月の雫
言葉を伝えるのはとても難しい。
どう伝えれば相手に届くのだろう。
どう伝えれば相手に信じてもらえるのだろう。
その日、僕は彼女と旅行に来ていた。
夕食後、散歩がてらビーチを歩く。
秋の澄んだ空気、月の綺麗な夜だ。
取り止めのない話を繋ぎながら、ふと言葉が途切れる。
僕は、雨がいつか石を穿ちその場に自身の存在を残すために溜めていくように、
自然に言葉を紡いでいた。
知ってると思うけど、僕はキミのことが大好きだ。
大好きの中にはいろんな好きがあって、
僕の話をじっと聞いてくれるキミが好きだ。
友人のために何かをしようとするキミが好きだ。
家族の話を楽しそうにするキミが好きだ。
お酒を呑んだ後におっさんくさい仕草をするキミが好きだ。
推しのお姉さんにラブコールを送り続ける馬鹿馬鹿しいキミが好きだ。
そして、僕じゃない誰かを想っているキミが好きだ。
キミの想いが誰かに届き、その誰かと幸せになるのなら、
それは僕にとっても幸せだ。
それはとても悲しいけれど、ね。
そう、大好きの中にはキミを女性として好きだと思う気持ちもある。
キミの話を聞きながら、嫉妬することがあるから。
全部ひっくるめてキミが大好きだ。
知ってる?
いつからか僕はキミの顔を見られなくなった。
知ってる?
いつからか僕はキミに触れることも触れられることも、怖くなった。
だから、どこまでも友達でいられるような空気感を作ろうとしているんだ。
目が合うだけで、触れ合うだけで、僕は心が溢れてしまいそうになる。
僕のどうしようもない想いがキミの負担になること、それを僕は許せない。
だから僕は今、キミが隣にいて、一緒に歩いているだけで幸せなんだよ。
何が言いたいんだろう…?
ああ、これは愛の告白だ。
そうして僕たちは、再び歩き始めた。
彼女はただ優しく僕の手を握り、ゆっくりと。
僕はその温もりに、気持ちが溢れないようにゆっくりと。
彼女の体温の意味を、図りかねる。
僕たちがどうなるのかは誰もわからない。
この物語は実はエピローグかもしれないし、
ひょっとすればプロローグになっていないのかもしれない。
今はただ、この時間がずっと続けばいいと思う。
短い恋の物語 出会いと別れの繰り返し おじさんは静かに語りたい @Tadano_Ojisan
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