北村敦則
休みの日に学校の事で時間を裂かれるのは正直、かったるい。それでも日頃学校では見られないクラスメート達の素の姿を見るのは新鮮で面白かったりもする。だから友達の家をこうして訪れるのは、小学校の頃から実は敦則にとってワクワクする出来事だった。でも普段からクールな秀才で通している敦則のそんな好奇心にみんなは気が付いていないだろう。
小学校時代には、学校では全く勉強のできないクラスメートが家で幼い弟や妹の面倒をよくみている姿に驚いた。逆に優等生で上から目線のクラスメートが親と一緒だと甘えた感じになるのに苦笑いしたり。クラスでは暗めで目立たない男子が、私服では大人っぽくカッコよく決まっている事もある。
みんなで集まる事にしているクラスメートの家に敦則が着くと、門の前に同じ班の秋山更紗の姿が見えた。女子の中ではちょっと変わった子だ。肩までの黒髪はクレオパトラみたいに前髪から直角に伸びて、ふさふさとしている。女子というのは不思議なもので、大人っぽい子とそうでない子の差が激しいと敦則は最近気が付いた。今その家の前にいる川部亜美は、モデル並みに顔が小さく背も高いし、大人っぽい。それに比べると更紗は、あんぱんみたいな小学生顔で、話し方も幼く、それも何だか不思議な喋り方だ。でもノートを見ると大きくてキレイな字が整然と並んでいるから、成績はきっとそんなに悪くはないのだろう。今日の
「秋山、もう来てたのか」
「あ、北村君だ。亜美ちゃんの家には初めて来るからちょっと早目に家を出たの」
その真面目さが何か可笑しかった。
「秋山らしいね」
「は?」
「いや、何でも」
「天気が良くて、空がきれい」
「ん。まあ……」
残りのクラスメートもやって来て、敦則は代表で呼び鈴を鳴らした。亜美が出てきて、きれいに手入れされた庭を通り、二階に案内される。亜美の部屋は子ども部屋とは思えない、まるでリビングルームみたいな部屋だった。天窓まである。
話し合いは休日っぽくノンビリと進んでいった。合同で話し合いをさせてほしいと言った割には隣の班は前もって内容を絞っていたみたいで、この地域のSDGsの取り組みについて調べる事に早々と決まった。敦則達の班は二転三転して、最終的にこの地域の主要産業の一つであるウォーキングシューズについての自由研究にしようと決まった。
クラスメートの家に来ているという緊張感も
大切にしていたキャラクターものの消しゴムを失くし、更紗は肩を落としていた。川部亜美が見かねて言った。
「窓の下、花壇なの。消しゴム、探せばきっと見つかるからだいじょうぶだよ」
「ホント? 探して来ていい?」
「うん、でも山田が悪いんだから、山田に探させたら?」
「いいよ。私もボンヤリしていたから」
更紗は急に元気になって、急いで部屋を出ると階段を降りて行った。
しばらくして敦則が窓から庭を見下ろすと、花壇の辺りで葡萄色のカーディガンを着た姿がチラチラと視界に入ってきた。
同じ班の美有希が亜美と隣の班の女子達に向かって言った。
「ねぇ、秋山さんって何か変わった服、着てると思わない?」
すると、隣の班のサツキも待っていたかのように言う。
「私も思った。小学校の頃たまに一緒に遊んでたけど、その頃から私服、ビミョウだった」
「でも秋山さんの服って、何か秋山さんのイメージよね」
普段あまり女子達の話に参加しない男子も「それ、秋山と着てる服のどっちをけなしてんだよ」と話題に参加した。
「ああいう服、どこで買ってるんだろ」
そんな不穏な話題に話が咲き、敦則は正直、面倒くさいという気持ちと自分の事のようにグサリと何かが突き刺さるような心地を味わった。せっかくの日曜日の午前を学校の事に費やしているだけでも
しかも敦則は更紗の葡萄みたいな色のカーディガンが可愛くて、内心なかなかイケてると思っていた。でもそれを口にするとセンスがないやつと笑われるのがオチなので、怖くて言えなかった。更紗の着ている服を気に入っているセンスなのか、着ている本人を肯定するセンスなのか微妙。でも本心では素直にぶっちゃけたかった。「いいと思う」と。そうすればいつも無表情と言われている自分の何かがきっと変わるのだろう。
いきなり更紗が花壇で見つけた消しゴムをお守りのように大切そうに手に持ち、戻ってきた。話していたクラスメート達は会話をぷつんと止め、気まずい空気が流れた。更紗は何かよく分からないまま、途方に暮れた迷子のような表情をしていた。
その時、亜美の母親でこの家の主婦、川部涼子がクッキーとジュースを大きなトレイに載せ、現れた。元モデルの涼子はすらっと背が高く、娘と同じようにポニーテールにしていた。化粧っ気のない細い素顔はそれでもひじょうに美しく、部屋に入った途端、部屋にぱっと大輪の花が開いたように感じられた。
「用事があって家を離れていたの。みんなを迎えられなくてごめんね。あら……」
川部涼子は、立ちすくんでいた更紗のカーディガンに目を留めた。
「素敵なマルベリー色のカーディガンね。今日みたいな秋空によく映える。風のある日はやっぱりアラン編みよね」
涼子が更紗の肩にそっと手を置くと、瞬間、魔法がかかったような気がした。更紗のカーディガンは流行の最先端のファッションに生まれ変わった。
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