第4話 四に風邪をひく



「ふん、小娘が。捜査権も無いくせに。何もできないまま、依頼人が逮捕されていく姿を見て泣きわめいてもしらないからな」


 気圧されている姿勢のまま、藤堂刑事は口だけで反論した。

「そ。捜査権はあくまでも警察にある。私は警察に推理だけで依頼人を守る。それが『真実直通ジッツチョック』のルール。それがわかってんなら話が早いわ」


 檻塚さんはタブレットを取り出して、タッチする。

 横から拝見させてもらった。そこに表示されているのは、この事件の捜査状況だった。


「この事件の真実にたどり着くまでに仮定のルールは一つ。板手さんは犯人では無い。板手さん以外の犯人を私が推理で見つけ出す」


「その仮定が間違っているんだよ」

「かもね」


「えっ!」

「『真実直通』に所属している探偵は、探偵ではあるけれど依頼人ファーストでの仕事はしないんだから。私たちは真実ファーストで探偵業務をする。でなきゃ第三者機関の意味、無いじゃない?」


 人差し指を藤堂刑事に突きつけ、彼女の推理の口が開く。


「まず一つ目、オフィスの合い鍵の持ち主の特定。これは、さっきトイレのゴミ箱で見つかったようだけれど、調べても指紋は拭き取られているだろうし、持ち主の特定は難しいだろうね」


「どうしてそんなことが分かる?」


 彼女はギロリとした目で藤堂刑事をにらむ。

「あのね、死亡推定時刻が深夜ってことは、被害者は深夜にオフィスを解錠したってこと。遺体が密室に入っていたのなら、犯行時刻は深夜。施錠した人が犯人ってこと。ってことは合い鍵の持ち主、または合い鍵を捨てた人が犯人ってことじゃない。合い鍵は犯人が一番隠したい情報なはず。そんなところに指紋なんてアイデンティティ残しておくはずがないでしょーよ」


「む、むむ」


「被害者の早瀬さんは金のインゴットを盗むために、トイレに忍び込んでいた。こんな怪しい格好して泥棒じゃない方が不自然でしょ。それならば、犯人もまた、どこかで息を潜めていたはず。じゃなきゃ警備員さんが見つけているはずだからね。おそらく暗闇に潜んでいた……」


「板出がな」


「仮定のルールを見直して、出直してきなさい。板手さんは犯人でない。死亡推定時刻が深夜、その後朝まで施錠されていたのなら、被害者以外の誰か、つまり犯人がその深夜の時間帯に、警備員に見つからずオフィスの近くに居なければならない。それができるのは、誰か? その人が犯人になり得る条件を満たす……」


 檻塚さんのきりりと大きい瞳が事件関係者をぐるりと見回す。


「とすると、この中でそれが可能なのは、蔦山さん、だけね」


 蔦山くんが「えっ……」と小さくこぼした。

横にいた柵井くんが反論する。

「ど、どうして蔦山が犯人になるんですか! 刑事さんは板手が犯人だって言ってたじゃないかっ」

 僕の時にもそうやって反論してくれたらよかったのに。と僕は少し思った。

 犯人と名指しされ、蔦山くんは血の気が引いた顔をした。


「仮定のルールが無くても、板手さんは犯人候補から外れるの。それは合い鍵がトイレの中で見つかったということ。これは、今朝になって合い鍵の持ち主が出社するまでに既に騒ぎになってしまっていて、合い鍵をオフィス内にに捨てられないことが分かり、慌ててトイレで捨てた犯人がいるってこと。関係者の中で唯一オフィスの中に入ることが出来た板手さんだけは除外できる。すると犯人は柵井さんか蔦山さんに絞られる」


