旧題・最終話 本当の『一人目』
俺と世覇の親だけあって、母さんも強がっているわけではなく、元々からざっくばらんな性格だった。文句を言わせない横柄な態度は受け取る側によって賛否に分かれる。
母さんみたいな姉御肌なタイプは、嫌われていても直接的に悪口は言われないだろう……、敵を多く作りやすいが、実際に攻撃されることは滅多にない……。
それゆえに、今の世界は絶望的に相性が悪かった。
陰口が多ければ多いほど、母さんは傷つけられてしまう。
弱い者に寄り添う母さんは、そんな性格なので他者からは弱く見られない。
きっと大丈夫なのだろうと思い込まれて、寄り添ってくれる人がいなかった。
母さんが胸中で苦しんでいるなんて、息子の俺ですら気付けなかったのだから。
他の誰かが気付けるはずもない。
それこそ、もしもまだいれば、父さんの役目だっただろう。
――溜めに溜め込んだ母さんの弱音を聞き終えて、俺は裏面に戻ってくる。
たった一人での子育て。
仕事場での付き合いが悪くなってしまい、上司や同僚に気を遣う生活。
片親で、子供四人を抱えるがゆえの金銭面での不安。
なにかが解決したわけではないが、それでも吐き出すことで母さんは変われるはずだ。
母さんを苦しめていた心の毒は全て抜けたはず……、だから暴れていた黒魔人化した裏面の母さんの力は、さっきと比べて随分と弱まっているだろう。
圧倒的な戦力差だったさっきとは違い、今のいりすでも充分に討伐できる――しかし。
「――ステイシア! 状況は!?」
尻もちをついているステイシアの肩を掴んで振り向かせると、彼女の頬を伝う涙が散る。
年齢に似合わない強気と精神力を持った眼差しで、大人びた意見を持つ彼女がこうも弱さを見せることは珍しい。
そんな彼女の膝には、それを枕にするように一人の少年が横になっていた。
見慣れた坊主頭。
ボクシングで鍛えられた体には、しかしその中心に、大きな穴が空いていた。
いくら鍛えていようが、誰も耐えられない傷口の大きさだ。
「……世覇……?」
赤黒い血が口元を染めている。
胸の中心から、着ていた部屋着が裂けて、赤黒く濡れていた。
渇いていない……ということは、貫かれてまだそう時間も経っていない。
「っ、アタ、シ、を……かば、っ、て……ッ!!」
それは、なんとなく分かる……だから疑問はそこではなく、
「なんでだよ……ッ、ここでのダメージは、だって、
表面の世覇を廃人化させるだけのはずだろうッッ!?」
そう、だからこんな風に、肉体が実際に破壊されることはない……。
例外なのは俺くらいのものだ……。
「……まさか、世覇……お前も、なのか……?」
表も裏もなく、二つの世界を行き来できる人間。
俺の弟というだけで、根拠としては充分だった。
確かに世覇は、人を非難するなんて真似は、嘘でもできない。
言いたいことをその場ですぐに言う。空気を読めていないとよく言われる俺とは違って、世覇の場合は空気が読めていない状況でも、その場で出す言葉が違う。
あいつは明るく、誰も傷つけたりしない。
そういう人柄だった。
昔からそうだって、分かっていたはずなのに……。
世覇も周りと同じで悪感情を裏に追いやられたと思い込んでしまっていた。
あいつも母さんと同じで、人を陥れるようなことは考えないだろう……、
母さんとは違って溜め込んだりせずに、感じた途端にすぐに抜いている。
そんなあいつは充分、表の人格のまま裏面にくることができる資格を持っていた。
そして、ステイシアのことを体を張って守った……まったく、あいつらしい。
「……母さんは?」
「いま、いりすがやっと、追い詰めることができてて……」
年相応に、不安と怯えと後悔に表情をころころと変えるステイシア。
……そうか、俺が母さんを説得している間に起きたことだった。
一歩、遅かったのだろう。
「ステイシアは悪くないよ」
「でも……でもぉ!!」
泣きじゃくるステイシアの頭に手を置く。
「世覇にとって、お前を守ることは自分の命を懸けてでもやり遂げたかったことなんだ。
——お前が怪我をしなかったんだ、世覇にとっては本望だよ」
弟のことはなんでも分かる。
死んで恨むなんて、情けない真似は絶対にしない。
「だから泣くな、ステイシア」
「大丈夫、わたしが治してみせる」
傷だらけの青い魔法少女が、俺の背後から手を伸ばす。
大きな穴が空いた世覇の体が、時間を戻すように、修復されていく。
回復魔法。
いりす自身の怪我を治す時に使っている魔法だが、いつもと違って怪我の度合いがまったく違う。世覇は今、生きているかどうかも怪しい即死レベルの大怪我だ。
いつもいりすが負っているかすり傷とは違う。それでも治せるというのであれば、死者蘇生に近いものだが、それができるのが魔法だと言われたら反論はない。魔法さまさまだ。
しかし、心配なのは、その代償だ。
きっと、身を削る、それに値するなにかをいりすは捧げているはず……。
死者を蘇生させることに近い魔法を使って、いりすがただで済むのか……?
