平時の中の有事 横須賀編

神奈川県 横須賀市 横須賀地方総監部 総監室

「死体が綺麗すぎるな……」

私の名前は俵藤健一、横須賀地方総監を拝命している。

防大出身で幹部候補生学校の北村校長とは同期と言う名の腐れ縁だ。

今はイスラエルから送られてきた、資料に目を通していたところだ。資料の後半に実際に殺害された数名のポーランド兵の遺体の写真が添付されていた。遺体は顔の判別ができ、いずれも顔の中心に弾丸が入り、脳幹を貫通しているものだった。亡くなった兵士自身に苦痛がなかったのは不幸中の幸いだがやはり気味が悪い。私自身、テロリストとの戦闘経験があり、その際に殺害されたアメリカ兵の遺体を見たことがある。テロリストの多くは正規軍の訓練を経験していないものが大半なので照準を合わせて一発ずつ撃つことはまずない。ありったけの弾を叩きこむ戦い方をする。その上旧式のソ連製の銃、口径がやったらでかい銃を使用するので、被弾し死亡した兵士のほとんどが原形を留めていないパターンが多い。逆にアメリカの特殊部隊が殺害したテロリストの死体は綺麗で顔もおおよその年齢もわかる。今回送られてきた遺体は断然後者だ。

「今回の敵さんは一筋縄じゃいかんな。」

そういいながら横須賀警備隊に連絡を取る。

「総監の俵藤だ、隊長はいるか?」

「は!お待ちくださいませ!!」

警備隊の隊員がかなり慌てて反応する。当然か一介の海曹じゃまず海将と話すことはないだろう。

「お電話代わりました。隊長の福井一佐です。」

「忙しいときにすまんな。一つ特命を引き受けてくれ。」

「はい。なんでしょう。」

「詳しいことは言えんが、警備隊で選りすぐりの隊員を1個小隊ほど集めてほしい。射撃検定、格闘検定、体力検定、水泳検定を即座に実施してほしい。」

「了解いたしました。」

「階級は問わん。実力のある隊員を選ぶように。」

次に横須賀教育隊にも同じような連絡をいれ、次に各地方総監へ連絡を入れる。

私の考えとしては海自単体で陸自に頼らずに戦闘を行う必要性に迫られる可能性を考慮し、海自単体で戦うことのできる臨時の陸戦部隊を編制する準備をしておきたいのだ。ついでに北村にも連絡を入れておこう。

「総監、ニュースを見てください。」

総監室のテレビをつけると総理が今回の事案に関して臨時の記者会見を実施していた。

昨日、日本時間7月20日、地中海からインド洋に抜けるスエズ運河の南端付近で、国連軍の艦船二隻が攻撃されるという事件が発生をしました。本件の詳しい詳細については現在調査中ですが、本件の解決が成されなければ我が国の経済的損失、はたまた国民の生活や命に重大な影響を及ぼすのは明白であり、ここに存立危機事態を認定します。またこの危機的状況に対処するため、内閣総理大臣の私の名において、本事案を引き起こした国もしくは国に準ずる組織、敵対勢力の排除のために自衛隊に存立危機事態にかかる防衛出動を本日7月23日午後1時に発令します。派遣部隊は陸海空の統合任務部隊で、主として海上自衛隊の艦艇を複数派遣する見通しです。

ついにルビコン川を渡った。すぐに全部隊に防衛出動下令の旨が発表され、参加する部隊、隊員の名前、派遣される艦船、航空機が順次発表された。部隊の概要は以下の通り。

海上自衛隊部隊

DD116 「てるづき」 DD120 「しらぬい」 FFM5 「やはぎ」 

FFM8 「ゆうべつ」 ※旗艦「てるづき」

P-1対潜哨戒機 2機 

SH-60K 哨戒ヘリ 3機


陸上自衛隊部隊

中央即応連隊 第二普通科中隊

仙台第38普通科連隊 第一普通科中隊

別府第41普通科連隊 第一普通科中隊

ジブチ後方支援中隊(新編)


