第3話 三に惚れられ
黒の覆面を外すとそこには見慣れた顔があった。
不審者は早瀬さんだった?
早瀬さんなら僕の無実を証明してくれると、一縷の望みをかけていたのに、まさか死んでいるとは! 死んでしまうとはなさけない!!
いや、情けないのは僕の方だ。
鍵のかかったオフィスから金の延べ棒を盗み、代わりに不審者(早瀬)さんの遺体を置いていった。一体全体どうやってやったんだ。分からないことばかり。
犯人では無いので自供もしようがない。
警始庁捜査一課、
彼が来てしまったか。刑事ガチャは最悪な結果となった。
「容疑者学部冤罪学科特待生」と揶揄されるほど今までありとあらゆる容疑を掛けられたこの僕が今まで最も遭遇している、僕を誤認逮捕している刑事だからだ。
「ほう、板出くん、また会ったな」
「はぁ」嫌な再会だ。
「ようやく尻尾を出したな。今度こそお前を逮捕できる。しかも、強盗殺人とは!! 大罪だ!」
「また会ったね??」
「今度こそ??」
「刑事さんと知り合いなの? 板出さん」
柵井さんと蔦山くんは僕の方を見て驚く。
「……まぁ、ほぼ毎日顔を合わせている、ご近所さんみたいなものかな」
そんな幸せなエピソードではないけれど。
「僕は無実です。今『
「ふん。ほざいてろ犯罪者。俺が直々に真実を叩きつけ、貴様を断罪してやる」
僕を裁くのは裁判官で、法律であるのであなたは何もできませんよ。といらぬ油を注いでも仕方が無いので、僕は黙って静観することにした。
藤堂警部補は、鑑識や関係者の話を聞いて、一つの結論を導き出した。
僕にとってとても面白くない結論を。
「この不審者を殺害、金のインゴットを盗み出した悪逆非道の犯人。それは貴様だ、板出。貴様が犯人だ! 早速逮捕するぞ」
「ま、待ってください! 僕がどうやって不審者……早瀬さんを殺したって言うんですか? 現場は密室だったんですよ?」
そう。現場は密室だった。
密室だったのに、不審者は入り込むは、金のインゴットは無くなるわ、やりたい放題だ。
「我々の捜査では、鍵穴付近にこじ開けられた跡の無いことから、オフィスの鍵で施錠、解錠ともに行われていることがわかった。オフィスの鍵を持っていた人間が強盗殺人の犯人だということだ!」
「いやいやいや、僕がカギを持っていたのは警備員から朝、カギを借りたからですよ! 昨夜柵井さんが警備員にカギを返却しているんだから、僕には犯行は不可能でしょう?」
「そうだな。だから今朝、警備員にカギを借りたお前が犯人なんだ。第1発見者が最も怪しい」
探偵さんが来る前に逮捕されるのはまずい。自分だけでもなんとか時間稼ぎしなければ。
「なら早瀬さんがいつ亡くなったのか分かったんですか? 朝亡くなったのなら僕が怪しいかもですが、もし夜中に亡くなっていたのなら、朝に僕が来た時点で亡くなっていることになりますよ!」
「ふっ。死後5〜6時間ってところだ。被害者は深夜の1時に亡くなっている」
「なら僕じゃないでしょう?」僕に容疑をかけるのは筋違いというものだ。
◎不審者はどうやって鍵のかかったオフィスに入ったのか
それが分からなければ犯人は特定できない。
藤堂刑事が言うには、それは僕ということらしい。
しかし、そんな証拠は無い。
「強盗がそのくらいの時間にオフィスに入ったのなら、お前も一緒に入ったんだろう」
「どうやって?」
「オフィスのカギは以前紛失していた時があったらしいじゃないか。その時に合い鍵でも作っていたんじゃないか?」
「誰が?」
「お前が」
「紛失していたカギは早瀬さんが見つけたんだ。……そうだ。僕よりも早瀬さんが怪しいですよ! きっと早瀬さんが金の延べ棒を盗むために合い鍵を作ったんだ!」
一本しかないカギが警備室に保管されていた以上、合い鍵の存在を念頭に入れないと話が進まない。
それは僕も、刑事さんも同じようだ。
合い鍵があると仮定して推理を進めよう。と藤堂刑事。
「犯人は早瀬と一緒に夜中にオフィス内に侵入。その後仲間割れして、早瀬を殺害。金のインゴットを盗んで合い鍵を使って施錠した。これが真実だ」
「ま、待ってください! それなら、どうして僕は朝一で出社したんですか? 第一発見者になることが僕に都合が良いことにはなりませんよ!」
「施錠した合い鍵を再びオフィスの中に戻すことで、金の延べ棒盗難事件の罪を、仲間であり被害者の早瀬に押しつけることを狙ったんだろう。ただ、運悪く同僚の柵井と蔦山が一緒に居たためそれができなくなってしまったんだ」
……意外につじつまが合っている!
