第21話 暗愚のダンジョン

 セイは朝から冒険者ギルドに居た。

 もちろん、ダンジョンに行くためである。


 相変わらずニゲロイトの冒険者ギルドには違和感を覚える。

 来た当初から感じている事だが、その正体が何なのか分からない為、どうも居心地が悪い。


 夢を語る新人冒険者達、それを冷ややかな目で見る中堅達。

 どこにでもある風景だが、やはり何かが足りない。


 ――なんだろうな?


 セイが考えていると、ギルドの奥からルネリッサとタイラーが出て来た。

 2人とも準備は万端のようだ。


「タイラー、腕はもういいのか?」


「ええ、昨日一日掛けて治療しました」


「それは良かった。今日は気をつけていこう」


「はい!」


「ルネもな」


「うん、分かってる。今日も軋轢のダンジョン?」


「いや、今日は【暗愚のダンジョン】に行こうと思う。っと、その前にこれ」


 セイは二人に小袋を渡した。

 2人は不思議そうに、それを受け取る。


「この前の分前だ。うちの錬金術師ときっちり4等分してある」


 2人は袋をのぞいた。


「嘘、こんなに!? 金貨まで入ってる!」


 ルネリッサが驚いた。

 タイラーは目を丸くしたまま固まってしまっている。


「な? 錬金術に施して売った方が金になるだろ?」


「ここまでとは思わなかったわ」


「……ですね」


 ルネリッサとタイラーは驚きを隠せない。


「このまま後4、5回ダンジョンに潜れば、借金返せるんじゃないか?」


「そう、思う」


 本来であれば、あれ程の魔物を倒すことは新人には不可能である。

 通常【ギルド付き】は30回ほどダンジョンに潜れば、借金は返せるといわれている。

 30回目のダンジョンの外を出るころには、半数以上は死んでしまうが。


「さて、金の話はこのくらいにして、鑑定するか!」


 3人は鑑定を手早く行った。


 セイ

 ■種族 ヒューム

 ■レベル Lv5 (2↑)

 ■ジョブ 狂戦士

 ■ステータス

 闘気  35 (19↑)

 魔力  32 (19↑)

 法力  30 (18↑)

 念力  35 (22↑)

 霊感  4 (2↑)


 ■術

 闘術 Lv3(1↑)

  Lv1 闘気操作

 狂術 Lv3(1↑)

  Lv1 限界突破

  Lv3 神降 (New)

 魔術 Lv10

  Lv1 魔力操作

  LV2 闇袋

  LV4 雷壁

  LV4 炎壁

 法術 Lv10

  Lv1 法力操作

  Lv4 異常抵抗

 念術 Lv10

  Lv1 念力操作

  Lv2 熱操作 (New)

  Lv6 液体操作

  Lv8 重力操作

 召喚術 Lv10

  Lv1 契約

  LV2 召喚



 ルネリッサ

 ■種族 チェンジリング

 ■レベル Lv9 (4↑)

 ■ジョブ 盗賊

 ■ステータス

 闘気  6 (1↑)

 魔力  5 (2↑)

 法力  4 (―)

 念力  7 (3↑)

 霊感  43 (24↑)


 ■術

 霊術 Lv5 (1↑)

  Lv1 霊感操作

  Lv2 鍵解錠

  Lv3 宝物探知 (New)

  Lv5 敵探知 (New)

 


 タイラー

 ■種族 ビースタ

 ■レベル Lv9 (3↑)

 ■ジョブ 僧侶

 ■ステータス

 闘気  7 (2↑)

 魔力  8 (5↑)

 法力  40(24↑)

 念力  7 (3↑)

 霊感  5 (1↑)


 ■術

 法術 Lv6 (2↑)

  Lv1 法力操作

 LV2 麻痺回復 (New)

  LV2 加速

  LV2 麻痺

  LV2 治癒

 Lv3 恐怖 (New)

  Lv3 治癒領域

  Lv4 毒回復

 Lv4 異常抵抗 (New)