そんな不安を抱えていると、あっという間に世覇の穴が服ごと塞がった。
回復と言うよりは時間回帰のように思える……。
「いりす、大丈夫なのか……?」
「黒魔人の討伐は、ごめんなさい、譲ってきたの……」
いりすが申し訳なさそうに言うが、それは構わないけど……。
――ん?
譲ってきた?
……誰に?
「黒魔人にしては手応えがなかったけど、兄さんが表でなにかしてた?」
――雷が落ちたような轟音が背後から。
着地した地面を黒焦げにし、全身から電気をバチバチと弾けさせている。
緑を所々に置いた、黄色い魔法少女が、大槌を担いで立っていた。
首を傾げて揺れるポニーテール。
いりすと違って活発さゆえに少しだけ焼けた小麦色の肌。
「ステイシア……、いつからだ、いつから――かなたを巻き込んだ!?」
「いりすよりも、前だ」
「かなたは、アタシが世界を作り替えて初めて契約した、女の子だ」
―― ――
天条かなた。上の妹。運動が得意。アウトドアな性格で、太陽の下が好きな中学二年生。
そのため小麦色に肌が焼けている。ポニーテール。子供っぽさがまだ抜けない妹。
それが俺から見た、かなたの印象だった。
「かなた……お前も、魔法少女だったのかよ……っ」
「魔法少女って……そういうつもりじゃなかったけど。でもそっか、格好だけならそう見えるよね。そう言えば、兄さんも女児アニメを一緒に見てくれていたんだっけ?」
女児アニメって言うな。
魔法少女ものは今では男が見てもいいものになっているはずだ……——って、家に一台しかないテレビでお前が見ているから、俺もなんとなく見てしまっているだけで、別にはまっているわけじゃないぞ!?
「確か、わたしを初めて見た時も、もぐらはそう言ってたっけ?」
いりすが、閃いた、みたいに思い出したようだ。
「思えば、普通は『魔法少女』なんて、一発で出てこないよね」
いや、でも格好からして魔法少女としか……。
「そもそもそんなことに着目してる時点で、余裕あるよねって」
「…………」
「兄さんは身の危険よりも、女の子の服装がまず先に気になるってことなのかな?」
バチバチと、周りで光が瞬くかなたが、詰め寄ってくる。
触れたら感電しそうだな……というのは杞憂だったようだ。
「そんなことよりっ、世覇のことだ」
「あ、話を逸らしたね」
胸の傷は塞がったものの、世覇はまだ目覚めていなかった。
「……大丈夫だよな、世覇は……」
傷だけを塞いだだけで……、
つまり死体を綺麗に整えただけだった、なんてオチじゃないだろうな……?
「安心して兄さん。ちゃんと生きてるから」
冷静になれば、上下に動く胸から呼吸をしていることが分かったのに、そんなことにさえ気付けないほど混乱していたらしい。
……妹の前で、情けないな……。
「そんなことないって。弟がこんな目に遭えば、誰だって冷静じゃなくなるよ」
「誰だって、ね……そういうお前は冷静じゃんかよ」
「だってあたしは魔法少女だし。もう見慣れたしね」
見慣れた……?
俺や世覇以外にも、表と裏を行き来できる人がいたりするのか……?
「えっと……」
かなたが言い淀む。すると、
「もぐら、そろそろ戻った方がいいかも」
と、いりす。
彼女は体内時計で、今が深夜の二時を越えたことを教えてくれた。
「わたしたちはまだ精神体だからマシだけど、もぐらは違うでしょ?
実際の体だから、早く寝ないと明日に疲れが残っちゃうと思う」
「それは最悪、休めばいいとは思ってるけど……」
「お母さんが許すと思う?
