第57話 風花-2

「リビングは居心地重視だから」


「俺の部屋で続き読む?すぐ本取れるし」


「んー・・・・・・まだ動きたくない」


「そんなに寝不足か」


「・・・・・・・・・おかげさまで」


誰のせいだと憎まれ口をききそうになって、堪えた。


不用意な事を言って昨夜の続きをされても困るからだ。


朝陽と結婚して分かったことは、そういうことに、時間はあまり関係ないということ。


何気なく交わしたキスが急に深くなる時もあるし、最初からそういう雰囲気が分かる時もある。


朝陽が未弥の表情を見誤ることは絶対にないので、駄目だと分かっているときには絶対に仕掛けては来ない。


何をどう見て判断しているのか分からないけれど、結婚してからの一年で体重は増えて生理痛はマシになった。


憂鬱だったPMSも楽になったし、肌荒れも起していない。


朝陽が鉄分とビタミン補給に余念がないせいだ。


未弥の体温の変化で大体の周期が分かるらしい彼は、その時期になると夕飯のメニューに大豆製品と赤身肉が増やしてくる。


未弥よりも未弥の体調に敏感だ。


「昼寝する?」


「ええ、寝れないよ続き気になるもん」


「いま寝てくれると嬉しいんだけどな」


しれっと言い返した朝陽がタブレットを置いて立ち上がった。


カウチソファーの上に広げられた単行本を揃えて片手に抱えて、未弥に向かって手招きする。


「久しぶりの連休だし、いいだろ」


「それ、もっかい夜にも訊いてよ・・・・・・気分じゃないかもしれないでしょ」


珍しく強気で返した未弥に向かって、朝陽が可笑しそうに頬を緩めた。


「俺は、そういう気分にさせるの得意だよ」


「っば、ばっかじゃないの!?何言ってんのよ!」


「おまえにしかしないよ」


ほら早くと手を引かれて結局朝陽の部屋まで戻って来る。


本棚から少年漫画の続巻を取り出した朝陽がそれを未弥に手渡して、すぐに隣に滑り込んできた。


セミダブルは、シングルよりは広いけれど、布団を並べて眠る時よりはずっと狭い。


抱き寄せた未弥の髪を耳の後ろに流しながら、朝陽が眠たくなったら言えよと囁く。


「・・・・・・あんたそれぜったい歴代の彼女に言ってたんでしょ・・・・・・園田さんも美人だったもんね」


朝陽は愛想は良くないけれど、愛情深い。


懐に入れた人間にはとことん甘いし誠実だ。


ドラマや少女漫画のような台詞は吐かないけれど、時々とんでもない発言で心臓を撃ち抜いて来る。


西園寺いわく超エリートエンジニアらしいので、美人だって選び放題だったことだろう。


数か月前にひょんなことから出会った朝陽の元カノは、絵に描いたようなキャリアウーマンで、目鼻立ちのはっきりとした美人だった。


超エリートエンジニアの朝陽の隣には、ああいう女性が立つべきなんだろうなと一瞬でも思ってしまったことは、いまも忘れていない。


「・・・・・・美人かな」


独り言のように呟いた朝陽を振り仰いであんたねぇと顔をしかめる。


「どう見たって美人だったでしょ。あんたどこ見て付き合ってたのよ・・・あ、身体かっ」


自分で言って馬鹿だなと思った途端唇を塞がれた。


スーツの上から出も分かるくらい、園田は綺麗なスタイルをしていた。


胸だって寄せて上げなくても未弥の倍はあるだろう。


上唇と下唇を交互に吸われて、ゆるゆると唇の隙間を舐められる。


不貞腐れたままで唇を開けば、すぐに上顎を擽られた。


ぞくりと腰が震えて肌が粟立つ。


舌裏を舐めたそれが優しく表面を擦り上げて、宥めるようにくすぐってから離れて行った。


「俺の審美眼は未弥を最後にアップデートされてねぇよ」


「・・・・・・・・・うわぁ」


真顔で朝陽を見上げれば、緩んだ唇が額を辿って鼻先を啄んで唇を優しく吸った。


「そ・・・・・・れは、よ・・・・・・くない、と、思う」


「なんで?泣いて喜ぶところじゃねぇの?」


眉を下げて笑った朝陽が、首筋に頬を寄せながら開き直ったように言った。


「おまえ以外どうでもいいんだよな、俺」

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密やかに恋を読む ~幼馴染年上司書とエンジニア年下男子のやんごとなき新婚事情~ 宇月朋花 @tomokauduki

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