第20話 錬金ギルド

 セイはハーフエルフのキュメイと、街の通りを歩いていた。


 今日は僧侶タイラーが治療のため、ダンジョンは休みである。

 またファリンは眠いといって着いてこなかった。


 横を歩くキュメイはニヤけが止まらないと言った様子だ。


 昨晩、倒れるように馬小屋へ帰えり、キュメイはろくでなしの亭主でも見るかのように迎えた。「今日はいくら借金を抱えてきたの?」という言葉と共に。


 だが、次々と闇袋から大量の魔物と迷宮産の杖を見せてからは一転した。

 セイを褒めたたえ、ずっと機嫌が良い。


 ――全く現金だな


 とは言うものの、頑張ったものを素直に褒めてくれるのは、いい気分でもある。意外と良妻の素質があるのかもしれない。


 スレンダーな美少女が、馬小屋の中で笑っている違和感は凄まじいものだったが、仕事にやる気が在るのはいいことだ。


 昨晩、夜遅くまで下準備を行い、早速3人で素材を加工するために街へと繰り出したというわけだ。


「これから行く錬金ギルドってどんなところなんだ? 俺が前いた街には無かったギルドだからな」


「とってもいい場所よ。錬金術の試薬や素材のかおりが充満していて、心がくすぐられるわ」


 ――錬金術の試薬や素材って魔物の死体だよな……


 セイは思うだけで、何も口には出さなかった。

 価値観は人それぞれである。


「とりあえず、そこにいけば錬金術ができるんだな」


「そうよ、錬金術師が集まっている場所で、いろんな器具を貸してくれるのよ」


「ん? そうなのか? ならなんで自分の機材を持ち歩いてるんだ?」


「仕方ないのよ」


「仕方ない?」


「すぐに分かるわ」


 2人は街を歩き、レンガを石膏せっこうで固めたような建物の前に着いた。

 一切の装飾は不要とでも言いたげな重厚な建物へと入る。


 中には大きな台がつけられたカウンターがある。

 冒険者ギルトと違い、酒場などは設けられていないようだ。


 代わりに瓶や棚に備えれた素材が並べられていた。


「あれは?」


「錬金術に使う素材ね。錬金ギルドで調達できるようになってるの」


「意外に便利なんだな」


「冒険者ギルド程、あちこちに在るわけじゃないから。ギルドが作られる場所は錬金術師にとっては、活動の拠点になるの」


「なるほどな」


 キュメイはカウンター越しに作業しているドワーフの職員へ声を掛けた。


「今日も道具を使わせて貰える?」


 ドワーフの男は鉱石を振り分ける手を止め、不機嫌そうに応えた。


「また来たのか……。悪いんだが、あんたが来るとクレームが増えるんだ。頻繁には遠慮願いたい」


「錬金術の什具を買うまでよ。そしたら売りに来るくらいになるわ」


「はぁ。地下を使ってくれ。くれぐれも他の階を彷徨うろつかないでくれよ」


 そう言ってドワーフの職員は鍵を投げてよこした。


「分かってる」


 キュメイは慣れているのか表情を変えずに鍵を受け取ると、地下へと続く階段を降りていった。


 ――随分な対応だな


 背に続いたセイがキュメイへと話かける。


「なんで何も言い返さないんだ。キュメイは仕事しに来ただけだろう?」


「仕方ないの。ドワーフの種族特性は鉱物との対話。私が近くにいると石の声が聞こえないらしいわ」


「ハーフエルフの種族特性か……」


「さっき、なんで什具が必要か聞いてきたでしょ? これが答え。他の錬金術師に迷惑をかけるからよ。私の種族特性はコントロールできないから」


「……そうだったのか。すまないな、焼いてしまって」


「分かればいいの。それに錬金術は芸術なの。自分の手に馴染んだ什具じゅうぐが無いと自分の能力を引き出せないでしょ」


「なら、早く買えるといいな」


「それはセイ次第ね」


 キュメイは職員からもらった鍵で目の前にある部屋の鍵を開ける。

 部屋の中には所狭ところせましに、フラスコ、試薬、台座で埋め尽くされていた。


 何に使うのか想像もできないような器具に溢れている。

