第28話 クエスト開始

「で、どこからどう進めば良いんだ?」


 勇んでダンジョンに潜ったものの、いきなり壁にぶつかった。

 どこを掘れば温泉が湧くのか皆目見当もつかない。

 あるのは間違いないようだが、場所までは特定されていない。


 ダンジョン内で知っている場所といえば、採掘現場くらいしかなかった。

 ルートはほかにいくつもあるが、すべて掘りつくされた廃坑となっている。

 ノーヒントで潜って戻ってこられる保証はない。

 クリスティーの勘だけを頼りに突き進むのは無謀だろう。


「そもそもダンジョンに潜る必要あるのか? 外から掘るんじゃダメなのか?」

「外から掘るよりも、すでに開拓されている道を進んだ方が早いやろ。それに完全に未知のダンジョン内というわけやない。ヒントはある。これを見てや」


 獅子が懐から1枚の石板を取り出した。

 表面には縦横の線が等間隔で刻まれており、右上に方位磁石が描かれている。


「これは……地図か?」

「この国の地図ね」ノエリアが答えた。「それも魔石でできてる。その辺で売ってる安物じゃないわよ、これ」

「ロバートに貸してもらったんや。元の所有パーティが記録した情報を引き出せるらしい」

「ギバー商会が探索したわけじゃないのね」


 元の所有者については詳しくは分からないらしい。

 石板もかなり古く、いつ記録されたかも定かではないとのこと。

 いろんな行商の手を渡ってギバー商会に流れ着いたのだ。

 

「貴重なアイテムでしょうに……よく貸してもらえたわね」

「長年途絶えとる情報を更新すると約束した。けど、それ以上に信用してくれとるわけや」

「このことを先に教えておいてくれたらメンバーの勧誘ももっと楽にできたんじゃない?」

「リスクを承知で参加してくれる人だけでええ。命懸けであることに変わりはないしな。その分リターンも期待してええで」


 獅子は新メンバー2人に片目を閉じてみせた。

 人が増えすぎると統率が取れなくなる可能性があるし、覚悟のある者だけで充分だと判断したのだろう。事実、ティーファとバフェッツの2人はこの事実を知らなくても参加してくれたのだ。