学費を払っているんだから、ちゃんといけーって言うと思うよ」
……だな。弱音を吐いて、普段見せない姿を俺に見せたからって、母親として甘くなるような人ではないだろう。やむを得ないことなら仕方ないにしても、単なるサボりを母さんが許してくれるとは思えなかった。
でも、世覇の胸に大きな穴が空いてるんだけどなあ……。
「世覇が気付かなかったら、空いていないのと同じだよ。
それに、たとえ違和感があっても世覇なら学校にいくと思う」
それもそうだ。
逆に、風邪を引いても家にいる方が体調が悪化すると言い張るようなやつだ。
友達と遊んでいる方が治るらしい。
それはその友達に移しているからなのではと思うが……最悪な感染源じゃないか。
一方で、世覇は元気になるし……。
「世覇のこともあるし、今晩の疲れで兄さんがダウンしたら、世覇のことも相談できないからね。……今日は素直に帰ろう……ね? 兄さん」
「……そうだな。言われると、どっと疲れが出て――」
がくんっ、と膝が落ちて、バランスを崩す。疲れと眠気と、膨大な情報量を詰め込んで、脳がぱんぱんに膨らんだみたいに視界が狭まっていく。
目の前の光景が遠ざかっていく感覚――、
粘ることが一切できず、落ちるがままに目を閉じた。
「おやすみ、兄さん」
不思議な感覚だった。
妹のかなたに甘えていることを、俺自身はまったく嫌がっていない。
たとえ兄という立場をなくしても、拒絶反応が出るはずなのに、それがまったくない。
受け入れることに耐性ができている……かなた相手に、なんでだ……?
裏面のかなたは、当たり前だけど表面の面影を残しながらも、落ち着いて見えた。
表でよく見る子供っぽさが消えていたからなのだろうか――。
「なんだか、お姉さん、みたいだったな……」
こなたからすれば、かなたは『姉』なのだからおかしなことではないけど。
夢うつつの中で、そんなことを思った。
朝、目を覚ますと左右の腕が動かなかった。
がっしりと掴まれている……、右にはいりす、左にはかなたが。
二人とも、静かな寝息を立てて起きる気配がない。
視線だけで部屋の時計を見ると、普段よりも起きるにはまだ早い時間帯……、しかし二度寝するにしては微妙な時間だった。
それでも母さんは起きている時間だが、部屋の中は静かだ。
母さんも寝息を立てて、ぐっすりと眠っていた。
寝坊なんて珍しい。
まあ、昨日のことを思えば、緊張感が解けて油断したのも頷ける。
裏面で黒魔人になった母さんが倒されているのも影響しているのだろう……。
昨日のことを思い出すと、急激に眠気がぶり返してきた。
やっぱり数時間、眠っただけでは疲れは取れない、か。
俺たちは学校、母さんには仕事があるけど……でも、今日くらいは。
全員、揃ってサボってもいいんじゃないかと思って、目を閉じた。
「――兄ちゃん起きろっ! 遅刻するぞー!!」
耳元で叫ばれて急に起きたものだから、三半規管がおかしくなった。
……きもちわるい。
「おはよっ、兄ちゃん」
まだ髪を結んでいないところを見ると、妹も起きたばかりのようだ。
起きたばかりで、全力で俺を起こせるのか……朝からタフだな、相変わらず。
「ああ、おはよう……かなた」
かなた。
そう、これがかなただ。
これに甘えてしまったら、負けな気がする……。
兄として、男として……人として。
なんとなく、俺のプライドとしてな。
かなたに甘えること自体は、別に悪いことではないと思うし。
「ぅんん……うるっさいなぁ……」
俺の腕にしがみついていたいりすが、一緒に起き上がっていた。
しかしまだ意識は夢の中のようで、体が船を漕いでいる。
さて、このいりすはどっちだろう。
腕にしがみついていたってことは、裏なのだろうけど。
寝起きの悪さはどっちの特徴だろう……? どっちって言うか、それは表も裏も関係なく苦手なものは同じなはずだ……だって同一人物なのだから。
だから今の一言を判断材料にはできない。
裏のいりすなら何事もなく、しかし表のいりすであれば恐らく平手打ち。
なら、答えがどっちでも、無理やり腕から剥がしてしまえばいいと思うだろうが、しかしぎゅっと掴まれているから出るとこ出ているいりすのあれの感触があるんだよ。
剥がすには惜しい……なんて考えていると、いりすがぱちりと目を開けて。
「あ、あん、た、ねえ……ッッ」
「掴んでるの、お前」
無意識に片言になっていたのは、言語能力へ割く意識を、『それ』を受け止める覚悟へ向けたからだろうか……。
いりすが拳を握っているのを、見なくとも分かった。
「――あ、あたしの布団に入ってきてっ、なにしてんのよっ!?」
―――
――
―
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「リバース魔法少女」
魔法少女リバース(読切集その5) 渡貫とゐち @josho
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