30年後の世界

私の名前はきたむらまもる。念願叶って海将補に昇進することできたーーがあまり嬉しくはない。過酷な仕事が山積みだからだ。

 三十年後の未来、世界の姿は大きく変わった。地図も、人も。世界人口は九十七憶を突破しありとあらゆる資源が不足。中でも深刻なのは水問題で、世界人口の約四分の一が深刻な水不足に陥っている。中東では石油を巡る戦争の代わりに水を巡る戦争が多発した。喉の渇きを我慢しきれなかった子供が海水を飲んで、脱水により死亡する例は後を絶たない。その遺体の処理も火葬の文化がない地域では放置され伝染病の流行が続いた。幸いにも日本の人口は一億を割り、水不足による影響はほとんど受けていない……。とはいえなかった。無責任で学習意欲に乏しい政治家が非計画的に難民と移民を受け入れてしまったがために国内でも騒乱が多発。警察も高齢化が進んでおり、一部地域では機動隊が暴徒に負けてしまった地域まである。そういった地域では戦後初の自衛隊への治安出動が発令され、その銃口は日本人を含めた暴徒に火を吹くことになった。こんな時代に自衛隊の提督になるなんて俺は本当についていない。

 地図の話をしよう。大きく変わった地域は主に二つ。一つ目は北ユーラシア地域。主な原因はロシアの崩壊である。ウクライナ侵攻に失敗したプーチン大統領が失脚したことでロシアの各共和国が独立。さらに国内の様々な勢力がロシアの後継者となるべく分裂した。ウクライナ系の住民でウクライナに組み入ろうとするもの。親プーチン派で復権を目指すもの。イスラム系住民として独立しようとするもの。極東の支配をたくらむもの。まさに混沌と呼べる状況がそこには広がっていた。

 もう一つはアラビア半島から北アフリカのモーリタニアにかけての地域である。国家の位置関係が変わった。いや正確には国と呼べるものがなくなったのだ。世界的な水不足と燃料の不足でアフリカ中の国家がその利権を巡って戦争に突入。ナイル川の水利権と中東の石油を奪い去ることを目的にした戦争でエジプト中東諸国連合軍と南アフリカを除くほとんどのアフリカの正規軍連合との間の戦いは苛烈を極めた。さらにアフリカ大陸で数的に劣勢を強いられたエジプト軍の背後を突く形でイスラエルまで参戦。カイロを占領した。これに呼応するようにアラブ諸国がイスラエルに対して宣戦布告。聖地エルサレムに七度目の血の雨が降り注いだ。アメリカは介入を渋ったが、石油利権の優位性を保つため介入戦争を開始した。この戦争の影響でアフリカと中東の国家の半分が消えた。国連は中東停戦監視団及び国を追われた人たちを保護するため国連の直接統治下に仮設国家を建設。仮設国家はそれぞれアメリカ統治下のアメリカ臨時保護領エジプト、中国臨時保護領コンゴ、フランス臨時保護領ケニア、ドイツ臨時保護領マリ。アフリカの地図は十九世紀に退行してしまった。

 日本の国際的地位も大きく変容した。まずウクライナ戦争での戦後処理に大きな役割を果たした。原子力災害への対応である。過去に巨大な原子力災害を経験した国が二つある。一つ目はチェルノブイリ原発事故を経験したロシア。二つ目は福島第一原発を経験した日本。日本は崩壊したロシアの代わりにウクライナに多数の原子力関連技術者、対応に当たった経験のある消防官、自衛官、行政職員などを派遣して、現地の原発が正常に機能するよう取り組んだ。また崩壊したロシアにおいて大量に残った兵器がテロ組織や反社会的、暴力革命を目指す勢力に渡ることを防ぐために編成された多国籍軍にも参加をした。自衛隊はサハリンなどの極東地域、ウラジオストクにおいては中国軍、韓国軍と共に平和維持活動を行った。

 先ほど述べた中東にも部隊を派遣した。以前までと違うのはその派遣が戦闘行う前提で派遣されたことである。国会は中東での戦争を「存立危機事態」に認定。我が国の存立を全うし、国民を守るのに他に適当な手段がなく、事態の対処に武力の行使が必要であるとして自衛隊に戦後初の防衛出動が下令された。その際、最新型の護衛艦や空母を含まない比較的旧式の護衛艦4隻を集め、臨時の「特別任務部隊」を編制し派遣した。同部隊は海自の先遣基地のあるジブチに寄港、同港を拠点とし、中東方面、及びエジプト、アラブ方面へ侵攻を試みるアフリカ諸国連合軍の掃討を開始した。実際に行われた戦闘の規模は小規模ではあったが、自衛隊が経験する初めての戦闘であり、その意味は大いに認められた。地上戦も散発的に行われ、寄港中の護衛艦の警備に当たっていた自衛官4名が戦死。言い方は悪いがこの4名の犠牲により自衛官の戦死後の処遇について本格的に法整備が成され、安心して隊員が戦えるようになった。他にも戦後設置された停戦監視団には自衛隊の将官(諸外国軍で少将相当)の配置が認められるなどして、世界の平和維持に極めて重要な役割を果たす国へと変貌を遂げた。

 大国の関係は落ち着きを見せた。ウクライナ戦争以前の世界の核兵器の保有数はそれぞれロシアが約5800発、アメリカが約5200発、中国が約400発であり、ロシアなき今、アメリカは中国に対して核戦力において12倍の戦力を保有することになったのだ。あまりにもそれはひどいだろうということでアメリカと中国の代表団が何度も会合を重ねた結果、アメリカは現在保有する核兵器を1000発に削減、中国側は管理を要するロシアの核兵器の一部を引き継いで800発の核兵器の保有が認められた。賛否両論あるがこのときの中国の極めて理性的で建設的な態度は国際社会で多くの支持を集め、アメリカ政府でさえ評価した。そしてロシアの敗残兵崩れのテロ行為に対応するための合同協力機構も設置された。しかし一応、人を見れば詐欺師と思えというのが国際社会の常識である。そのためアメリカ、日本、韓国の代表団が旧ロシア核兵器の流れを、中国の代表団がアメリカの核軍縮を厳格に監視した。これらの世界的な動きを調整する目的で露残存核兵器処分委員会が発足。一応ここにも軍事顧問として自衛隊の将官を派遣している。

もう一度言おう、こんな厄介以外の言葉しか見当たらない世界でそれなりの先進国の軍隊の将官になるなんて……俺は本当についてない。

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