からすのかって

クニシマ

◆◇◆

 昨日の夜、大きらいな焼き鯖をトイレに流したのがばれて、お風呂のあとで怒られた。だって骨があって、喉に刺さって痛くて怖いから、だからこっそりズボンのポケットに入れてトイレに行ったのに、おかあさんは食べものをむだにするなんてって泣いた。それから帰ってきたおとうさんに言ったせいで、おとうさんはぼくを叩いた。

 だから家になんか絶対帰らないってきみに言ったら、きみは口のまわりのうぶ毛にこびりついたよだれを袖でこすりながらうなずいた。空はきれいにりんごの色をして、公園まで歩いていくぼくたちも同じ色だった。きみの髪の毛にはいつもみたいに小さい白いごみがいっぱい乗っていたから、ぼくは爪の先でひとつずつ取ってあげた。きみはちゃんとお礼を言って、前歯が足りない口を大きく開けたぶすの笑顔をした。道の向こうでからすが三回はねて飛んでいったのが見えた。

 公園には前にきみが見つけたやもりの形の石があって、それをぼくときみで飼っていた。草をちぎって食べさせたり、ひもをつけて散歩したり、ぼくたちが学校にいるあいだはいちばん大きい木の下で寝かせていた。だから今日もやもりと遊ぼうとしたのに、同じ組のみんながすべり台のところにいて、きみを見つけたら大きい声でぶす、ぶすって言った。みんなは、うんていのところにも、シーソーのところにもいた。やもりを持っていって別のところで遊ぼうと思ってきみに言ったら、きみは大きい木の下にやもりを取りにいったけど、ひろしくんがそこに走っていって、きみからやもりを取りあげて笑った。それからひろしくんはやもりを地面に投げて、蹴ってみんなのところに飛ばした。みんなもやもりを蹴って、そうやって遊びはじめた。

 ぼくはきみの手をつかんで公園から出た。遠くで太陽が家の屋根に半分埋まっていて、反対のほうの空はもう夜だった。からすの声がした。きみが泣いている気がして、顔を見られなかった。しばらく歩いていたら、きみは急に止まって道のはじっこに座った。ぼくも歩くのをやめてそのとなりにしゃがんだ。足がちょっと疲れていた。ズボンから鯖のあぶらのにおいがして、気持ちが悪くなったけどがまんした。きみは服にくっついたおとといの給食のごはんつぶを食べようとしたから、ぼくはそれをはがして口に入れてあげた。

 図書室に行こう、って、ぼくは言った。図書室に行って、図鑑の棚のところにある花火の本を見て、火薬のつくりかたを調べて、それでいっしょに爆弾をつくろう。火をつけたらしばらくしてから爆発するようなのにしよう。できあがったらみんながいる公園の砂場にこっそり埋めて、みんなに気づかれないように火をつけて、それから耳をふさいで、急いで遠くまでいっしょうけんめいに走る。ひとつめの角を曲がったときに、後ろからものすごい音がしてきみは転ぶ。きみとぶつかったぼくも転んで、ひざとすねからいっぱいの血が出て、でも痛くない。ブランコのかけらが当たったまわりの家の窓はぜんぶ砂みたいに割れる。あつい風がぼくたちの顔を殴っていくから汗をかく。鯖よりもっとくさいにおいが鼻の中に入ってくる。みんなはばらばらになってどこかに飛んでいく。さきちゃんは八百屋さんの向かいの家の庭の中に、こうじくんは原っぱの横の工場の屋根の上に。公園はまっくろになって、何もなくなる。やもりもなくなるけど、でもみんなもいなくなる。それからぼくたちは同じ爆弾を学校の校門の裏に置いて、また火をつけて走る。今度は転ばないように気をつけて、近くの家のかげで隠れて地面にしゃがむ。きみの顔を流れた汗が、あごの下で光る。うるさい音がつっこんだ指ごとぼくたちの耳の穴に刺さったら、先生もとなりの組のみんなも飛んでいって、電信柱にひっかかったり、トラックの荷物に乗っかったりして、それで学校もなくなる。となりのとなりの組のみなみちゃんも、五年生のかなちゃんもいなくなって、きみしかいないから、きみがいちばんかわいくなる。そうしたらぼくはきみを抱っこして、キスをして、いちばんかわいいお嫁さんにしてあげる。それからまたいっしょにやもりの石を探そう。

 そうやって話したら、きみはぶすの顔で笑った。楽しそうだからよかったと思った。それで、すぐ図書室に行こうって言って、急いでふたりで学校に戻った。途中でまたとおった公園には、もうみんなはいなかった。

 学校についたら、校門が閉まっていた。のぼって入ろうとしたけど、職員室だけまだ明るくて、それを見たきみは、先生に怒られるかもしれないからいやがった。ぼくが、じゃあ図書室は明日に行こう、って言うと、きみはぐしゃぐしゃに頭をかきながら五回もうなずいた。絶対だよって約束したら、きみはうれしそうに手をふって、元気に走って家に帰っていった。空は暗くて小さい星が見えた。おなかがすいたから、ぼくも帰ることにした。夕ごはんが魚じゃなかったらいいと思った。

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