憑依のはなし 👻

上月くるを

憑依のはなし 👻





 他は知らずヨウコの場合、歴史長編小説の執筆=睡眠不足の構図が発生しやすい。

 なぜと言うに、自分で創り出した登場人物が憑依ひょういして来て安眠を許さないから。


 

  ――万治元年七月二十五日、長女・媛姫はるひめ毒殺。



 保科家の年表の一行から想起して空想をひろげ、浜御殿と呼ばれる三万坪の広大な中屋敷の内で勃発した驚愕の出来事を、その場で目撃していたかのように描写する。


 仕事や趣味を通じて久しく文章に親しんで来た者にとってこれにまさる愉悦はないが、愉悦は常に毒と表裏一体で、眠れぬ夜の苦悶たるや胃の内視鏡検査に似ている。




      🌖




 二代将軍秀忠の隠し子の宿命を負う保科正之。

 相思相愛の先妻のあと継室に直った於万之方。


 何者かの悪意の餌食に供された十七歳の媛姫。

 複雑怪奇な人間模様を冷静に観察するくノ一。

 

 そのほか、老厨房人、老侍医、乳母、侍女、近習など、さまざまな立場の老若男女が入り乱れて押し寄せて来て、わが胸の内を聴くべしとて、口々に喚き立てるのだ。


 


      👘




 おかげでここ何日も、熟睡という最高の楽しみから完全に見放されてしまった。

 決まって一、二時間置きに目が覚め、そのたびに自分のあげる悲鳴で喉が渇く。


 完結まで三か月と踏めば、ざっと九十夜も不眠を甘受せねばならない計算になる。

 言うまでもないが職業作家ではないし、無料小説を読んでくださる方も僅少……。


 なのに、なにを好き好んでということになるが、ヨウコの場合は「生きる=書く」なのだし、先方(笑)にすればこちらから頼んだわけじゃなしということになろう。


 なれば、夜間の煩悶が苦しいからとて途中放棄するわけにはいかないし、早逝した姫ぎみのお供は、ちと早いと思われるので(笑)、もう少しがんばってみるつもり。

 




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