 端には簡易的な鍛冶が行えるような炉まである。


「ここが錬金術ができる場所か……」


「そうよ。魔物をここに出して」


 キュメイは部屋の端にあった黒い箱を指差した。

 中で大人が横になれるほどの大きさだ。


 箱の扉を上から開けると冷気が伝わる。


「闇袋の中なら鮮度は保たれるけど、解体中はそういうわけにはいかないわ。保冷して置かないと」


「そうだな」


 セイは言われるがままに、箱へ入るだけの魔物を入れた。

 その内の1体を取り出すと、キュメイが作業に入る。


「なあ、何か手伝うことはあるか?」


「無いわ。むしろ下手に素人に手を出されるほうが迷惑」


「そうか」


 キュメイは黙々と何時間も作業を進めていく。

 魔物を綺麗に解体し、内蔵や血をフラスコへ入れ、何かと混ぜる。

 何をしているか全くわからないが、その作業に無駄がないことはセイにもわかる。


 セイは箱が空になる度に闇袋から保管している魔物を取り出し、入れていった。


 ――暇だな


 やることがなく、剣術の素振りを始めた。

 少しでも慣れていく必要があるからなのだが。


「セイ! ここは大事な器具が沢山あるの! 壊したらどうするの!?」


「はい、ごめんなさい」


 そう言ってまた座る。


 日が傾く頃に、キュメイが手を止め、深い溜め息をついた。

 半分寝ていたセイが起きる。


「ん? 終わったのか?」


「……後は道具の鑑定ね」


 セイの目が一気に覚める。


「おっ! 楽しみなやつだな!」


 まず迷宮の宝箱から取れた杖を渡した。


 杖を鑑定用の台座に載せ、キュメイの秘伝のレシピである液を垂らした。

 青黒い液が台座の上で光り輝き、文字が浮かぶ。


 ■祈りの黒杖

 ■ステータス

 魔力 16

 ■付与

 魔術微強化

 ■呪い

 無し


「魔法使い向きな杖だな」


「そうね。呪いがついてないし、それなりの値で売れるんじゃない」


 セイが慌てて杖を取る。


「これは売らない!」


「なんで? アンタは戦士でしょ。杖を使えないじゃない」


「な、仲間に使ってもらうから」


「ふーん、まあ、いいわ。薬も沢山作れたし、素材も取れたから」


「前もって言った通り、分前は俺のパーティーメンバーも含めて四等分だからな?」


「わかってるわよ。借金返すんでしょう?」


「それは目の前の目的で、金は貯めておく必要がある」


 もちろん英雄のコインを買う為であるが、迷宮産の魔道具は、貧乏貴族がためらうほど高価だ。

 セイと言えども、すぐには買えない。


「ふーん。まあ、什具を買い戻すまでは付き合ってもらうから」


「分かってるって。それじゃこれも頼む」


 そう言ってセイは、闇袋からロングソードと刀を取り出した。

 ダンジョンの中で襲ってきた黒装束の男達が装備していた得物である。


「何? 武器も取れたの?」


「いや、こっちはダンジョンの中で襲ってきた奴らのものだ。話してなかったが馬車で襲ってきたやつと同じ黒装束の男たちだったな」


「また襲われたのッ!?」


「そうだな。ダンジョンで人に襲われることは、稀に良くあることだ」


「ダンジョンって本当にヤバい場所よね。あんなところに潜る人達の気が知れないわ」


 キュメイは先ずロングソードを受け取ると、刀身に刻まれたがルーン文字を確認した。


「【頑強】の付与が掛かってる。ルーン文字は1文字だけだし、おまけ程度の付与ね」


「鑑定機にかけなくても分かるのか?」


「当たり前でしょ。鑑定機は迷宮産の魔道具や武器に使うの。人が錬金術で作ったものは掛けなくても分かるわ」


「すごいな。前の街にあんまり錬金術師は居なかったから、見るのは初めてだ。じゃ、次はこっちで」


 次にセイは刀を渡した。

 キュメイは少し刀身を目で確認し、鑑定機へと置いた。


 ■銘

 壬午じんご

 ■ステータス

 闘気 22

 ■付与

 鋭利微強化

 ■呪い

 精神汚染(快楽)


