第29話 エンカウント

 獅子の指示に従い、隊列を組む。

 前衛はオレとノエリア、それからバフェッツの3人。

 タンク役のバフェッツを中心に、クエスト経験豊富なノエリアがサポート役に、攻撃魔法が使えるオレがアタッカーとして両脇を歩く。


 後衛は、全体の指揮を取る獅子とクエストや戦闘未経験のティーファとクリスティーが荷物の運搬を担い、その最後列でアナが殿を務めるフォーメーションだ。


「この陣形を基本とし、問題があれば適宜組み替えるで」

「了解」


 異論を唱える者はいない。

 装備も採掘用のつるはしから剣に持ち替える。

 その重みがズシリと心に圧し掛かった。


「決まったなら行くぞ」


 先陣を切ってバフェッツが隠し通路に入っていく。

 オレたちもそれに続いた。


 みんな黙って歩く。

 少なからず緊張しているようだ。

 オレも異様にのどが渇く。


 下り坂はかなり長い。

 もう10分以上は歩き続けているだろうか。

 かなり深く潜っている。


 酸素が乏しいのか、息がすぐに上がりそうだった。

 たいまつではなく魔石を使った方が良いかもしれない。

 誰が言い出したわけでもないが、みんな自然とたいまつを消し、ノエリアに魔石を灯してもらった。


 やがて下り坂が緩やかになっていく。

 さらに5分ほど歩いたところで広い空洞に出た。

 先ほどまでよりは息苦しくない。

 開放感があるからそう感じるだけかもしれない。


「ここが2層目か」


 1層目と違い、2層目は岩よりも土が多く露出している。

 足場が柔らかく、踏み込むと自重で沈み込んでしまう。


 道がいくつも枝分かれしている。

 それらは平らなでなく、上下左右に曲がりくねっていて先が見通せない。

 どこからも風が通っておらず、しんと静まり返っている。

 長居しているとそれだけで窒息してしまいそうだ。


「モグラの巣穴がそのまま道になっている感じね。道も地図より多いわ。向こうの穴なんて最近できたんじゃないかしら?」


 柔らかい土がポロポロと崩れ落ちている。

 気配や物音はしないが、今でもこの辺りで蠢いている証拠だろう。

 生き埋めにならないかも心配だ。


「エンカウントするとしたら真正面からか後ろからでしょうね。アナ、後ろで何かあったらすぐに大声で報せてね」

「了解」


「それで、どの道を選べば良い?」バフェッツがノエリアにきいた。

「3層までのルートは……あっちみたいね」


 下りてきた道から向かって一番左のルートを指し示す。

 隊列を崩さないようゆっくりと進行し始めた。


 アップダウンはあるものの選んだ道は足元が固く歩きやすい。

 ずいぶん古い道でモンスターによって踏み固められているのだろうとノエリアが語った。


 そのまましばらく道なりに進んでいく。

 単調な景色が続いているのでどのくらい歩いたのか分からなくなってきた。


「トラップも宝箱もなさそうね」ティーファが言った。


 幸い、モンスターとエンカウントしないので少し余裕が出てきたようだ。


「そもそもなんでダンジョン内に宝箱なんてあるんだろう?」

「宝箱があるのは、過去に潜った人が置いていったか、知的なモンスターが作ったかよ」

「ノエリアはなんでも知っているのね」

「ワタシが知っていることは『ワタシには知らないことがある』ということだけ」


 ノエリアは謙遜ではなく真面目に首をふった。


「オーパーツのように、誰がいつどうやって、どんな理由で作成されたのか解明できていない宝箱も数多く報告されているわ。それらは神の御業ということにしている」


 元の世界も、この異世界も、人が知りうる知識なんて高が知れている。

 だが、完璧な答えを求めていてはいつまで経っても前に進めない。

 答えの無い事象は神という名のブラックボックスに放り込み、片目を瞑っておけばいい。


「とにかく、今回のクエストの目的は水脈を探すこと。道中何もないならそれが一番よ。5層目までは寄り道せずに真っ直ぐ向かいましょう。シシもそれで良いわよね?」

「せやな。仮に宝箱を見つけたとしても、今でなくてええ。余裕があれば帰りに寄ればええわ」

「はーい」間延びした返事をティーファが返す。


 次の瞬間、地鳴りが響いた。

 全員が一斉に身構えた。

 オレもとっさに頭を抱え、身を低くする。


 地鳴りが収まったかと思うと、また揺れた。

 だんだん音が大きくなっているのが分かる。

 いや、なにかが近づいているのか。


「下からだ!」バフェッツが叫びながら飛び退る。


 前方の足元が崩れ、大きく沈下する。


「モグラか!?」

「いや違う!」


 下から球体の顔が現れた。

 目鼻が無く口だけが大きく開かれている。

 全貌は確認できないが手足もなさそうだ。

 からだ全体に滑り気を帯び、うねうねと顫動しているのが分かる。


「巨大ワームだ!」


 要するにミミズのことだが、その全長は計り知れない。

 なにせ頭部だけでオレの背丈よりも大きいのだ。

 まさか虫けらに見下ろされる日が来るとは思わなかった。


