エピローグ

  黒髪がカラスの羽みたいに陽光に輝いた。黒々としたキレイな髪は、歩くリズムで左右に揺れる。その先に広がる華奢な肩がコートに包まれていた。学校指定の白コートは裾に黒いレースがあしらわれている。


 彼女は、寮へと続く並木道を歩いていた。木々はすっかり葉を失い、枯れ木のように残念な有様だ。


「ハイガちゃ~ん!」


 呼ばれて彼女は振り返った。

 俺を見つけて、小さく顔の前で手を振る。柔らかく細められた金色の瞳がキラキラしてキレイだ。


 春南ちゃんは、ハイガちゃんと名乗っていくことに決めた。俺はいつも通り松尾之騎のままだ。生前を振り切りたい彼女と、生前にしがみついてたい俺。正反対だけど、どっちも別に間違いじゃない。


 俺はハイガちゃんに駆け寄った。

 そこに、ギャイギャイうるさい声音が飛んでくる。前方からセイラムとマネイナがケンカしながら歩いてきていた。


「あいつら、まぁたやってんの?」


 俺の呆れた口調に、ふふっとハイガちゃんが笑った。


「之騎! ハイガ!」


 俺達に気づいたセイラムが手を振って、こっちに来るように促す。


(いや、お前がこっちに来いよ)

 が、しかし、決して自分達からは来ない。これぞ、セイラムスタイル。


「は~い。はい」


 セイラム達のところまでハイガちゃんと二人で駆け足で行くと、機嫌が悪いセイラムが、ちょっと聞いてよ! と俺を引っ張る。


「この堅物が、新システムの甘さを指摘しても軍が決めたことだから大丈夫の一点張りで通そうとしてくるんだけど、なんとか言ってやんなさいよ!」

「いや、俺今来たとこ。そんなん言われても蚊帳の外だろ」


 俺を巻き込むな。 


「だから、学校とかに新たに処置されたやつのことよ!」

「ああ。あの、レントゲンみたいなのな」


 時屡不に成りすましたロボットに襲撃されてから、敵が人間そっくりにもなれることが分かった政府は、軍や軍学校に新システムを導入した。その名もTRA。


 新システムって言っても、ハイテクな機械が造られたとか言うわけじゃない。レントゲンとかMRIとかをちょっと合わせていじったようなのが導入されただけだ。


 全身を覆う、薄っぺらい機械の前に立つと、瞬時にスキャンされて体の中身が解るというものだ。レントゲンとかみたいに白黒じゃなく、はっきりと臓器が映し出される。これが機械だったら、機械の骨組みが映し出されるって寸法だ。


 これを一日に二回、学校に登校してからと、消灯時間の前に寮で検査する。軍ではどうなってるのかは知らないけど、似たようなものだろう。これを近い将来国民全員に義務化するとかしないとかで、政治分野がすったもんだしてるらしいが、俺には関係ないことだ。で、もうひとつ。


 今までは任意だった月に一度の記憶の保管が、義務化されたことだ。

 記憶の保管は、ヘルメットから記憶分野の海馬だかなんだかに刺激を送ることで、一ヶ月の出来事を思い起こさせ、それを外部に繋いだ記録メディアに保管していくものだけど、時屡不が参加してなかったことから、あのロボットではそれが不可能、もしくは電気信号により回路に異常が生じるのではないかとみられてるらしい。


「TRAは分かるわよ。でも、記憶の保管の方は安易過ぎると思わない?」

「というと?」

「だって、試したわけじゃないのよ。なのに決めつけてるのよ。あのロボットには記憶の保管が出来ないって」

「自分は軍や政府の言い分は、最もだと思いますけどね。おそらく電気信号が発生されてもミスラチップで脳を動かしているためキャッチできず、記憶メディアへ記録を送れないんだと思います」

「だから、それは憶測でしょ。わたしは決めつけは良くないって言ってるのよ」


 セイラムは案外慎重なとこあるからなぁ。ああ見えて。で、マネイナは正義の人に見えて、忠犬万歳だからな、軍の。


「まあ、まあ。私もマネイナの言うように軍や政府の言い分はあながち間違いではないと思います。でも、セイラムが言うように警戒しておくことは大事だと思います」


 互いが互いに、でしょ!? というドヤ顔を繰り出し、再びにらみ合いを続ける。その横でにこにこ笑いながら、内心呆れ返りつつ胃が痛いであろうハイガちゃん。そして、


「まあ、どうでも良いじゃん」

「どうでも良い!?」


 ダブルで睨まれても気にしない俺。

 すっかり日常だなぁ。女子ライフ。


「飯食いに行こうぜ。今日のスイーツは何かなぁ?」

「ス……ゴホンッ! 今日はチョコレートケーキらしいわよ」

「ゼリーはあるでしょうか?」


 横並びでついてくるセイラムとマネイナを見やって、振り返った。ハイガちゃんがほっとした表情で後を追ってくる。俺の隣に並んで、にこりと笑った。


(可愛い)

 きゅんとした胸を隠すために、俺はセイラムを振り返った。


「ゼリーといえば、セイラム。思い出すなぁ?」

「なに?」


 不審そうに顔を歪めるセイラムに、思い切りにんまりと笑いかけた。


「またぶっかけないでくれよ。真っ赤なゼリー」

「か、かけないわよ!」

「これでも、悪いと思ってるんですもんねぇ。セイラム?」

「うるさいわよ! マネイナのくせに!」


 やいやいと言い合いをしだす二人。俺の隣で困ったように、だけど楽しげに笑うハイガちゃん。


 ここにミハネが迎えに来ても、多分彼女は帰らないだろう。

 おそらく俺も。


 こいつらを置いていけるほど、俺にとってはどうでも良い人間じゃなくなってしまった。俺が地球に帰ったら、俺はもう二度と戻れない。クローンにはなれないんだから。

 俺は完全に死ぬ事になる。もう二度と、こいつらには逢えない。


 俺が死んだら、多分こいつらは哀しむ。あの時の母ちゃんほどではないかも知れないけど……。


 俺は空を見上げた。空気は冷たいけど、降り注ぐ太陽の光が暖かい。うるさい小競り合いを聞きながら、頬が緩んだ。


 ミハネには悪いけど、俺はもう少しここで生きていたい。










               了。



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歩神 独楽国一衛 @MIMICalSMI

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