航空自衛隊部隊

C-2輸送機 1機

C-130H輸送機 2機

KC-767空中給油機 1機

F-2戦闘機 2機

F15戦闘機 2機

整備支援小隊  2個


攻撃を行った勢力が断定されていない以上、我々は部隊を秘匿しなければならない。そのため横須賀港で、盛大な「出陣式」を催すことになった。偽の出陣部隊を横須賀港に集積させ国内外の注目を一点に集中させる。その間に部隊を佐世保、呉、舞鶴の各港から出港、二手に分かれる、一方は東シナ海からフィリピンの北側を抜けてシンガポールを超えて、もう一方はフィリピン海を真っ直ぐに南進してインドネシアの東側からバンダ海を経由してそれぞれインド洋に入りアラビア海で合流する。なお欺瞞に使用される部隊は日本全土の周回警備にあたる。航空部隊はタイ、インドを経由してイエメンの空軍基地に進出する。そこで横須賀地方隊に下令された指令は……なるほどな。


翌日

横須賀港に私は向かった。

「総監、どうぞ。」

私は双眼鏡を受け取り、湾内を一望した。護衛艦に乗り組んでるときにさんざん覗いた双眼鏡だがやはり性能がいい。

「連隊長、貴官がもし敵ならどこからどのように攻撃するかね。」

今回の現地視察には警備計画を練るために横須賀市武山に駐屯する第31普通科連隊の陸上自衛官も同行していた。

「はい、神奈川側には自衛隊施設が複数あり、身を隠せる場所がありません。もし狙うとすれば千葉県側から迫撃砲やロケット弾を用いて一撃離脱以外ないかと。」

「可能性としては薄いな。やはりあり得るとすれば……」

「東京湾から浦賀水道に抜けるタンカーなどの大型船に重機関銃等をすえて攻撃する。」

「それしかないな。」

「当日は海保に要請して横須賀港の三キロ圏内に船を寄せ付けないようにするのが早いですね。」

「いや、海保はあくまで海の警察だ。ここは海自のミサイル艇を展開しておこう。」

「総監、一つ考えねばならにことが。」

「なにかね。」

「9.11アタックはありえないでしょうか。」

9.11アタック……アメリカ同時多発テロの際に使用された攻撃手段だ。旅客機をハイジャックしてそのまま突っ込ませる。単純な手で迎撃も容易ではあるが、その国の世論を動かすことができてしまう。仮に羽田から飛び立った旅客機が攻撃に使用された場合。を自ら撃墜することになる。日本人を自衛隊が殺すことになる。国民の自衛隊に対するイメージが悪くなり、今後の対テロ活動を行う上での厄介な障害になり得る。

「十分にあり得る。うむ……。明日の飛行を取りやめてもらうわけにもいくまい。」

「警察に協力を仰ぎますか。」

「武装した警察官を明日、離着陸するすべての航空機に便乗させるのは現実的ではない。もしそのような手段で攻撃を受けるなら腹を決めて撃墜しろ。責任はすべて私が取る。第二高射群にに照準を合わせるように言っておけ。」

「了解しました……。」

次に横須賀警備隊を視察する。基地の奥の護衛艦や潜水艦が停泊しているエリアまで進み当日欺瞞に使用される艦隊を確認した。

「警備隊司令。」

「お待ちしておりました。」

「警備に当たっている人員の簡単な概要を教えてください。」

「はい、横須賀警備隊は直接式典自体を警備するA班、基地の正門を警備するB班、護衛艦に直接乗り組み周囲や船底に不審な動きがないか警戒するC班、港湾の小型ボートで展開するD班。総監部、横須賀病院、本部庁舎の屋上に張り込み狙撃を担当するE班の5班に分かれ事に備える予定です。」

「何か問題はありませんか。」

警備隊隊舎へ歩きながら司令と共に当日の流れを確認した。警備隊は前日の夜に展開し、全艦艇が出向し浦賀水道に入った時間から約4時間後に状況を終了する手筈である。仮に攻撃があった場合は敵対勢力を確認するため、可能な限り攻撃側の人間を捕縛するよう厳命した。

「横須賀が戦場になるかもな。」

一人の幹部がそう囁いた。

横須賀だけで済めばいいがな……。舞鶴も呉も佐世保も、三沢も厚木も那覇も、狙われる可能性は十二分にある。日本中が戦場になりかねない。そうなったときのための我々だ。きっと……そのときくらいはうまくやってみせる。

「ときに警備隊長、警務隊長、もできているかね。」

「はい、抜かりなく。」

「横須賀地方隊は我の全力をもってこの任務を完遂するぞ。わかったな。」

「御意。」

地方隊はをして出陣式に備えた。


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30年後の海で 鉄のクジラ @steel_whale_88

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