「え?」と柵井くんは蔦山くんを見た。

 蔦山くんは下を見てうつむいていた。


「この二人の中で、深夜にオフィスの近くにいることができたのは、蔦山さんの方が可能性が高いって思っただけ」

「一体どういうことだ? 蔦山が早瀬の仲間だったってことか?」


 檻塚さんの推理を聞くために、会議室で皆立ち尽くしていたが、一人檻塚さんが椅子に腰を下ろした。


「論より証拠。ひとまずそこで黙ってみていて」

「おい、どういうことだ」

「黙れって言ってんだよ。1ミリも動いちゃダメだぞ(はあと)」


「え」




◆◆◆


 約20分後。

 僕、柵井くん、蔦山くん、警備員さん、警察の方々五人ほど。そのまま微動だにせずに立ち尽くしていた。すると、会議室の照明がフッと消えた。


「な、わ、なんだ! 停電か!」

 藤堂刑事が動いたようだ。モーションセンサーが作動して照明が再び点灯した。

「これと同じ事が、事件当日も起きたってわけ」

「は? どういうことだ? 停電が起きたってことか?」


「お前は脳みそまで凍ってんのか。そのまま黙ってみてなさい」

 檻塚さんはニコリと藤堂刑事に釘を刺した。藤堂刑事は再び硬直する。


「事件当日、オフィスに最後まで残っていたのは柵井さんだったって言ってたね」

「あ、あぁ。オフィスで寝ちまって、起きたらオフィスが真っ暗だったから、もうみんな帰っちまってたって思ったんだよ」

「ところが、そうじゃなかったら?」

「え?」


「オフィスが暗かったからって、誰もいないとは限らない。現にオフィス内の照明が消えていてもその場には寝ていた柵井さんが居た。なら、それ以外にもう一人オフィスに居たっておかしくないでしょう? 微動だにせずにゲームをしていた蔦山さんが」


「な、なんだってーっ!!」


「蔦山さんはイヤホンをしてまったく動かずにゲームをしていた。指先が動いたくらいじゃ、モーションセンサーは作動しなかったようね。トイレで踏ん張っていても、呼吸くらいはするし、少しは動くのにセンサーは反応しないのと一緒よ。柵井さんは警備員さんを呼んで施錠してもらったけれど、そのときゲームに熱中していた蔦山さんごとオフィスを施錠してしまったってこと」


 蔦山くんは黙って檻塚さんの推理を聞いていた。

 別に、檻塚さんの「黙っていろ」という命令を聞いている訳じゃないだろうが。


「施錠された後も、蔦山さんはゲームに熱中していた。当然オフィス内は再び暗闇になるけれど、蔦山さんは気にしなかった。その後、オフィス内に侵入者がやってきたの。合い鍵を使って、金のインゴットを盗みに来た早瀬さんね」


「早瀬の単独犯だったってことか!」


「仲間割れするんなら、金のインゴットを盗み出してからの方がいいでしょ。一人より二人のほうがたくさん運べるんだから。金庫の前で仲間割れする必要ないんだし。真っ暗で誰もいないはずのオフィスに蔦山さんがいて、早瀬さんは驚いたでしょうね。だから早瀬は蔦山さんに襲いかかった」


「どうして早瀬が蔦山に襲いかかっただなんてわかるんだ? たまたま忘れ物しちゃって、って言い訳すればいいだろう?」


「あなた早瀬の格好忘れたの? 黒の覆面、黒づくめのザ・不審者って格好でどう言い訳ができるっていうのよ」


「た、確かに」

 早瀬さんはどうして誰にも言い逃れできない格好で忍び込んだのだろうか。誰も居ない前提ならば黒の覆面なんてかぶらなくても良いのに。

 ちょっと抜けてるところあったもんな、早瀬さん。


「ゲーム中に急に襲われた蔦山さんは、とっさにその場にあったもので早瀬さんを殴って殺してしまった。蔦山さんは凶器を持ち帰り、合い鍵で施錠。翌朝出社して、合い鍵を現場に戻そうと思ったら、先に板手さんが出社してきちゃったってことね」


