第19話 疑惑

「どっちからでもいいから、さっさと来い。家に帰って一休みしたいんだ」


 セイが手であおる。


「ジョブに恵まれただけのガキが勘違いしやがって。お前らなんざ、ただのにえだって事を教えてやる」


 刀を持った男が不快感をあらわにしがら言い放つ。


「そのガキを後ろから襲ってきたのはお前らだ。しかも、最初に僧侶を狙うとかセコすぎだろ」


 これ以上の言葉は無用とばかりに、男たちの殺気が研ぎ澄まされていく。


 ――これくらいの煽りじゃ、これ以上、熱くはなってくれないか


 刀の男は中段に構え、ロングソードの男は半身はんみで、大きな刀身を左斜めに構える。

 動きには無駄もすきもなく、使い手であることが想像に難くない。


 セイと黒装束の男たちが、相対したままにらみ合う。

 静寂の中、タイラーの押し殺したうめき声だけが時折、聞こえる。


 だが、均衡はすぐに崩れた。


 先に刀の男が動いたのだ。

 鋭い斬撃がセイへと振るわれる。


 ――疾いッ!


 後の先など狙う隙もなく、回避に徹するしか無いほどの鋭い斬撃。


 息を吸う間もなく、二撃目が繰り出される。

 斬撃は胸を掠め、革鎧ごとセイを切った。


 血がじわりとにじむが、傷は浅い。


 ――もっと加護力が余ってるときなら


 冒険者が最も疲弊しているのは出口である。

 黒装束の男たちもそれを十分に理解した上で、張っていたに違いない。


 危機的状況だ。


 だが、セイの胸の内に、またあの感情が渦巻いてきた。

 闘争本能により増幅された憤怒と快楽。


 以前とは違い、ここはダンジョン。

 ダンジョンの中で襲ってくる人間は、魔物として扱っていい。


 セイから思わず笑みが溢れる。


 残りわずかな闘気を振り絞り、限界突破を唱え、反撃に出た。


 床が揺れていると錯覚するほどの踏み込みで、わずか一歩で男と肉薄する。

 そのまま首へとサクスを振りかぶる。


 だが、あと僅かという所で、太刀のしのぎで受け止められた。

 金属同士が火花を上げて、甲高い音を立てる。


「俺の刀に傷を付けたな……」


 男が苛立いらだちながら恨み節を口にする。

 先程までの冷静さを感じない。


 ――ちょうどいい


 冷静さを失った男へと、斬りかかるため、重心を移動した。

 その時、ロングソードの男が、セイに向かって背後から突きを放つ。


 間一髪で、避けたセイの頬から血が垂れる。


「いちいち傷くらい気にするな、迷宮産の刀だろ」


「関係ない! コイツは殺す!」


「まったく、仕方のないやつだ。狂戦士のガキをさっさと始末するぞ。闘気はまだ新人の域を出てない。剣術は未熟だ」


 2人の殺気の密度が、更に濃いものとなった。


 ――わかってる。剣術だと勝てない


 だからと言って魔術や法術は接近戦では使えない。

 詠唱に時間がかかりすぎ、自分から斬られにいくようなものだ。


 ――それなら……


 ロングソードの男の背後からロックウルフが飛びかかる。


「魔物か!?」


 突然の魔物、それも本来1層にいるはずのないロックウルフの登場に、驚きを隠せていない。


 セイはロングソードの男をロックウルフへ任せ、刀の男へ斬りかかった。


 男もさる者。怒りはしていても、的確かつ素早く刀を合わせてくる。

 斬りかかったはずのセイが防御にてっさざるを得ない。

 セイが刀の斬撃を剣で受けながら耐える。


「来い。スライム」


 小声で唱える。

 足元で影が伸び、刀の男の背後へと忍び寄った。

 刀の男は、地を這う影の存在に気がついていない。


 男はセイが受け取とめられる軌道へサクスを構える度、軌道を変えてくる。

 おそらく刃を潰したくないのだろう。

 そのため、限界突破したセイにとっては、軌道を誘導しやすく、防ぐだけなら容易い。


「クソッ! 鬱陶しい!」


 苛立ちが募っていく様子が見て取れる。

 らちが明かず、刀を傷める覚悟を持ったのか、セイを剣ごと切るため、上段へと剣を振りかぶった。


 ――今だ


 男の闘気が膨れ上がり、セイへと渾身の一撃を振り下ろそうとした時、男の顔にスライムが顔へ巻き付く。


「ッぐ!?」


 先程ひっそりスライムを召喚し、背をゆっくりとい上がらせていたのだ。


 刀の男は、何が起こったのか理解できず、辺りを確認するため、セイから目をそむけた。


 その一瞬を見逃さなかった。

 セイは男の胸へ剣を突き立てる。


 刀の男は苦悶くもんと怒りの入り混じった表情を浮かべたが、セイが胸から剣を引き抜くと同時に絶命する。


 確認もそこそこに、ロックウルフと戦う男の背後に回る。


 狼と男はお互いに傷だらけとなっていた。

 だが、いずれも致命傷ではない。


「……残ったのは我1人か。狂戦士がこれほど厄介だとは知らなかった」


 どうやら刀の男との一戦は、見られていないようだ。


 男は、ロングソードを左下へと構えた。

 横斬りで前方にも後方にも、対応できるようにするためだろう。


 最初に動いたのはロックウルフ。

 ロングソードが横一文字に振るわれ、狼の体が切断された。


 セイは今とばかりに踏み込む。

 相手の腕が伸び切ったタイミングに合わせて、斬りかかったのだ。


 ――もらった


「甘い」


 ロングソードを振り切ったはずの腕を、体をひねることで、さらに回転するかのように、斬撃を伸ばしてきたのだ。


 ――まずい


 セイはサクスでロングソードを受け止めるしかない。