「こっちは呪いありね」


 心当たりはある。

 元の持ち主は、人を斬る事に快楽を覚えていたようにも思う。


「快楽の精神汚染か。また微妙な呪いだな」


「どこか微妙よ。思いっきりアウトでしょ」


 セイは狂戦士になってから戦闘への快楽が強くなっている。

 むしろ忌避していたくらいだったはずが、体の奥底で闘争を求めている。


「行き過ぎるとただの戦闘狂になっちまうのが玉にきずだな」


「売ったほうがいいんじゃない?」


「呪いが付いている装備は買い叩かれるからな。予備の武器に使うか」


「使えるなら、ね。迷宮産武器は余程酷く壊れない限り、勝手に直るから便利だし」


「そうそう。初心者が多少乱暴に扱って剣を折るよりも経済的だ」


 先の戦闘で、凹んだしのぎはすでに綺麗に直っている。


「……セイ、あんまり適当に剣を使って、剣に呪われても知らないわよ」


「気をつけるさ」


 ちなみに馬車を襲ってきた盗賊達の武器は取っていない。

 盗賊のものでも勝手に取れば犯罪である。ダンジョンだけが治外法権なのだ。


「セイも鑑定してあげようか? 今日は冒険者ギルドに行かないんでしょう?」


 確かにレベルアップした感覚も、新しい呪文を覚えた感覚もあった。知りたい気持ちもあるが、鑑定結果をキュメイに開示する事には躊躇ためらいがあった。


 タイラーやルネリッサのように生死を共にする相手なら、やぶさかではないが、キュメイはビジネスパートナーである。しかも期限付きの。


「大丈夫だ。明日、ダンジョンに潜る前に鑑定するさ」


「そう」


 セイの返答を聞き、キュメイは一日の成果をまとめ始めた。


 2人はそれらを現金に換えた。

 受け取ったお金を使い、キュメイは多くの機材を購入する。

 それらを闇袋に格納すると、錬金術ギルドを後にした。



 ◆ ◆ ◆


「で、なんでまた同じ部屋なんだ? 金は手に入ったんだろ?」


「まだ全部揃ってないもの。無駄遣いできないじゃない」


 3人は、3つのベッドが並べられている小部屋にいる。


 セイたちは宿のランクを少しだけあげて、馬小屋ではない宿を取る事にしたのだ。


 多く器具を馬小屋に放置するわけにもいかない為、部屋を取る必要はあったが、無駄遣いもできない。

 となると最低ランクの相部屋しかない。

 

「一応、俺も男なんだがな」


「今まで何もしてこなかったから合格」


「合格?」


「私が何の備えもせずに男と一緒に寝てたと思うの? ちゃんと念のためいつでも逃げられる場所にしてたから」


「ああ、だからロビーと直結した馬小屋にしたのか」


「そうよ」


「まあ、明日、明後日も同じくらい取ればいいか」


「なに言ってるの?」


「ん? 違うのか?」


「セイが焼いたケースに入ってた什具、あんなお金がいくらあっても全然買い戻せないわよ」


「今日は結構買ってただろ?」


「あれは間に合わせ錬金ギルドを出禁にされないように低級品を買っただけ」


「はあ、道のりは長いなぁ」


 セイは明日に備えてベッドに入る。


 久々のベッドではあるのだが、馬小屋からもう離れてしまうと思うと、少しもの寂しさもある。


 本当に若かった頃、ダンジョンに慣れるまで、何ヶ月も馬小屋で過ごした事をふと思い出す。

 何日も旧友のエトムートと、夜まで語り合い、何度も喧嘩した。

 あれはあれで良かったように思う。


 ――馬小屋以外で寝ると、老け込んだような気がするな


 そんな事を思いながら眠りにつくのだった。

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