「ただ、この石板、ワタシは扱えんからノエリア頼むわ」

「えっと……今ワタシたちがいる地点がここね」


 ノエリアが石板に視線を落とす。

 石板上に小さく点滅している二重丸がある。

 ここが石板のある現在位置のようだ。


「それから、こっちの丸がホワイティアで、向こうがブラックリィかしら」


 指で街の目印を示す。

 赤い丸印をタップするとそれぞれの街の名前が浮かびあがった。

 かんたんではあるが街の特徴も表示されている。

 街の名所や名産品など、まるで観光ガイドだ。


 そこから北に向かって指を動かす。

 三角マークがあり、それをタップした。


「この辺一帯が鉱山みたいね」


 ある程度登っている気がしていたが、こうやって俯瞰すると現在位置は街に近い麓だと分かる。さらに北方は大陸内部まで延々と山脈が続いているようだ。


「スケール変えられるらしいから拡大してくれへんか?」

「こうかしら?」


 モノをつまむように親指と人差し指で丸を作り、地図をなぞりながらゆっくり離していく。ピンチアウトと同じ動作だ。


 鉱山を中心に地図が拡大される。

 スマホと操作性が変わらない。

 これならオレでも使えそうだ。


「そこで石板を長押しすると別のメニューが現れるそうや」

「こうね」


 指を押さえつけ、2・3秒間隔経つとリストが表示された。

 いくつかのメニューがあり、そこから『地下マップ』を選択する。

 するとマップが半透明になり、大小いくつもの線が重なって現れた。


「これはダンジョンの探索ルートね」

「一度通った場所がマッピングされとるらしい」


 マッピングされているルートは迷宮のように入り組んでいる。

 何層もマップが重なっており、どこがどこに通じているのか分かりにくい。


「ワタシたちが採掘しとる場所はこの辺りやな」

「この地図が正しいなら、さらに下の層があるわけね。どこかに隠し通路でもあるのかしら?」

「あ、ここの道と下層が繋がってるとちゃうか?」


 獅子が画面の隅を指差した。

 たしかに下層のルートの端とつながっているように見える。


「本当だ。こんなルートがあるなんて初めて知ったわ」

「ルートは実際に通りながら確認するとして、とりあえずどこまでマッピングされとるんか下の階層に進めていってみてや」

「分かった」


 ノエリアがマップを進めた。

 下層に行く度にルートが単純になっていく。

 これは探索者が限られていたからだろう。

 すべてのルートがマッピングされているわけではないのだ。

 実際はもっと複雑な迷宮になっているかもしれない。


「ここが最下層みたい」ノエリアが指を止めた。「そんなに深くないわ。今いる場所が1層だとして、全部で4層だけみたいね」


 それ以上階下のルートは透けて見えない。

 先人が踏破したなかでは最深部ということだ。

 そこに水脈が流れている可能性が高い。

 あまり深くなさそうで安心した。


「誰かが水を発見したという情報は残っとるんやから、マッピングされとるルート内で探せるんとちゃうかな」

「なるほど」


 先人の残した情報を頼りに進めることができる。

 ある程度探索ルートが分かっているだけでもずいぶん難易度が違う。


「まずは2層に通じるルートへ向かおか」


 たいまつに火をつけ、地図を頼りにいつものルートから外れていく。

 人の気配が遠ざかり、足場も悪くなる。

 ノエリアがリヤカーに軽量化のバフをかけた。


「あ、これすごい楽チン」ティーファが言った。

「一定時間ごとにかけ直さなくちゃいけないから、魔石を消耗しやすいのが難点だけど」

「途中その辺で掘って調達できるんじゃないかしら?」

「下層は掘っている人がいないから、たくさん埋もれている可能性が高そうね」

「知られたらみんな群がりそう」

「おそらくそうはならないわ」

「それはなぜ?」

「2層目にはモンスターがいるみたいだから」


 ノエリアが石板をかざし、記録を見せる。

 リスクが顕在化するとティーファが声を震わせた。


「どんなモンスターがいるの?」

「モグラの類みたいね。モグラは子育ての時期になると警戒心が強くなるけど、今は違うし、こちらから刺激しなければそうそう襲ってくることはないわ」

「なにが出てこようがオレが叩き潰す」


 バフェッツがひと言つぶやいた。

 頼もしい発言だが、ドスのきいた声で言われるとこっちまで怖くなる。


「まあ、バフェッツもこう言ってることだし、そんなに不安がらなくて大丈夫よ。それに、情報を見るかぎり、ここには知性のある厄介なモンスターはいなさそう。おそらく2層以下は自然にできた洞穴をベースに、モグラが掘ってできたダンジョンじゃないかしら」


「ほかにはどんなパターンがあるの?」アナがきいた。

「1つは、この鉱山みたいに人が掘ってできたダンジョンね。自然にできたアイテムや過去の遺物が残されていたりする。トレジャーハンターなんかが好んで潜るダンジョンよ」

「ここは自然のダンジョンの上に人が掘った鉱山が複合しているんだね」


「一番難易度が高いのは、知性のあるモンスターたちが巣食っているケースかしら。モンスターたちのテリトリーに侵入するから戦闘は避けられないし、トラップも張り巡らされている」

「それでも、わざわざそんな危険なダンジョンに潜るだけの価値があるんだね?」

「人の手では作り出せない貴重なアイテムや知見が手に入る。過去、それらは人類の進化に大きな影響を与えてきたと同時に、厄災にもなってきた。最高難易度のクエストを達成した者は勇者として歴史に名を残しているわ」


「ボクもいつか挑戦してみたいな」

「ワタシは勘弁。有名になりたいわけじゃないし、食べていければそれでじゅうぶん幸せ」


 雑談をしつつ坑道を進んでいく。

 入り組んだ道を行ったり来たりしながら2層を目指す。


「えっと……たぶんこの辺りだと思うんだけど」


 ノエリアが立ち止まった。

 2層に通じるルートがあるのではないかと目星をつけた付近だ。

 しかし、いざ辿り着いてみると、まだ道は奥に続いている。


「地図ではこの壁が無いんだけど……やっぱり実際とは違ってるのね」

「隠し通路があるんだろう」


 バフェッツが壁伝いに手を這わせた。

 壁を押してみたり突出している岩を動かしたりしている。

 なんの変哲もない岩肌に思えるが、仕掛けでもあるということだろうか。


 オレたちもバフェッツに倣って辺りを調べる。

 しかし、しばらく探索してみたがなにも見つからなかった。


「いっそつるはしで掘ってみよか」獅子が提案した。


 地図と照らし合わせながら当たりをつけ、オレとバフェッツの2人で掘る。

 しかしすぐに硬い岩盤が出現してつるはしが通らなくなった。


「ダメだ。ビクともしない」

「これはただの岩じゃないな」バフェッツもつるはしを捨てた。「爆薬でも持ってくるか」

「待って」ノエリアが岩盤に顔を近づける。「ここに文字が刻まれているわ」

「なんて書かれているんだ?」

「一部しか見えていないからなんとも……」


 ノエリアが指し示した周辺の岩を慎重に削り落としていく。

 やがて全体像が浮き彫りになった。

 円形に刻まれた文字や記号らしき文様がびっしりと描かれている。


「これは魔法陣ね」


 オレには読めないが、言われてみればたしかに、これまで見てきた魔法陣と形が共通している。


「どんな魔法がかかってるんだ?」

「封印の魔法みたい。ここが扉になっているんだわ」

「開けられないのか?」

「シーフ系は専門外だけど、たぶんだいじょうぶ。そんなに高度な魔法じゃないわ」


 ノエリアは魔法陣に手を当て、魔力を込める。

 刻まれた文字が光り、微細な振動を起こした。

 それは次第に大きな揺れになっていく。

 ダンジョンが崩壊するのではないかと焦ったが、近くで壁が一部崩れただけだった。

 ノエリアが地図と照らし合わせながら言った。


「この下り坂が下層と通じているみたいね」

「ここから先はモンスターが出るって話だったな」

「ほな隊列組んで慎重に行こか」


 獅子が全体に号令をかけた。

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