見守る風見鶏
ミドリ/緑虫@コミュ障騎士発売中
第1話 クロスロードの鳥
子供の頃から、私とヒロキは大事な決定をこの交差点で行なってきた。
四方を畑に囲まれた、畦道の交差点。
そこに突き刺さった、いつからあるのか分からない風見鶏。
風見鶏が雄々しく風に対し正面を向くと、私たちは風上に向いて並び立ち、話し合いをする。
「リコ、話し合いだ」
「臨むところ!」
互いにキリリと眉を上げ、その日の議題を挙げるのが常だった。
小学校のクラス委員は立候補するか。
学芸会の劇は白雪姫にするか、桃太郎にするか。
仁王立ちし、互いに前を向いたまま意見を交わし、議論が白熱することもあれば、どうでもよくなって世間話に切り替わることもあった。
なんでこんなことになったのかは覚えていない。多分、風見鶏を目印に右がうち、左がヒロキの家に続いているからと、ここが二人きりだけど集団登校の待ち合わせ場所だったからだろう。
中学校に上がっても、一緒に登下校するのはヒロキしかいない。学区の端に位置する所為だ。
段々と周りが色気付いてきて「お前ら付き合ってんだろ」と揶揄われても、それでも一緒に通った。
単純に、通学路がヤバいくらい人通りがなく暗いからと、やっぱりヒロキといたいからだ。
高校も、私たちは同程度の脳みそレベルだったから、ここで風上に向かって仁王立ちをしながら「お前どこの高校行くんだよ」と聞かれれば「ヒロキと一緒のところだよ」と答えるしか選択肢はなかった。
そして高校三年の冬。私とヒロキは寒風吹き
昔は私より小さかったヒロキが、今は頭ひとつ分高い背で隣に並んでいる。
この前クラスの女子に告白されて、「遠距離は無理だ」と振ったと聞いた。私も条件は一緒だから、何も伝えない選択をしたのはつい先日の話だ。
「リコ、話し合いだ!」
「臨むところ!」
だけど、今日の議題が何なのか分かっていなかった。
ヒロキと離れ離れになってしまうこの先のことか。道は相変わらず街灯もないから。
そう、ヒロキは地方の国立大に受かり、私は受験に失敗して、これから就職活動に取り掛かることが決定したばかりだった。
婆ちゃんからは、見合いでもしてさっさと結婚したらええのにと言われたばかりだ。
高校の時にお父さんがポックリ死んでから、うちはガクンと貧しくなった。保険金があったから、今まで何とかなった。だけど、浪人生を養う余裕はない。先日、お母さんに泣いて謝られたばかりだ。
この町にはろくな就職先がない。ならどこの街に行こうかな。それを考えていたところだった。
こんなこと、ヒロキには相談出来ない。だから、ヒロキは何も知らない筈だ。
だけど、ヒロキは言った。
「今日の議題は、リコの就職先についてだ!」
「え……どうして」
それを知ってるの。その言葉は続かなかった。
「選択肢はふたーつ!」
どういうこと。
「俺の伯父さんが、俺の通う大学の近くで会社をやっている! 小さいけど!」
……何を言ってるんだろう。
「そんな伯父さんの家には、空き部屋がある! 俺もそこに居候する予定だ!」
……本当、何言ってんの。
「一緒に……一緒に行ってくれないか!」
本当に、何言ってんの馬鹿。
「伯父さんには! 話を通してある!」
ヒロキの姿が、滲む。何で当事者抜きで話してるの。そう思ったら、続きがあった。
「母さんには、『リコちゃんに先に話しないでお前は馬鹿か』と言われた!」
だろうね。おかしくなって笑いたいけど、目頭が熱くて笑えなかった。
「……選択肢のふたつ目は?」
声、震えちゃっただろうか。多分、いい感じに冷たくって痛いくらいの風が吹いているから、寒くて震えていると思ってくれたかもしれない。
「選択肢、ふたつ目ー!」
声がでかい。
「遠距離は、いやだー!」
そもそも付き合ってない。
「リコんちの婆ちゃんが、見合い話はないかとやってきた!」
お婆ちゃん、ちょっと。
「見合いの必要はない、俺が結婚すると伝えた!」
……ちょっと。本人の承諾は?
「伯父さんの所にいくのに抵抗があるなら! 俺と……!」
涙腺は、崩壊している。風が冷た過ぎて、痛いのに濡れる頬だけが熱かった。
「とりあえず籍だけでもいい! 入れてくれー!」
そして、ヒロキがようやく私の方を向いた。私の顔を見て、ギョッとする。全くもう。おかしくなって笑うと、ヒロキの顔が真っ赤になった。
「……選択肢1と2、どちらがいい」
ヒロキが、ボソリと言う。私は、堪え切れなくてくすくすと泣きながら笑い出した。
「リ、リコ?」
全くもう。
「……あのさ、私一度も告白されてないんだけど!」
風に負けないよう、大きな声で言う。
だけどヒロキはアワアワとするだけで、何にも言わない。本当、馬鹿なんだから。
私は前を向くと、大声で言った。
「選択肢1を選ぶ! ただし、ちゃんと好きと言うことー!」
「……!」
ここで初めて、私たちは向き合う。ヒロキが、真っ赤な顔をして、息をスウッと吸い込んだ。
私たちを見守り続けていた風見鶏が、風でクルクルと回った。
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