最終業務 触らぬ人に理解なし
「聞きましたよ
あれから俺は
そして業務報告の延長がてら喜多里さんと大衆居酒屋に来て一杯飲んでいるところだ。
「運が良かっただけですよ……だからもう前置きも無しにあんな修羅場に俺を送り込まないでくださいね」
「はっはっは! 大丈夫、もうそんなことはないので安心してください」
俺の困り顔を
……まぁ、大変だったけど嬉しそうな喜多里さんを見れたなら良しとするか。
「でも喜多里さんのおかげで営業課へ行っても何とか対等にやり合うことができました。今までの俺なら相手にもされなかったと思います」
そう、俺にとって今日最大の手柄である営業課での仲裁は金田一さんと課長の話を聞いて汲み取ったから出せた提案だった。
だから実質、あれは俺に『聴く』ことを教えた喜多里さんの手柄みたいなものだ。
「厳しいことを言いますが対人関係は時の運も絡みます。次回も同じようにいくとは限りません。ですが是非今回の経験を糧にして今後も上手く立ち回ってください」
「はい、それは分かってます」
浮かれ気味だった俺に喜多里さんは釘を刺してきた。
確かに少しでも何かが違えばこの成果はなかったと思う。
「いいえ、皆水さんはまだ知らない。すみません、失礼と感じたら申し訳ありません。ですが実際のところ世の中には話が通じない方、話を聞かない方はいるのです」
「その人達とは意思疎通ができないんですか?」
喜多里さんはビールを飲み終えたのかこんどは日本酒を飲み始める。
美味しそうだな……俺も後で注文しよっと。
「意識しながら年を重ねれば多くを見聞きすることになります。今まで多くの人達と関わってきましたが頑なに他者の意見を拒む人は間々いました。『立場上の問題』『能力上の問題』『感情の問題』……理由は違えど誰もが苦労をされていたように見受けられますね」
喜多里さんを見ると先程までとは打って変わって少し悲しそうな顔をしている。
話は理解したが俺はどうにも納得できない部分があった。
「でも喜多里さん。『立場上』はまだ分かりますが『能力』や『感情』ってのはどうなんです?」
「ほう……と言いますと?」
喜多里さんはまるで俺が質問することを見透かしていたかのように聞き返す。
この様子じゃ俺の質問の意図までお見通しなんだろうな。
「相手が子どもならまだ分かります。ですが、喜多里さんの話に挙がった人達は成人でしょう? しかも、会社絡みの社会人。いい大人がコミュニケーションも取れず感情的になるなんてどうかと思いますがね」
話も碌に聞けない大人……知らないわけじゃないがそんなの数えるほどしかいないと思う。
そう思っての発言だったが喜多里さんはなるほどと頷きながら俺の間違いへの訂正を始めた。。
「皆水さん。貴方の考えは実に世間一般的だ。ですが大人というものは我々が思っているよりも大人ではないのです。大人のように見える人も大人を装うのが上手に過ぎません。現に皆水さん、貴方も新入社員とは言え世間から言えば大人で社会人です。ですが現実はどうですか?」
俺は何も言い返せなかった。
他人のことばかり言っていたが俺自身はどうだ?
嫌なことがあれば他人と壁を作って遮って……子供そのものじゃないか。
今思い返すと恥ずかしいったらありゃしない。
喜多里さんはお猪口をコトリと置くと懐から1枚の名刺を取り出した。
名刺は黄ばんでいて相当古い物だと思われる。
「私もかつて皆水さんのように我を通して仲間から煙たがられていました。そんな私も今では貴方に教えを説くとは時の流れを感じます」
名刺の中身を見てみるとそこにはうちの社名と代表取締役という肩書、そして『
「そして次は貴方の番だ……皆水さん、私は来月退職します。前社長が学園長をしている学園で教員として働くためにね」
予想外のことに俺は言葉を失った。
やっと出会えた理想の上司なのに。
俺の
「出会いがあれば別れもあります。ですが出会いに意味があるかは関わり方次第でもあります。皆水さんは既に人と『触れる』ことの重要性はご存知の筈。あとはそれを実践して次の世代に教え導いてください」
そう言って喜多里さんは俺の手に1枚の名刺を握らせる。
名刺の内容を見るとそれは喜多里さんの名刺だった。
たしかに喜多里さんの言う通り俺達は出会い、そして今まさに別れの時がきた。
この出会いに意味があったかはこれからの俺次第。
上手くいくかは分からない。
でもまぁ多分大丈夫だろう。
──相手の様子を『見て』
──相手の主張を『聴き』
──相手と関わり『触れる』
俺はやるべき事をやるだけだからな。
見て・聴き・触れる 白真 @hanaorizon
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