「セイのレベルアップ、なんか遅い? 私とタイラーはもうLv9なのにセイはまだLv5なの? それに法術もタイラーより覚えてる呪文もちょっと少ない?」


「ぐふぉッ」


 セイの心が深くえぐられた。


「え? なに、急に!?」


「自慢か? 自慢なのか!? 羨ましすぎる! くそっぉッ」


「べ、別に馬鹿にしてるわけじゃないよ!?」


 ルネリッサがいきなりねたセイを慌ててフォローする。


「なら良かった。……危うく心が壊れる所だったぞ。気をつけてくれ」


「う、うん。本当に大丈夫?」


「ああ、大丈夫だ」


 セイはかつてのトラウマをえぐられたが、何とか持ち直す。


「基本職の方がレベルが上がりやすいんだ。上級職や最上級職みたいに階級が上がるほど、レベルアップしにくくなる」


「魔物から取り込む加護力だけなのに差が出るの?」


「出る。階級が上がれば上がるほど一回のレベルアップで取り込む加護力が大きくなるからな。基本職のほうが取り込む量が少なくてもレベルアップできるといわれてる」


「確かにセイのステータスは、どれも高いわね」


「正直、闘気はともかく、狂戦士なのに魔力や法術が高い理由は俺にもよくわからないが……。で、レベルアップ時にしか呪文は覚えないから、レベルアップの回数が多いタイラーの方が呪文も多くなるわけだ」


 だからこそ、セイは後衛の基本職へと戻る予定だ。

 早く英雄のコインを手に入れ、戦士に降格し、魔法使いへと転職する。

 それが当面の目標だ。

 今のところ順調に呪文を覚えられているが、いつ停滞するか分からない


「色々と職で違いが出るんだね。でもセイは強いからいいじゃない?」


「いや? 全然強くはないぞ。前衛も後衛も俺なんかよりも強い人間は沢山居る」


「本当にそんな人居るの?」


「居るぞLv70近くになった奴らの強さは別格だな」


 ルネリッサとタイラーは少し間を置いて笑った。


「そりゃそうでしょ? Lv70なんて、トップクラスの冒険者じゃない」


「すごいです。セイさん!この前までLv1だったのに、もうトップクラスの冒険者を目指してるんですね」


 セイが若返る前のレベルは64である。

 レベルだけを見ればトップクラス帯にいた。もちろん呪文を使える同レベル帯と実績は比べるべくもないが、それでもLv70を超えるエトムートなどはセイにとって一つの目指すべきラインなのだ。


「……いや、まあな。ともかく、レベルも上がったがレベルが二桁に行く前にそれなりに呪文を覚えられたのは幸先いい。Lv10を超えた辺りからレベルアップは一気に難しくなる。さて、話はこれくらいにして、ダンジョンへ行くか!」


「うん!」


「はい」


 セイ達は暗愚のダンジョンへと向かった。



 ◆ ◆ ◆


「ここが暗愚のダンジョンですか」


 セイ達は軋轢のダンジョンとは街を挟んで反対側にある場所へとやって来た。ダンジョンの前にある広場は、同様に活気に溢れており、冒険者達が物資の調達や事前のブリーフィングなどを行っている。


「見た目は前のダンジョンとあんまり変わんないね」


「どこのダンジョンも成長途中はあんまり違いはないぞ。石や土以外の構造物で出来てたり、空間が大きく歪んできたら、それは危険な兆候だ」


「成長? 兆候?」


「そうだ。ダンジョンは成長する。弱い魔物が多いダンジョンは階層もそんなに無い。これが魔物が強くなると、階層が深くなったり、ダンジョンの中に海や砂漠なんかができるらしい。更に、ここで魔物の数を減らせないと魔物が外へ出ていく」


