レイジフォックス ⑨
シャノンたちは、夜通し歩き続けた。
渇いた湖のど真ん中を突き進み、最短距離でローゼンが言う目標地点へと向かう。
遠くの山陰から朝日が差し込んだ頃、何年も前に放棄されたらしい小さな町へとたどり着いた。古びた看板にはザラの町と記されていた。民家は十数軒しかないが、ほとんどが崩壊しかけている。
コノアとシャノンは、なんとかローゼンについていけていた。しかし、怪我人である捕虜の二人は、顔も真っ青で今にも倒れそうだった。
「少し休もう。それに、捜索隊も動く頃だろうから、下手に動かない方が良い」
ローゼンはそう言いながら、石で作られた看守塔を指さす。
「みんなはあそこで休んでくれ。俺は食料や水が残っていないか、探してみる。……望み薄だとは思うけど」
ローゼンの指示通り、残りの四人で看守塔へと向かう。塔と行っても、そんなに高さはないし、なにより最上階は雨ざらしだ。だが今の状況にとっては、開けたこの環境は好都合だった。
捕虜の二人が、さっそく腰を下ろす。クルルが辺りを見張ってくれるというので、シャノンは二人の状態を確かめていた。
……見るからに拷問の痕は痛そうだが、命にかかわる怪我はなさそうだ。
「……君たちは、優しいんだな」
と、捕虜の片方――四十代の垂れ目の男がぼそりと呟いた。
「え?」
シャノンは目をぱちくりとさせ、
「別に、当たり前のことをしているだけです」
「いや、ぼくたちは敵同士だ。なのに、この作戦に協力してくれている……」
男はこの状況をふっと笑い飛ばし、手を差し伸べてきた。
「俺はアダン」
シャノンは手を握り、
「わかっていると思うけど、あたしはシャノンっていいます。この子は友達のクルル」
紹介されたクルルは一度警戒を解き、片手をあげて挨拶して見せた。
続いて、アダンはもう一人の捕虜へ視線を向ける。シャノンよりは年上だろうが、若い金髪の青年だった。体を震わせ、膝を抱えながら地面に視線を落としている。
「こいつは、スキット。こいつは、今回が初陣だったんだ。あんな目にあったら、もう復帰は無理だろうな……。スキットは、貧しい家庭で育ったから、親を楽させたいがために部隊に入ったんだ。だが、貧しかろうが、生きていることの方が大事だ。今回で、こいつは痛いほどわかったはず。……やっぱり、戦争なんか間違ってるんだよ」
「アダンさんは、どうして部隊に……?」
「俺は部隊なんか入りたくなかったさ。でも、そういう家系なんだ。俺には拒否権なんかなかったさ。最初は、別にどうでもよかった。どうせ、こんな世界じゃそう長く生きられやしない。早く死ぬか、絶望して遅く死ぬかだけだしな。でも――」
アダンは胸ポケットからペンダントを取り出し、中を開いてシャノンへと見せてくれた。綺麗な茶髪の女性と、抱きかかえられるようにして生まれたばかりの子供が映っていた。
「家族ができて、考えは変わったんだ。なんとしても、ぼくは生き残る。子供は、ぼくがここで死んだって、記憶にはないだろうけど……まだまだやりたいことがたくさんあるんだ。妻とは結婚式も挙げられていないし、子供にはかわいい服も買ってあげたい。だから……君たちには感謝してるんだよ。もちろん、ローゼンにもね」
シャノンは少し照れてしまった。が、ずきずきと胸の奥が痛んでいる。
やはり、誰にでも「生きなければいけない理由」がある。あのまま見過ごしていたら、アダンたちは殺されていただろう。人を殺すのは、アドラ帝国だけだと思っていた。けれど違う。サントロス帝国だって同じだ。互いに、命の奪い合いを続けているだけだ――。
やがて、ローゼンが手ぶらで戻ってきた。見ればわかる。収穫がなかったのだろう。
「……なんてね」
と、水のボトルを体の陰から取り出して見せた。どうやら一本だけ見つけたらしい。
腐っているかどうかもわからない。まずローゼンが水の臭いをかいで……それからゴクゴクと飲み始めた。シャノンたちも慌てて駆け寄り、水の争奪戦を始めたのだった……。
ファーストワン〜少女は白銀の機体と共に戦場を舞う〜 ありすぶるー @aliceblue257
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ファーストワン〜少女は白銀の機体と共に戦場を舞う〜の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます