川部涼子

 娘の同級生が家に来るその日曜日、涼子は以前働いていたモデル事務所と仕事再開の打ち合わせがあり、家を離れていた。帰宅してすぐに前の日に焼いていたクッキーと産地直送ジュースを持って亜美の部屋を訪れる。そこには七、八人の中学生がテーブルを囲んでいた。


 いつもの仲良しグループのメンバーとは違う個性豊かな中学生達。何となく安心する。娘の仲良しグループはいい子達ばかりだけど、実年齢より大人っぽく見せようと流行を気にし過ぎの少女達に思えた。それに比べると今日のメンバーはもっと素朴に見える。


 部屋の入口にいるのは、手編みのカーディガンを着ている女の子。懐かしいような優しいマルベリー色だった。手編みのニットには思い入れがあった。


 涼子は十四才の頃、クラスで、たぶん学校中で浮いていた。同じ年齢の子よりはるかに高い身長、黙っているとにらんでいるようにさえ見えるクールな少年のような容姿のせいで。そして同級生や教師に簡単に同調しない頑固な性格のせいで。スカウトされたモデルの事務所にも居場所を見つけられなかった。

 そんな時、舞い込んできた編み物の本のモデルの仕事。初心者向けに子どもでも編める簡単な編み方を紹介する本だった。何人かの同年代のモデルの子達と一緒に会社の人の運転する車で数時間かかる撮影場所へ。山や野での撮影は、まるで小旅行のようだった。

 深い緑や紅葉のような赤いセーターを着て撮影し、初めてと言っていい程、スタッフやモデル仲間達と仲良くなれた。出来上がった本のぺージをめくると、今までにはなかった自分の笑顔があった。

 一ページごとに作品のイメージを綴るキャッチコピーのような文章が付いている。


 本の中には、今、目の前にいる子と同じようなマルベリー色のセーターを着て紅葉の樹木にもたれかかっている自分の写真があった。写真の横に綴られた文は、「秋の風を感じたら空の色に合うセーターを。風の強い日にはやっぱりアラン編みという気がして……」だった。その日から何かが変わった。


ページの下にはこんな言葉も添えられていた。


 ――秋の風を感じた日。それは自転車に飛び乗り、風に向かって初めて素顔で空を仰いだ日。本当の自分の季節の始まり――


 

〈Fin〉

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秋の風を感じた日 秋色 @autumn-hue

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