第3業務 目論見未だ見えて来ず

 少しずつだが俺は新たな職場に馴染みつつあった。

営業部にいた頃の俺を振り返る。

挨拶をされても目も合わせない。

与えられた業務にのみこなすだけ。

他の社員がどうであろうと目も暮れず退社。

……恥ずかしいったらありゃしない。


「お疲れ様です皆水みなみずさん」

「戻りました喜多里きたさとさん。長割おさわりさんに資料渡してきました」


 喜多里さんの所へ戻ろうとすると見計らったかのように喜多里さんが現れる。

……もしかして一連のやり取りを見ていたのか?


「さて、少し早いですが昼休憩にしましょう。それが終わったら午前の収穫と午後の業務説明をいたします」

「あ、喜多里さんが良ければ食べながら聞かせてもらってもいいですか? 俺、早く仕事を覚えたいんです」


 人が違えば休憩中に時間を割かせるなんてと怒られてしまう。

だが俺はこの数日、ずっと喜多里さんを見てきた。

業務制限を食らって他にやることもなかったからな。

そこで喜多里さんはできる仕事があれば前倒しで終わせるようにしていたことを知った。

一度だけ口にしていたが、


『準備で済むことは準備で済ませる』


 ということなのだろうか?

まぁ多分そうなのだろう。


「皆水さんがよろしければ願ったり叶ったりです。準備で済むことは準備で済ませた方が楽でしてね」


 何故なら目の前の喜多里さんは嬉しそうにそう言ったからな。

そんなこんなで俺は社食を食べながら喜多里さんに進捗報告をした。


「それで……人事教育課うちに来てから得るものはありましたか?」


 喜多里さんはそう言ってから蕎麦をすする。

美味そう……俺も蕎麦にすれば良かったな。


「はい。とりあえず……ですが人を見て考えることを覚えました」

「流石は皆水さん。職人は仕事を見て盗み覚えるとはよく言ったものです」


 俺はうどんをすすりながら喜多里さんの話を聞く。


「厳密に言うと新人では仕事よりもまずは仕事をする人を見ると言った方が正しいでしょう。職種にもよりますが、すぐ新人に任せられる仕事などたかが知れています」

「たしかに……俺、全くと言っていいくらい役に立ってませんでした」


 営業部で俺にできる仕事なんて片手で数えてられるくらいだった。

だがそれは人事教育課でも同じこと。

違いがあるとすれば人との付き合い方。


「乱暴な言い方になりますが営業部での皆水さんは戦力外どころか営業妨害とまで呼ばれていました」

「そこまで……ですか」


 予想以上の悪評に立て直りかけていた俺の心は再度折れそうになる。

そこへ蕎麦を食べ終わってお茶をすする喜多里さんは俺を励ます。


「目も合わせず挨拶もろくにしない。分からないことがあっても聞かない。フォローに入る同僚上司に感謝もしない。ですがそれは過去の皆水さんです。今は相手の嫌がることはそこはかとなく察することができることでしょう」

「そんな上手くいくでしょうか……」


 話がトントン拍子に進んで俺は自信がついた一方で本当は喜多里さんの演出なのではないかという疑いがあった。


「人生そんな上手い話はそうそうありません。上手くいかない時の方が多いくらいです。ですので今の皆水さんは多くの手助けを受けていることを胸に刻んでおいてください」

「はい……そうですよね」


 やっぱり……。

喜多里さんはそんな半信半疑の俺にハッキリと真実を話してくれた。

まぁ先日まで何もうまくいかなかった俺だ。

1人でやれている訳がない。


「同時に貴方は運が良かった。退職勧告を受ける前に我々は出会えたのですから……この出会いにはお互い感謝すべきです」

「お互い?」


 俺は箸をお盆に置きながら疑問を口にした。

俺が喜多里さん達に感謝するのは分かる。

だけど喜多里さん達が俺に感謝することなんてないだろう?


「おや、もうこんな時間ですね。皆水さん、見て働くことを覚えたのなら午後からは『聴き』ながら仕事をしてみましょうか」

「えっちょっと……喜多里さん!?」


 俺の疑問を置き去りにして喜多里さんはお盆を立ち返却口の方へ歩いて行ってしまった。

俺も慌ててお盆を持ってついて行く。


「あの、喜多里さん? 俺は午後から何をすればいいんですか?」


 返却口にお盆を置いた喜多里さんは俺の質問を聞いたからか振り返った。


「そうですね……では午後から金田一きんだいちさんと一緒に営業部の労務管理調査に行ってもらいます」

「は? ……営業部ですって?」


 俺は耳を疑った。

喜多里さんはあろうことか俺の古巣である営業部へ行って来いと言ってきたのだ。

驚く俺を見て喜多里さんはいつも通り微笑む。

しかし、その笑顔の真意は今の俺には分からなかった。

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