「来るぞ!」


 ワームはからだをくねらせ、こちらに向かって口を開けた。

 オレたちを食おうというのか。


 後方でクリスティーやティーファが悲鳴を上げる。

 オレも思わず仰け反ってしまった。


 その隣からバフェッツが前に踊り出る。

 ワームに突進し、その下あご付近に剣を突き立てた。


 体液なのか粘液が迸る。

 激しくもがき、剣を引き抜こうと体をくねらせる。

 バフェッツは、粘液で滑る剣を必死に握りしめながら大声で叫んだ。


「ホムラ、剣だけじゃ倒せない。火を放て!」


 オレは急いで魔石を手に念じ、最大出力で炎を放つ。

 勢いよく火球が飛び出し、ワームに命中した。


「バカ野郎、オレまで焼き殺すつもりか!」バフェッツが伏せた状態で怒鳴る。

「す、すまん」


 とっさに伏せてくれたから事なきを得たものの、手加減する余裕がまるで無い。

 あわや人殺しになるところだった。

 味方で同士討ちにならないよう気をつけなくては。


「まだ来るぞ!」


 ワームが激しくのたうち回りながらこちらに向かってくる。

 人間ならそれでも絶命するだろうが、虫の生命力は並外れている。

 火だるまになろうが動けるのだ。


 だが呼吸は出来ていないようだ。

 大きく開けたままの口の中をめがけてオレは2発目を撃ち込む。

 今度は体内を通じて全身が焼けたはずだ。

 やがて動きが鈍くなり、完全に停止した。


「やったのか……?」

「分からん。念のためとどめを刺しておこう」


 バフェッツがワームの頭部に剣を振るう。

 粘液が蒸発したので今度はかんたんに刃がとおった。

 断面からまだ蒸発しきっていない体液が溢れ出す。

 焼け焦げた臭いと混ざって、酸性の刺激が鼻を突く。


「体内に毒を持ってるな。触らない方がいい」バフェッツが剣を納め、オレに手を差し伸べた。「立てるか?」


 きかれてオレは腰を抜かしていることに気がついた。

 尻もちを突いたまま応戦していたのだ。

 無我夢中だったので体勢なんて気にも留めていなかった。

 バフェッツの手を借りなんとか立ち上がる。

 まだ手が震えていて、自分では抑えられない。


「ようやったな、穂村。お手柄や」獅子が諸手を上げて喝采した。「バトル初勝利やな」

「こんなに緊張するとは思わなかった」


 日本で暮らしていると、生死にかかわる事件に巻き込まれることなんて滅多にない。

 ここは日本ではない。

 異世界なのだと改めて実感させられた。


「ノエリア、この世界には蘇生魔法ってあるのか?」

「残念ながら今のところ発見された事実はないわ。ケガはない?」

「オレはだいじょうぶだ」


 ぱっと見たところ外傷はない。

 痛みを感じないのは、まだ興奮が収まらないからだろう。

 明日になれば筋肉痛にはなりそうだ。


「バフェッツにヒーリングをかけてやってくれ。やけどを負わせてしまった」


 バフェッツの服が焼け、片腕が露出している。

 皮膚が赤く腫れ、下膨れになっていた。

 かすっただけだが、かなりの高温だったことが分かる。

 我ながらすさまじい威力だ。

 ノエリアがバフェッツに治癒魔法をかけるとやけどは全快した。


「他にケガをした人はいない?」


 クリスティーやティーファ、アナが首をふる。

 リヤカーが転倒して荷物が散乱したものの、後衛に負傷者はでなかった。


「バフェッツおおきに。パーティに加わってくれてホンマに助かったわ」


 獅子が褒めちぎる。

 実際、彼がいなければどうなっていたことか。

 ノエリアがなんとかしただろうか。

 オレはただ狼狽えるだけだっただろう。


「みんなまだ進めるか?」獅子が全員に確認した。


 怖気づく者がいても責められない。

 だが、ギブアップする者は誰もいなかった。


「よし。なら、すぐに移動しよか。まだ他にも近くに潜んでいるかもしれんしな」


 リヤカーを起こし、急いで隊列を整える。

 いざ前進を試みたが、しかし行き先はワームの死骸で完全に塞がれている。

 毒があるようなのでどかすこともできない。

 仕方なく一度分岐点まで戻り、別のルートを迂回する。


 しばらく進んだところでまたワームとエンカウントした。

 群れているわけではないのだろうが、続くということは彼らにとって居心地の良い場所なのだろう。


 正面から突進してくるワームの顔面目がけて火を放つ。

 2度目ということもあって、今回は落ち着いて対処できた。

 炎に包まれたワームは身を翻し、土を掘り返しながら逃げていった。


「道を塞がれずにすんだな」


 炎で撃退できることが分かったので事前に両手に魔石を握りしめておく。

 その後、何度かエンカウントしたが、すべて同じ手順で攻略することができた。


 枝分かれする道が減っていき、土から岩場に変わっていく。

 前方から風が吹き込んできた。


「どうやら3層目に着いたみたいね」


 ノエリアが石板を片手にそうつぶやいた。

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