「魔物が外へ……」


 ルネリッサの顔がいつになく真剣味を帯びた。


「そうだ。こうなったら終わりだな。辺り一帯は魔物に飲まれる。暗黒領域の誕生だな」


「暗黒領域?」


「あれだ」


 セイが空を指差す。

 この世界は球体のにある。もちろん大地や海も、である。

 そのため、雲がなければ、空には薄っすらと大陸や海が見えるのだ。


 太陽を挟んだ反対側に見える大陸の一部が、真っ黒に染まっている。


「あれは東大陸の辺りですね。確かに少し黒ずんでいる所がありますが……」


「あれが暗黒領域だな。太陽の光すら届かないほどの瘴気に埋め尽くされる。ダンジョンは宝物庫であり、厄災を呼ぶ場所でもある。管理に失敗するとああなる」


「言われみれば本当に真っ黒ですね……。初めて聞きました」


「暗黒領域の事は、積極的に教えるようなことじゃないからな。知った所でどうしようもないしな」


 セイはそう言って、空越しに見える大陸の黒くくすんだ領域をにらみつける。

 瞳には仄暗ほのぐらい感情が混じっていた。


「セイ?」


 何か感じ取ったタイラーがセイへ声をかける。

 セイが空から視界を戻すと、瞳はいつもどおりに戻っていた。


「さて、行こうか」


「はい」


 2人が歩き始めても、ルネリッサはまだ空を見つめていた。

 いつになく思い詰めており、どことなく暗い表情だ。

 セイの掛け声が耳に入っていないようだ。


「ルネ? 行くぞ」


「あ、うん」


 一歩遅れてルネリッサがセイ達へ続いた。


 セイ達は、石畳の薄暗いダンジョンへと足をすすめる。

 入り口から暫く歩き、周囲から人の気配が消えた所でセイは召喚獣を影から呼び出す。


 その表情は、どこか誇らしげだ。


 3つの影が大きく盛り上がる。

 1つはロックウルフ、もう1つはバンシーだが、更に大きな影が剥げ落ちる。


「ッッエ゛!?」


 ルネリッサの言葉にならない声が漏れた。

 大きな体躯。灰緑色の肌。錆びた大剣を持つ魔物が現れた。


「ホブゴブリン。頼むぞ」


「グガッ!」


「セイ……これ、もしかして!?」


「ああ! 仲間になってくれたホブゴブリンだ。まさかダンジョンボスが召喚獣になってくれるとはな。狂戦士なんてたまったものじゃないと思ったが、もう暫くは続けてもいいかもな」


