レイジフォックス ⑧


 クルルは、部隊のみんなや兄にも黙って、あたりが暗くなってもシャノンのことを探してくれていたらしい。この場所をピンポイントで引き当てた理由は、「兄と一緒に、門兵に内緒で街を抜け出す際に水路を使ったことがあったから」だそうだ。だが、まさか見つけられるとは思っていなかったらしく、引き続き動揺している。


「……って、こっちのことはどうでもいいんだってば! シャノンは大丈夫? 怪我はない? なにもされてない?」


 純粋な温かい感情を向けられ、シャノンは嬉しそうに口元を緩めながら頷く。


「あたしは大丈夫。心配かけてごめん……」


「いやぁ、無事ならいいんだけどさぁ。あのローゼンって人は何者なの? なんで、アドラ帝国の兵士を逃がしてるわけ?」


 語気が強まったのは、クルル自身もアドラ帝国兵を目の敵にしているからだろう。……いや、真の意味で敵なのだから、当然と言える。


 シャノンは、クルルに全て話すことにした。ローゼンはシャノンに任せてくれているようで、遠くから見守ってくれている。もちろん、捕虜の二人も一緒だ。

 ローゼンが、アドラ帝国兵のことも救いたいと考えていると伝えると、クルルは険しい表情をした。


「最悪のタイミング……ってやつかなぁ」


 と、クルルが呟く。


「タイミング?」


「だってシャノン、あなたも捕虜の二人を逃がしてあげたいんでしょ?」


「それは……」


「軍人なら、ローゼンを突き出してでも、捕虜を逃がしちゃだめ。こっちの情報を渡すことになっちゃうしね」


「そうしたら、この人たちはどうなるの?」


「わからない。捕虜に戻れば命はないかもしれないし、ローゼンだってどうなるか」


 そこまで聞いて、シャノンは首をぶんぶんと横に振った。シャノンの、クセのある金髪がさらりと揺れる。


「それはだめっ」


「じゃあ、どうするの? シャノンも、逃亡に関わったってなったら、一生部隊には入れないよ」


 思考スピードがどんどん落ちていく。シャノンが言葉を詰まらせていると、静観していたローゼンが口火を切った。


「クルル……だったかな? 見られた以上、君のことも逃がすわけにはいかない。だが、手荒な真似もしたくない。シャノンのことが心配なんだろう?」


「当たり前よ。大人しくシャノンを返して」


「そうはいかない。そうとなれば、こいつらも黙ってないぞ」

 

 と捕虜の二人へ視線を向ける。


「お互いにメリットがあるのは、クルル、君をシャノンと同じく人質にして連れて行くことだ。そうすれば無事に帰せるし、なによりシャノンと一緒にいられる。それでどうだ?」


「……大人しく人質になるとでも思ってるの?」


 強い意思の困った瞳で睨みつけるクルル。この場で、軍人として正しい行動をしているのはクルルだけだ。

 シャノンも、そうすべきだと理解していた。理屈ではそうだ。だが、人の命は理屈には換えられない。

 困っている人を助ける。それは、両親からの教えだ。


「クルル、お願い。見逃してあげて。もうサントロス領土を襲わないって約束させるから」


 捕虜の二人と向き直るシャノン。捕虜の一人が頷く。様子を見て、もう一人も同じ行動をした。


「も、もう二度と、こんなことはしない」


 と、先に頷いた捕虜が言った。水路で、悪夢にうなされていた男の方だ。


 ローゼンもまた、宣言する。

「彼らを逃したら、俺のことは軍の上層部に突き出せばいい。……俺は、それぐらいの覚悟はできてる」


 月明かりにシャノンの金髪が照らされる。シャノンが振り返ると、クルルはため息をついた。


「まったく……変な友人を持っちゃいましたなぁ……」


 そう呟き、クルルが歩み出す。褐色肌に似合う無邪気な笑顔を浮かべ、


「でも、シャノンのそう言うところ、好きだぞ。……ってかあなたたち、約束は守りなさいよね!」


「……そっちじゃないぞ」


 ローゼンの冷静な言葉に、クルルが足を止めて抗議する。


「先に言えよっ!」

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ファーストワン〜少女は白銀の機体と共に戦場を舞う〜 ありすぶるー @aliceblue257

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