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祇園さんと天神さんは、共に18歳。
通常であれば、20歳未満なので少年法が適用されるが、殺人という被害者死亡の故意犯である場合、成人と同様に扱われ、緩和措置はなく、原則として検察に送致されることになる。警察が48時間かけて捜査し、逮捕された被疑者を送検させるかどうかを判断し、検察は、送検されてから24時間の間に、継続して拘留するかどうかを決める。拘留されてから、勾留延長なども含めて、20日間で、検察が、殺人罪で起訴するかどうかを決める。
逮捕から48時間が経過した。警察は、検察へ送致することを決め、すでに2人の身柄は、警察から検察へ移された。
問題は、あくまでも殺人を犯したのは、2人のうちの、どちらか1人。ここからの24時間で、どちらに対して勾留請求するかを、検察は判断する必要がある。2人は、決死のカーチェイスを行った前例から、明らかな犯罪の嫌疑があり、証拠隠滅や逃亡のおそれがあるため、逮捕後から変わらず、別々の留置場に入れられている。
2人がお互いに干渉することは、できない。会話はできない。相談することもできない。留置の間、接見できるのは、担当になった国選弁護人のみ。つまり、2人を繋ぐことができるのは、唯一、僕だけ。
「こんにちは、弁護士さん。昨日ぶり。天神は? 元気だった?」
まるで世間話をするかのように、のんびりと祇園さんが話す。検察への送致の説明はしたし、すでに送検はされているが、身柄自体は警察署の留置場にそのままのため、本人たちには、何が変わっているのか、おそらく、よくわかっていないと思われる。
「もちろん。魚介系食べられないんだってね」
「ただの好き嫌いだけどね」
「そうなんだ。あ、あと、ごはんの量が少ないって嘆いてた」
「天神らしいなあ。ああ見えて、料理うまいんですよ、あの子」
まるで我がことのように、誇らしげに話してくる。
「へえ。祇園さんは?」
「得意料理は、冷や奴とコンビニ弁当。電子レンジしか使わないし」
祇園さんは、高校生だが、実家から離れたところに進学してしまったため、親元を離れて、アパートで一人暮らしをしている。家賃などは親が出してくれているとのことだが、最低限の生活費は主にコンビニバイトで稼いでいるらしい。節約のためか、家具や家電、生活に必要と思われるモノも、最小限度しかそろっていない。
「両親と離れて、寂しくない?」
「別に。そもそも、うち、あんまり家族で行動しないので」
「でも、お金は出してくれる?」
「それだけやってくれれば、家族としては充分だと思うんです。別に、無理矢理干渉することが家族なわけじゃないですし」
祇園さんが、高校生にしては、どことなくサバサバしてて大人びて見えるのは、そう言う家族関係が影響しているのかもしれない。
「天神さんはどうなんだろ」
「天神のうちも、似たようなもんらしいですよ。父親は仕事してお金を入れるだけで、一緒にごはんを食べることもないし、母親とは少し仲がいいみたいですけど、それこそ食事中に少し話すだけで、それ以上のは関心がなくて、それだけって感じ」
どことなく寂しそうに話す。
「だから、一緒にいるときは、すっごく明るくなるんです。元気すぎて、こっちが疲れるくらい」
そう話す祇園さんは、この数日で一番の笑顔に見えた。
「祇園さんは、天神さんがらみになると、いろいろ話してくれるんだね。肝心の事件については、完全黙秘なのに」
「そりゃそうでしょ。私は、黙秘権を行使します」
「それ、言いたいだけでしょ」
「ばれましたか」
大きく口を開けて、ケラケラと明るく笑う。こうしていると、本当に普通の高校生だ。
「でも、きみと、きみの友達を護るためには、僕にも何も明かしてくれないのでは困るんだ」
「それは、わかってるんですけど」
「今日は、大事な相談があってきたんだ」
同じく、天神さんにも、接見をした。とにかく検察は時間がない。なんとか、有効な情報を引き出そうとしてくる。それは、弁護士である僕にとっても同じだった。僕は、なんとしても、2人を救いたい。それが無理なら、せめて、どちらか1人でも。たかが国選弁護人であるはずなのに、僕は、いつの間にか、そう思うまでに2人に肩入れしていた。
「あ! 神田さん! またきてくれたんだ」
検察からも厳しく追及されているだろうに、天神さんは、満面の笑顔で接見してくれる。
「昨日のごはんはどうだった? 大盛りになった?」
「ごはんは大盛りだったけど、びしゃびしゃの水っぽいカレーだったよ」
「担当者に、言っておくよ。水の量間違えないでって」
「あと、大盛りは嬉しいけど、できれば特盛りにしてほしい」
「足りなかった?」
「それから、お肉の量も増やしてほしい」