 セイは嬉しくてたまらない。

 狂戦士になってからというもの、呪文や召喚獣を順調に得ることができている。


「ルネ、タイラー。ちょっとだけ時間をくれな」


 セイは手元に暗闇を作り、暗袋を呼び出す。

 その中から何かを取り出した。


「なに?」


 ルネリッサが不思議そうに見つめた。


 セイが取り出したものはブラシである。

 そのブラシでロックウルフの毛並みを整え始めたのだ。


「セイ、何してるんですか?」


「ああ、召喚獣達のメンテナンスだ。本当は宿に帰ってから全員にやってやりたいんだが、同居人達には隠しているからな。ここくらいでしかできない」


 すぐにルネリッサが反応する。


「……同居人、たち?」


「ああ、錬金術師と連れとは、節約の為に同じ部屋に泊まっててな」


「……確か錬金術師は女」


 ルネリッサはボソボソとした小声でつぶやいた後、口をすぼめ何も話をしなくなった。

 気がつかないセイは、気持ちよさそうに毛をブラッシングされるロックウルフの首を撫でる。


 ひとしきりブラッシングを駆けた後、再び闇袋を開きブラシの代わりに取り出したのは、霧吹き。


「バンシー、最高級の浄化水だぞ」


 霧で出来た少女バンシーに向かって、シュッシュと霧を振りかける。

 表情を変えないが小刻みに霧の表面が揺れている。


 暫く水を撒き、霧吹きが空になると霧吹きを闇にしまった。


「さて、次はホブゴブリンだが――ルネとタイラーは見ない方がいいかもしれない。ゴブリン達の娯楽は刺激が強すぎる」


「え? どういうことですか?」


 セイは暗廟から女性のと酒を出した。


「ホブゴブリン。思う存分楽しんでいいんだぞ」


 セイは優しそうな瞳で、等身大の人形とお酒をホブゴブリンへと手渡した。

 ホブゴブリンは嬉しそうにセイから受け取ると、マネキンへほほずりをしながら喜んでいる。


「それってもしかして、ラブド――」


「ルネ、それ以上いけない。さあ、ホブゴブリン。そこの影で楽しんでおいで」


 ホブゴブリンは、意気揚々に通路の影へと消えていった。

 少し待って、人形の喉元に仕込まれたであろう魔道具から卑猥な言葉の数々が聞こえてきた。


 しばらく3人と2体の召喚獣は沈黙して待つ。


 セイはただただ目を瞑ったまま座している。


 嬌声あえぎごえが木霊するたび、非常に気不味い空気が流れた。


 ルネリッサとタイラーは命がかかったダンジョン探索中に、何を聞かされているのか全く理解が追いつかない。


 ダンジョンの中に響く嬌声が止まった頃、ホブゴブリンが人形と酒瓶をもって現れる。


 セイは、それを素早く闇袋へと閉まった。


「スッキリしたか?」


「ギィ!」


 セイとホブゴブリンの間に、何か言葉で表しづらいものが交わされた。


「ちょっと待って! どういう事よ!?」


 ついにルネリッサがえきれずに、聞いてはいけないことを聞いてしまう。


「ん? 召喚獣とはいえ、元は生き物だ。使役させるだけじゃなくて、たまにはご褒美もあげたいんだ」


 召喚獣たちの世話はセイの趣味の一つである。

 もともとソロで活動していたため、召喚獣はパーティーメンバーの代わりであり、命を預ける仲間でもあった。

 そのため、セイは召喚獣をとても大切に扱う。


「き、気持ちはわかるけど……ダンジョンの中で、その……アレを……」


「ルネ、落ち着け。召喚獣に人間の価値観を押し付けるのは良くないぞ。彼らには彼らの在り方がある」


「それはそうだけど……」


「同居人が、目の前でアレを見せられたら、トラウマに成りかねないからな。許せ」


「……うう」


 先程からあまり言葉を発さないタイラーと目があう。


「……セイが、を買いに行く所、想像したくなかったです」


「むむっ、解せぬ」


 ルネリッサは呆れたようにため息をついた。


「セイってやっぱり非常識よね。それにしても、召喚獣ってなんなの? セイ以外で使ってる人知らないんだけど」


「それ。僕も気になってました。すっごい便利そうじゃないですか。心強いし」


「召喚術を習得していると、稀に倒した魔物の魂が、加護力と一緒に取り込まれるんだ。召喚獣は、その魂に仮初の肉体を与えて戦ってもらう術だな。便利は便利だけどコスパが悪い」


「コスパ?」


「一回肉体を作るごとに、ごっそり加護力を吸われる。それに、召喚師の近くじゃないと体を保てないからな。召喚士の体内にある魂と体が離れすぎるとダメになる」


「意外に融通が効かないんですね」


「まあそうだ。召喚術以外にも魔術や闘術とかも、できることと出来ないことがはっきりしているしな。万能の術なんか無い」


「なんだか、夢が無いですね」


「だからパーティーを組むんだろ? 皆の長所を合わせ、短所を埋める。頼りにしてるからな。さて、待たせて悪かった。行こうか」


 ルネリッサとタイラーは少し目をパチパチさせ、嬉しそうに頷いた。


 しばらく歩いていると、前方から何か言い争うような声が聞こえてくる。


 ――誰かが騒いでる?


 セイたちは、騒ぎ声を避けるように、いりくねった通路を進んでいく。


 道中、キラービーや爪を持つ巨大蝿などの蟲型の魔物が出てくるが、初心者向け迷宮の一層でしかないため、全く苦戦しない。


 3度ほど蟲型の魔物を倒したとき、背後からバサバサという羽音が聞こえてきた。

 セイにはその羽音に聞き覚えがあった。


チンか。厄介なやつだな」


 思わずこぼれた愚痴とともに、セイはロングソードを構えた。


「ロックウルフ、ホブゴブリン。やるぞ」


 =============

 読んでいただき、ありがとうございます。


 更新が出来ておらず、申し訳ありません。


 キリが良いところまでは、下書きができている作品なのですが、

 清書する時間が確保できずに、滞っております。


 他作品の出版やカクヨムネクストの新作執筆により。

 5月くらいまではあまり時間が取れそうにありませんが、

 時間ができましたら、章が終わるところまでは必ず投稿しますので、

 少々お待ちください。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

転職失敗からの大逆転 ―召喚師が狂戦士になってしまった― 水底 草原 @gal1103

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