第4業務 聞きしに勝る聴き上手
「さて
別れ際に喜多里さんはそう言っていた。
そして俺は今とても嫌な汗をかいている。
ここは俺が先日まで所属していた営業部のフロア。
正直ここには1秒たりとも滞在したくない。
だが教育担当である喜多里さんの指示だ。
従わないわけにはいかない。
そんなわけで嫌々ながら俺は人事教育課の
しかし、営業課に着くなり事態は深刻な状況となる。
「以上が営業課の労務改善案となります。ご意見がありましたら社内メールまたは社内チャットでご連絡ください」
淡々と調査内容を報告する金田一さん。
それを聞く営業課の課長は青筋を立てている。
これはヤバい。
「あのですね金田一さん……こんなもの通せる訳ないでしょう。却下! 全部却下ですよ却下!!!」
課長の怒号が部屋中に響き渡った。
他の社員も俺と金田一さんを敵視するようにチラチラ見ている。
これは酷い……最悪の居心地だ。
「労働者名簿と賃貸台帳、そして出勤簿を拝見した上でのご提案です。営業課は現状より効率化できる部分が多々見受けられました」
そんな針のむしろみたいな空間でも金田一さんは眉ひとつ動かさずに淡々と説明していく。
「営業課の人員ですが利益に対して過剰。時間外労働も同様です。何より直帰時間に関して辻褄が合わない部分が多いですね。具体的に解説が必要でしたら数値などを交えて説明いたします。さて、とりあえず何か反論してみますか?」
資料を読む素振りを見せながら金田一さんは一気に課長を畳み掛けた。
課長はたじろぎながらも怒りを露わにしながら反論してくる。
「
課長は見るからなヒートアップしていっている。
金田一さんも言われたらそれと同じだけを言い返す。
だから傍から見たら2人の言い合いは白熱していっているように見えた。
それに伴い周囲の社員からは不安の色が見え始める。
「これは……マズいな」
俺は小さく呟くと咄嗟に金田一さんと営業課の課長の間に割り込んだ。
なまじ見る目が養われたせいで俺は居ても立っても居られなくなってしまった。
「何だ皆水。これはお前の差し金か?
「パワハラのコンプライアンス違反まで犯すとは最早何も言えませんね。これは一度営業課を解体して再構成した方が早いかもしれません」
俺が入ったことで火種を得たと言わんばかりに2人の口論は勢いを増した。
いやいや、そんなことさせてなるものか。
俺は負けじと声を大にして言い放った。
「あっあの!!! もう少しお互い話を聴いてみませんかっ!!?」
突然の大声で部屋にいた全員は固まってしまった。
そして何秒か経って各々言いたいことを言い始める。
「あのな皆水……こんな現場を知らん人間の言う何を聞けって言うんだよ」
「データに基づく事実を述べているだけですが何か問題でも?」
これは本格的に馬が合わないんだろうなこの2人。
正直お手上げだ。
この2人と別段仲の良い訳でもない俺がどうにかできる筈がない、
こんな時、喜多里さんならどうするのだろう……、
「……金田一さん。データを示せばいいんですよね?」
「おや、皆水さん……旧体制を維持するに値するデータがあるのですか?」
喜多里さんなら俺の課題みたいに相手が必要ものを用意すると思った。
だから俺なりに2人の話を聞いて聞き
「課長、うちの顧客ってデジタル化の進んでない古い企業が多かったですよね?」
「失礼だろ。口の利き方に気をつけろ皆水」
この期に及んでまだ危機感を感じていない課長は見当違いのイチャモンをつけてくる。
「取引相手の希望を調査しましょう。メールでの取り引きやウェブ通話、対面形式のどれを希望するかを調べてまだアナログなやり方が多いようでしたら改善を一旦待ってもらえませんか?」
「……我が社がデジタル化を進めているのを知っていてその提案をするのですか?」
今度は金田一さんが噛み付いてきた。
心なしか眉間に皺を寄せている。
そりゃ同伴した人間が邪魔してきたら嫌な顔の1つでもしたくなるよ。
だが、俺も黙っちゃいられない。
「その……段階を踏みましょう。とりあえずは金田一さんの提案を進める方針でいくとします。そこで現状営業課で可能なこと、不可能なことを仕分けて擦り合わせるんです」
俺の早口に2人は黙って聞き始める。
今だ! このチャンスを逃してはならない。
「今回はデジタル化の対応でも構わないと言ってもらえた取引相手に限定して、金田一さんの案を取り入れてみるので手打ちにしませんか? 落とし所としては良いと思います……いや良いです!!!」
俺の気迫に押されたのか、それとも呆れられたのか分からない。
しかし、2人は少し押し黙ってから
「分かった」
「分かりました」
そう答えてその場は収まったのであった。
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