第41話 手作りシュトレン
街がクリスマスに色づく12月初旬。優は、外出先から、赤と緑に包まれた家路を急いでいた。ふと、帰り際、甘党の恋人が喜びそうな可愛らしいパティスリーが目に留まる。しかし自分は甘いものがそこまで得意ではないため、味の想像ができない。
それに生菓子を買ってしまうと、実際は食べられなくても、「せっかく優ちゃんがかってくれたのだもの!」などと満面の笑みで食べ、体重が増えたと後悔しそうな恋人の姿も浮かぶ。
焼き菓子なら来客用としてもいいだろうかと物色していると、シュトレンの手作りキットが売っていた。
(「いつかシュトレンを手作りしてみたい!」と言っていたっけ)
マジパンやドライフルーツなどが入った、クリスマスカウントダウンを楽しむその甘いパン菓子は、甘党の友里にとっては、一本丸々食べたい夢のお菓子だそうだ。
(でも毎年、お母さんが予約していた気がした)
イベント好きな母が用意している。問い合わせてみると、すぐに「何本あってもいいわよ!」と返事が来た。
年末にかけて丸くなることを恐れているのに、美味しいものに目がない恋人のことを想うたび、寒い北風をものともしないほど、心のなかが暖まる気がした。
優の帰宅後すぐ、シュトレン手作りセットを貰った恋人の友里は、ぎゅうとハグをして喜んだ。優への報酬はそれで充分で、優は外出用のコートにブラシをかけ、お風呂に入って居間に戻ってくると、手作りエプロンを身に着けた友里に出迎えられた。
「さっそく作っちゃお!なんかすごーく時間がかかるものっぽいんだよね」
土曜日の夕方、友里は日曜日にかけて予定を問いかける。明日は一日、友里とゆっくりするつもりだった優は、ニコニコと頷いた。
「初めてだからわからないなあ。基本は、パンを作るものみたい!わたしって優ちゃんに教わったチョコレートケーキしか作れないけど、出来るのかな……」
「初心者同士、動画でもみよっか」
手作りキットには丁寧にパティスリーの作り方URLも書いてあって、その外観の可愛らしさに、友里はふたりで行く約束を取り付ける。
4分ほどの動画を、ふたりで食い入るように見る。
優の母親が、帰宅途中で色々な材料を追加で購入してくれた。高級なバターや皮無アーモンド、様々な香辛料がキラキラと輝く。
「たのしみ!!!」
叫ぶ母親の期待値が高く、初心者の優と友里は顔を見合わせる
「ひくにひけなくなったかんじ?」
「そうかもね」
なんて話をしたが、意を決し、早速キッチンに材料を広げた。
準薄力粉にドイツの伝統的なお菓子に敬意を表して、ドイツ産のドライイーストを丁寧に混ぜ、牛乳を入れる。
パンを作る要領で、丁寧に、伸ばし、丸め、つやつやの生地になった所で、3回りほど大きなボウルに入れて、ラップをする。一次発酵のため、しばし冷暗所にいてもらう。セットについていたドライフルーツと、母の芙美花が購入してきてくれたパパイヤやマンゴー、彩り豊かなドライフルーツを小さく刻み、ブランデーとラムの砂糖水にいれ一煮立ちさせ、あくを取り、冷蔵庫にしまった。
「一晩、おやすみね」
次の日、早朝から続きにとりかかる。
別のボウルで柔らかくなったクリーム状の無塩バターに、塩少々、グラニュー糖、といた卵を丁寧に分離しないように混ぜ合わせ、薄力粉、アーモンド、カルダモンなど10種類ほどの香辛料をさっくりと混ぜる。
最初に作り、一晩ねかせた生地を冷蔵庫からとりだすと、三回りほど大きいボウルピッタリに生地が大きく膨らんでいた。
その生地を香辛料入りバター生地に、しらたま大にちぎって混ぜる。まとまったら、その生地と同等のグラムか、それ以上のブランデーに付け込んだミックスフルーツ、無皮アーモンドをこれでもか!!!という量を入れる。
まとまったら、一次発酵。ベンチタイムを終えた生地を、丸く広げて、丁寧に中央に折りたたみ、三つ折りにする。