「蔦山、違うって言えよ。犯人じゃないって。証拠だって、何もないんだろ? だったら……」


 柵井くんが反論をした。しかし、蔦山くんは何も言わない。なんとか絞り出すように言葉を発した。

「証拠があるって言うのか……?」


「それはもちろん、凶器よ。持ち帰ったんでしょ?」

「…………」

「凶器なんてどこかに捨てて、探したって見つからないだろうよ」

 と藤堂刑事が言った。いや、警察がそんなことを言わないでほしい。


「捨てたくても捨てられないのよ。だってそれ、一つ八百万円もするから」


「は? そんな高価な凶器なんて……!? まさか……」


「そ。凶器は金のインゴット。だから蔦山さんは金の延べ棒を現場から持ち去るしか無かった。蔦山さんは、金の延べ棒を捨てられずに、証拠を今も家に隠し持っているってこと。さっさと蔦山さんの家を捜索しなさい!!」




◆◆◆


 その後。

 蔦山さんの自宅から、金のインゴットが一つ、発見された。

 微妙に角の部分が潰れて変形していたのは、凶器として使われた際の衝撃で変形したからだった。


 檻塚さんの推理通りだった。蔦山さんの供述によると、深夜0時頃、ゲームに熱中しすぎてオフィスに閉じ込められたことに気付いた彼は、諦めて翌朝までゲームをすることにした。

 その後、何故かオフィスが解錠され、誰か来たのかと思ったら黒づくめの男がやってきた。蔦山さんを見つけると黒づくめの男もパニックを起こし、襲いかかってきた。気付いたら殴ってしまっていて、男は息をしていなかった。怖くなった蔦山さんは、早瀬さんが殴られた時に落とした合い鍵を使って施錠。翌朝合い鍵をオフィス内に戻そうと少し早く出社した、とのようだ。

 彼なりに早く出社してはみたが、それでも僕や柵井さんよりも遅かった。普段から遅く出社していたせいで、1番に出社する人の時間がわからなかったのだろう。


「蔦山さんは何も悪くなかった。正当防衛が認められるといいね」

「濡れ衣を着せられたっていうのに、優しいわね、板手さん。あなただって何も悪くなかったのよ。あの使えない刑事が悪いわ」


 僕の方はと言うと、成樹貴金属は会社都合でクビになってしまった。正社員の道が見えていただけにショックだった。しかし、冤罪で強盗殺人の犯人になることは回避できたから本当に助かった。


真実直通ジッツチョック』のおかげ。

 檻塚 美骨さんのおかげだ。


「本当に助かりました。ありがとうございます、檻塚さん」

「いいのよ、それが仕事だし」


『真実直通』の依頼費は、通常は依頼人が支払うが、冤罪を作り出した場合は警察が支払うことになっている。

 彼女にとって僕は依頼人だが、太客は藤堂刑事なのかもしれない。


「クビになっちゃったんだってね。こういうとき、お悔やみ申し上げます、って言うんだっけ?」

 それは人を弔う時に言う言葉だ。僕はまだ死んでいない。

 おそらく、「お祈り申し上げます」と言いたかったのだろう。


「また次の会社を探すよ。今度は犯人にされないようなところを」

「大丈夫でしょ。またガチャを回してもらえれば」

 


「いい探偵が当たるとは限らないからなぁ」

「『真実直通』を甘く見ないで。必ず真実を明らかにさせる。それが誰であっても。警察よりも確実に。法律よりも完璧に、ね」


 頼もしい限りだ。

 僕のこれからの未来も少しだけ明るく見えた。


 神様は僕の人生を見守っていてくれているだろうか。

 何回犯人呼ばわりされたって、僕は前を向く。


 僕には精鋭の探偵達がついている。

 動かないと未来は暗いままだから、僕も動き出そうかなと思った。

 神様のセンサーがうまく働いてくれるかはわからないけれど。


 不確かな、だけれども明るい未来に向かって。




「は、は、はっくしょん!」

 連続でくしゃみが出た。それも4回。


 神様、今のくしゃみは見なかったことにしておいてください。

 格好よく締めることも出来ずに、帰り道、僕はコンビニの無料の求人情報雑誌とにらめっこすることにした。


 



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お暗闇申し上げます ぎざ @gizazig

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