 だが、すでに傷みが激しかったサクスはロングソードを受けきることは出来ず、折れてしまう。


 吹き飛ばされた剣先が回転しながら、地面へカラカラと音を立てて転がる。


 ――武器が折れたか


 間一髪でバックステップをしたセイの左腕から胸に掛けて、大きな切り傷ができ、血で服が真っ赤に染まる。


 だが、驚いているのはロングソードの男だった。


「このロックウルフ、召喚獣か! どういうことだッ! 狂戦士ではないのか!? なぜ召喚術が使えるッ!?」


 ロングソードの男は得体のしれない物を感じ取り、追撃をしてこない。

 それどころか、警戒のため、距離をおいたのだ。


「訳がわからんッ! お前、何者だッ!?」


 セイの口元が緩む。


 すぐさま腰につけていた杖を取り出した。


 手をかざし、詠唱を始める。

 その様子を見せ就けられたためか、男がロングソードを再び構える。


「不確定要素がッ! この場で死ね!」


 正気に戻ったロングソードの男が全力でセイへと駆け寄る。

 その剣は斜め上から突き刺すための本気の一撃だ。


 だが、セイは一歩足りとも動かない。

 28年間も後衛をやって来たベテランの男が、を見違えるはずがない。


「炎壁」


 男から突きが放たれる。

 同時に、セイの手から焔が燃え上がった。

 放たれた焔は、巨大な刃と化し、男の心臓へと吸い込まれていった。


 男の突きは、セイの眼前で止まる。


 ガランッと力なくロングソードが地面へと落ちた。

 その男の胸は横一文字に炭化し、黒くなっていた。


「……いっ……た……い、おま……え」


 男の瞳から生気が消えていく。


 そして、セイと男のが同時に地に伏せた。


 全てを見届けたルネリッサが、セイの元へ駆け寄った。


「だ、だいじょぶ!?」



 ◆ ◆ ◆


「目が冷めた?」


「ん……」


 視界の真上にルネリッサの顔がある。

 後頭部から柔かいものの感触が伝わってきた。


 辺りを少し見渡すと、ダンジョン前の広場の端のようだ。


「ああ、大丈夫だ」


「そう、それなら膝から頭どけてくれない?」


 どうやらルネリッサが膝枕をしてくれていたようだ。


「すまない。介抱してくれたのか」


 セイは先程の戦いを思い出す。


「タイラーは?」


「ここに居ます」


 タイラーはセイのすぐ隣に座っていた。


「腕は大丈夫か?」


「かなり痛いですが、明日、治します。僕は僧侶ですから」


 自分の傷が随分楽になっていることに気がついた。

 意識をした途端、切られた左腕と胸元から痛みが広がる。

 だが、耐えられる程度だ。


「俺を治療してくれたのか?」


「もちろんです。僕は腕を折られただけなので、命には関わりないですし」


「そうか……。ありがとう。それと、すまなかった、腕が折らえるまで何もしてやれなくて」


「謝らないでください。セイが居なかったら、僕らはどうなっていたことか。感謝しなくちゃいけないのは僕の方です」


「なら、あいこだな」


 タイラーとセイは2人、傷をかばいながら笑いあった。

 安堵したルネリッサが話しかけてきた。


「いきなり倒れるんだもの。びっくりしたわ」


「ああ、虚脱だな。魔力を使いすぎたんだ。加護力はどれか使い切ると大体意識が飛ぶからな」


 セイは闘気や魔力など複数の加護力を扱える。

 たしかに、それは戦術を広げるが、良いことばかりではない。

 加護力を使い果たした場合、人は意識を保てないのだ。


 だから最初は後衛の術は使えないと思っていた。


 闘気が余った状態で、少ない加護力を使い意識を失い死んでしまっては、死ぬに死ねない。

 幸い狂戦士でありながら、不思議なことに魔力や法力は伸びているが。


「良かった。もしかして剣に毒でも塗られてたのかもしれないって、タイラーと心配してのたのよ」


「心配してくれてたのか、ありがとう」


「セ、セイのためじゃないわよ! それより、さっきの連中の装備を取ってきたけど良かった?」


「よくやった。言ったろ、ダンジョンの中で襲ってくる者は魔物扱いだ。戦利品はちゃんと持って帰らないとな」


 セイの前に刀とロングソード、2つの指輪、3つのネックレスが置かれた。


「これも鑑定したほうがいいかもな」


「それよりもアイツら、何だったの?」


「あの黒装束の男たちとは、一度戦ったことある」


「知り合いなの!?」


「いや、街に来る途中、山賊に混ざってたから、ついでにやっただけだ」


「山賊の仲間が、ダンジョンで人攫ひとさらい?」


「分からない。これは俺の勘だが、おそらくギルドとつながってる」


「え!? ギルドと!?」


「ルネ、声が大きい」


「ごめん。でも、なんで?」


「やつら俺が狂戦士だと知っていたからだ。俺は狂戦士だと知ってるのは、ルネ達を除けば冒険者ギルドの職員だけだ」


「本当にギルドが? でも何の為に?」


「さあ、さっぱり、わからない」


 ギルドが冒険者を攻撃することに意味があると思えない。

 セイはともかく、ギルド付きのルネリッサやタイラーを失うことは、ギルドにとって損害でしかないはずだ。


「やっぱり、冒険者ギルドは関係ないんじゃない?」


「可能性の話だ。ともかく用心するに越したことはない。明日は怪我もあるから休みにしよう。明後日は更にダンジョンへ潜るぞ。レベルをもっと上げとかなくちゃな」



 3人はお互いの目を見てうなずいた。


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