。
リヤカーは踏みつぶされたが、2人は無事だ。
ちょうど足の隙間に挟まっている。
「ノエリア、獅子たちにもう一度バリアを。それからオレたちにもバフをかけてくれ!」
オレは土竜の背後から火炎を放つ。
バフェッツの剣は通らなくても熱は感じるようだ。
どこまでダメージを与えているか分からないが、気を引くことはできる。
ノエリアに俊足のバフを欠けてもらい、飛び退った。
バフェッツとアナにもバフがかけられる。
炎や矢を放ちながら土竜の注意をオレたちに向けた。
「獅子、ノエリア。今のうちに次の階層へのルートを探せ!」
倒せないなら逃げるしかない。
次の階層まで追ってくるだろうか。
分からないが、3人で攪乱しつつ土竜を奥へ奥へと誘導していく。
その間に獅子たちは、土竜が開けた穴に駆けていった。
だが、そこは今できたばかりだ。
果たして下層へのルートがあるのだろうか。
先陣を切っているのがティーファなのも違和感を覚えた。
土竜が彼女たちの動きを察知した。
文字どおり目の色を紅く変え、鼓膜が裂けそうなほどの大音量で絶叫する。
からだを反転させ、ティーファたちの方へ突進していく。
このままではみんなが危ない。
だが、炎を放とうが、矢や剣を突き立てようがオレたちには目もくれない。
ティーファたちが穴に飛び込んだ。
続けて土竜も顔を突っ込んだ。
だが、攻撃している様子はない。
水も吐いていなかった。
威嚇をしてはいるが戸惑っているようにも見える。
土竜は動かずにからだを丸め、下を向いている。
オレたちはその隙に土竜の背中に飛び乗った。
直接口のなかに炎をぶち込んでやればさすがに効くだろう。
頭まで辿り着き、鼻先に立つ。
振り返ると土竜の両目はコチラを捉えていない。
視線は穴の中心付近に向けられていた。
そこにはティーファたちが立っている。
さらに意外なモノもあった。
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