初恋

思い出すことはありますか、初恋を。


僕はつい最近まで思い出すことはなかった。

悪い思い出もない、実らないと言われる初恋は無事に実り、

ただ幸せだった時間だったのに、思い出すことはなかったんだ。


彼女と再会したのはある春の日、

打ち合わせのために晴海に出た時のことだった。


「あれ、ひょっとして…」

時間潰しに入ったカフェ、ベビーカーを押す彼女に出会った。


時は一瞬にして遡る。




彼女は中学のクラスメイト。

美しさではクラスの中では人気を2分する存在で、

ただ性格に難あり、女子ウケはすこぶる悪く交友関係の狭い子だった。


なんかプライド高そうな子だな、

僕の第一印象はありきたりだがそれは他のクラスメイトと同じだった。


そんな彼女と学級委員長を務めることになった。

担任曰く、お前たちはリーダーの資質がある、と言う2人だったのだが、

僕に至っては1番よりナンバー2を好む気質、彼女は友人が少ない、

いい先生ではあったし生徒思いだったけど、どこか抜けていたのだろう。


実際に話をしてみると確かにプライドが高い。

自分で自分の美しさを理解していて、それを鼻にかけるところもある。


絶対嫌なタイプ。


彼女は彼女でやる気のない僕に対しイライラしていたらしい。


絶対嫌なタイプ。



でもそんな2人が付き合うのだから世の中はわからない。


関係性を変えたのは6月にあった林間学校。

彼女はその頃すでに孤立をしており、

協調性を養うために行われる学校行事から完全にはみ出していた。


一人で作業をする彼女。

いつまでも課題の終わらない彼女。

夜も一人で作業をしていた彼女。


なんだかなあ、いくら感じの悪い子ことはいえ、同じ学級委員だ。

僕が声をかけると、彼女は目に涙を浮かべていた。

美少女が泣く、思春期の少年にはなかなかに重たい話だ。


泣きじゃくる彼女、泣き止むのをじっと待つ僕。

一度担任が顔を見せたが、ひとつ頷いて去っていった。

あんた仕事しろよ、とは思ったがまあいい。


少しずつ彼女が話し始めた。


話すことはまるでドラマや漫画のヒロインのような話。

曰く、どうやって人付き合いをしていいかわからない、

だからとりあえず自分を強く見せるために虚勢を張っていた。


ああ、なんて馬鹿馬鹿しい。


中学生が何を考えてんだか、つまんねぇ、どうせ3年間の付き合いなんだ、

素を出して嫌われても3年我慢すりゃいい話だ。


僕はすでに今のように拗らせた性格をしていたから、

広く浅くでしか人付き合いはしておらず、3年間だけの関係だと割り切っていた。

彼女にはそうした思考はなかったのだろう。

今にして思えば、いかにも子どもだ。


作業を手伝いながら、彼女はボソボソと自分のことを省み始めた。

余計なものをとっぱらった彼女。

年相応の考え方をし、

けれど精一杯大人になろうとする中学生特有の甘さをもった、普通の女の子。


それから彼女は変わった。

積極的に輪の中に入るようになり、表情も柔らかくなった。

元々顔立ちはいい、そこに親しみやすさが加わったのだ。

徐々にクラスでも、他のクラスでも彼女の人気は高まっていった。


高まるとともに、僕の中には小さな棘が刺さり始めた。

この思いがなんなのか、その頃の僕にはまだ理解できなかった。


もちろん、今となってはその感情に名前をつけることはできるけれど。


僕が理解したのは夏休みも半分を過ぎた頃。

部活終わりに、同じく部活に来ていた彼女と会った時だ。


明後日ヒマ?

ヒマやけど、何?

花火行かへん?

ああ、そういや琵琶湖の花火やな、ええよ

じゃあ部活終わったら5時に裏門集合

了解


え、今のデートの誘いちゃうの?

デート?

そう、デート

いやいや、そんな大袈裟なもんちゃうやろ


廊下を行く彼女の後ろ姿を見ながら同級生が言う言葉に、僕は戸惑いを覚えた。


花火大会の日。

部活終わりの彼女はいつものポニーテールを少し下げ、

何人かの仲間に冷やかされながら僕と並んで歩き出した。

なんだか気恥ずかしくなって言葉がつなげない僕。

なんだか気恥ずかしくなって言葉がつなげない彼女。

つながれない言葉を気にすることなく、進む電車。


ようやく駅につく、ひと息着く間もなく同じ目的の乗客に押し流される。

そのまま流れるように会場につき、彼女と並んで時間までを待つ。


人多いなぁ

そうやね

暑いな

うん


これぐらいしか言葉を交わせない。


やがて花火が上がり出す。

少し口を開けて空を見上げる彼女。

暑さのせいなのか、それとも花火に照らされてなのか、

少し上気したほおが妙に色を感じさせて、

いやでも彼女を意識せざるを得なかった。


およそ1時間。


盛大な花火も終わり、帰途に着く。

人が一斉に動き出す。

彼女が流されそうになる中、

僕は無意識に、本当に無意識に彼女の手を掴んでいた。


彼女は一瞬目を見張った、けれど少し嬉しそうに僕の手を掴み返した。


ああ、これが恋なんだ。


きっかけがなにかはわからない。

始まりと呼べる始まりがあったのかはわからない。

人は理由をはっきりさせなくても、

誰かを好きになることができるのだと、僕は知った。




久しぶり

娘さん?

そう、可愛いでしょ?

目元がよく似てるな

いやいや旦那の方に似てるって言われるんやけど

旦那知らんからそう言うとかなしょうがないがな

相変わらず、ええ加減やなぁ



友達ではいられないことも 恋人には戻れないことも

わかってるよ ただその真心を 永遠の初恋と呼ばせて



良い思い出も悪い思い出も、

時が経てばそれは初恋のひと言に集約される。


あの頃は帰らない、でもそれは確かにあったのだ。

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