どちらかというと、極端なほどではないがかなり痩せている体型の天神さんだが、見た目に反して、大食漢のようだ。
「あんまり食べ過ぎると、太るよ」
「それ、女子に言っていい言葉じゃありません」
「ごめんなさい」
「いいですけど」
と、ぷくっと顔を物理的に膨らせて見せてから、笑う。
「もしかして、材料費ケチってるんですかね?」
税金で出されてる食事だし、レストランじゃないからね、という言葉が出かかったけど、なんとなく飲み込んだ。多分、彼女が言いたいのはそういうことじゃない。
「天神さんって、好きな料理は何?」
「魚介系は苦手、なんですけど、それ以外は何でも、特にお肉はいっぱい食べたいですねー」
それは確かに聞いた。もう少し核心に触れてみる。
「得意料理とかあるの?」
天神さんが、うーんと唸って答える。
「ダメだ。覚えてないから、わかんないです」
「そりゃそうか」
「そりゃそうです。そもそも、私って、自分で料理する人なんですかね?」
生活全般の記憶が飛んでしまっているので、その疑問も無理はない。
「食べる専門」
「ありえますよね」
「しかも、とてもたくさん食べる専門」
「馬鹿にしてるでしょ?」
僕と天神さんが、目を見合わせて笑う。記憶を失っても、明るく元気にいられるのは、とてもいいことだ、などと安心してる場合じゃない。これは、時間がない中での、貴重な一回の接見なのだ。
「今日は、大事な用事があってね」
「何ですか?」
「司法取引って、知ってるかい?」
『司法取引?』
2人とも、別々の場所・時間にもかかわらず、同じ反応をしていた。
僕は、司法取引について説明した。海外ドラマなんかではよく出てくる言葉で、特にアメリカではポピュラーな制度ではあるが、近年、日本でも、全く同じではないが、導入されている。何かの犯罪で捕まっている場合に、黒幕や共犯者など、自分以外の犯行を明らかにすることで、自分の罪を減刑することができる制度だ。
「ちょっと言葉が難しいかも」
祇園さんの言うことももっともだ。
「つまり、平たく言えば、友達の犯行を証言すれば、自分だけは助かるってこと」
「えっ、何それ。友達を裏切れってこと? 私は覚えてないけど」
天神さんは、司法取引と自分の記憶喪失と、そのどちらにも困っている。
「検察からの提案は、こうだ」
弁護士である僕に、司法取引を持ちかけてきた検事からの提案を、2人に伝えた。
もし、このまま2人ともが黙秘をし続けたら、検察も殺人に関しては状況証拠のみで証拠不十分として、余罪のみを起訴することになる。つまり、死体遺棄、車の窃盗、無免許運転、逃亡とその幇助、事故に至るまでの全ての、しかし殺人以外の罪。しかし、もし、どちらか片方が自白して、もう片方の殺人を証言してくれれば、自白した人は、その他の罪は不問にし、不起訴処分にする。この場合、犯人とされた方は、殺人罪で起訴、死刑もしくは無期懲役で求刑されることになるだろう。ただし、お互いに相手の殺人を証言した場合、それは事実とは反するため、偽証罪が加わり、どちらが本当の犯人だったとしても、2人とも起訴相当と判断され、更に20日間の拘留期間の間、厳しく追及されることになる。
簡単に言えば、
「自分が助かるために、天神を検察に売れって言うの?」
ということではある。
「それが、取引だ。どちらが真犯人かを、確定させるための取引」
検察だって、不明瞭な状態での起訴はできれば避けたいところだ。
「でもさ、それ、おかしいよね。私は記憶がなくなってるんだから、誰だか知らない人のために、自白を止める必要はない。だけど、記憶がなくなってるから、そもそも自白ができない」
天神さんの疑問ももっともだ。ただし、
「司法取引は、あくまでも検察からの提案だ。必ずこうしなければいけないということじゃない。少なくとも、僕は弁護士として、あまり勧めたくはない」
「じゃあ、なんでこんな話を持ちかけたの?」
「勧めたくはないけど、殺人の罪を犯したのがどちらか1人なら、もう片方は、捕まっていてはいけないことになる。たとえどちらか1人であっても、無実……とまではいかないけど、救えるなら救いたいし、やってもいない罪で裁かれるのは認めたくない」
僕としては、最大限の、2人にしてあげられる誠意のつもりだった。しかし、
「何度も言ってるでしょ。私は黙秘」
祇園さんは、態度を変えようとしない。
「うーん、記憶にない人がどうなろうが、知ったこっちゃないんだけど……」
天神さんは、やはり悩んでいる。悩んでいるが、悩むだけで答えは出さない。
「よくよく考えて、結論を出してほしい。検察が勾留請求するまで、あと24時間」
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