折りたたんだ生地を、クッキングシートをひいたオーブン用天板の上で二次発酵させ、180度で30~40分焼く。
焼きあがった生地に、とかしたバターをたっぷりと塗り、グラニュー糖を、バターの上で、とけなくなるまで振りかける。
「え、待って、そんなに??さっき生地に砂糖いれてたよね?」
甘いものがそこまで得意ではない優が、待ったをかけるが、友里が無言で優を見つめたまま、まるで降り積もっていく粉雪のように、焼きたての生地の上にグラニュー糖を振りかける。熱々のバターに沁み込んでいく砂糖が、みるみると溶けて、降り積もっていく様子は、友里が気象の神になったかのようだ。
「え、ええ……」
うすく砂糖でパンが白く染まった、ほとんど水あめの塊のようにべったりとしたそれを、粉糖の上に置き、グルグルと回転させる。
「まって……!ねえ。それはやりすぎなんじゃない!?」
優の叫びはむなしく、見たことのあるシュトレンの形になったので、言葉を失った。
「あの固まってる砂糖……バターと砂糖が沁み込んでるって……コト?」
「なんだか!上手くできた気がする!!!!」
嬉しそうな甘党の友里は、できあがったシュトレンを、ラップにくるんで冷蔵庫に恭しく奉納した。
「甘いわけだね……」などという優の言葉を後目に、二つ作った片方を入れないので、「はい」とラップを手に持って渡した。
「うふふ、これはね」
「まさか」
「わーい!焼きたてを食べよう!!!」
「やっぱり!!!」
優が止める間もなく、出来立てのシュトレンにナイフが入った。厚く切るのではなく、あくまで伝統的な薄いサイズの切りかたなのは、さんざん大きく切って、やはり薄いほうが美味しいねという結論に達した者のそれだ。
「あっまあああい……!!!」
イチゴの柄が入ったティーセットを用意したテーブルで、一応席に座り、嬉しそうに友里が悶えた。
「でもスパイスが効いてて、パンってかんじ!いつもよりちょっとカライ感じもする!え!?なんだろう、ジンジャークッキーみたいなのに、トロトロほろほろとける!!バターの香りもすっごいし、確かにパンなんだけど、クッキーみたい」
優は一切れ貰って、あまりの甘さにくらりと眩暈がした。
「これは……」
「幸せだねえ、優ちゃん」
「ん、んん」
紅茶をひとくち飲んで、甘さを和らげて、はあと吐息をこぼした。
「チャイみたい」
「わかる。でもバターは、固まってた方が好きかも!続きは明日にしようねエ」と言いながら、夕飯のあとに食べようとしている魂胆は、見え見えだった。
優が想像した通り、ダイエットの心配をしたり、嬉しそうに頬を染め、百面相をしている友里を、眺めて、優は微笑んだ。
「友里ちゃんが幸せそうで、なにより」
自分のお土産で、ここまで楽しんでもらえて、優は感慨深い。
「ふふ、これも全部、優ちゃんが、わたしを想ってくれてるおかげだね」
「そうなの?」
「そうだよう、出先で思いだしてくれたからでしょ?わたしの何気ない一言を」
笑顔の友里に、ほほが熱くなる。ブランデーの効いたドライフルーツの効果だけではない気がした。
「外でわたしのこと思いだしてくれるの、愛って感じする」
「愛の塊だから、甘いのかな」
友里の丸い頬を、指先で撫でる。つるりとふわふわしていて、ツンツンとつつくと、くすぐったそうに笑う。
「うひひ、優ちゃんかわいい」
ちっともロマンチックな様子にならず、優は苦笑する。
ふたりで作り上げたスパイスたっぷりの甘い甘いお菓子は、クリスマスまでゆっくりたべる……というわけにはいかなそうで、なるほど「何本あってもいい」というわけだなと、優は思った。
幼馴染は王子ではなく淑女です【番外編】 梶井スパナ @kaziisupana
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