「ならその合い鍵は今どこにあるんですか? もちろん持ち物検査をしてもらって構いません!」
オフィスの中からは発見されていない。その合い鍵が見つかるまでは時間稼ぎできるはずだ。
「ふん、トイレのゴミ箱にでも捨てたんだろう。このビルをくまなく探せばあるはず。時間の問題だな」
そこで後ろでその様子を見ていた警備員さんが手をあげた。
「あの~、一つよろしいでしょうか」
「なんだ、何か言い忘れたことでもあるのか」
「私どもがビル全体を見回って施錠して回っておりますので、たとえオフィスのドアを開ける合い鍵を持っていたとしても、早瀬さんがこのビル内に留まっていられたとは考えられません。あんな黒づくめの不審者がビルの中にいれば、私どもは必ずオフィスに着く前に捕まえます。このビル内に灯りのついた部屋は全て一部屋一部屋確認しています。たとえトイレの中だったとしても」
「ほう、では灯りのついていないトイレの中は一部屋一部屋くまなく確認していたのかね」
重箱の隅をつつくように藤堂刑事は反論をした。
「いえ、灯りの消えているトイレは確認しておりません。人がいないはずですので」
「そうだ。それが盲点だったのだよ。早瀬さんはトイレにでも隠れて、警備員さんが来るのを待っていたんでしょう」
「そ、そんなはずは……!」
「トイレの照明はこのオフィスと同じ、センサーライトです。人が居ればモーションセンサーが働いて灯りが点く。逆もまたしかり。モーションセンサーが働かなければ、灯りは数分後、自動的に消えます。スイッチをわざわざ消さなくても便利ですよね。そしてもちろん、皆さんも一度は経験があるのではないでしょうか? 人が居たとしても灯りが消えるときがあることを」
「!?」
藤堂刑事はにやりとほくそ笑む。
「トイレで静かに踏ん張っていた時、モーションセンサーが反応せずに時間が経過し、灯りが消えてしまったことはありませんか? その通り、踏ん張った状態のまま早瀬さんは息を潜めたんです。早瀬さんは黒マスク黒づくめの格好のまま、トイレで踏ん張って暗闇で身を潜めた。警備員さんが通り過ぎるのを待っていたんです!」
「なんだってそんなことを!」
別に踏ん張ってなくったっていいのではないか?
「それはもちろん、金の延べ棒を盗むためですよ。1本約八百万円だというじゃありませんか。そのためなら、たとえ不審者のそしりを受けてでも、トイレで踏ん張って耐えるでしょう。あ、もちろん隣の個室では同じように共犯の板出が踏ん張っていたはずです」
僕への風評被害も抜かりないな。
「早瀬さんたちはこうやってこの金の延べ棒を盗むために、覆面をかぶり、夜中にオフィスに忍び込んだんだ。どうだ、これなら何も矛盾は無いでしょう?」
違う!
何もかも違う!
僕は深夜、暗闇のトイレで不審者の格好で踏ん張ってなどいない!!
しかし、何も言い返すことが出来ない。
いつもの藤堂刑事ではないようだ。証拠は無いが、状況証拠は僕が犯人であると物語っていた。
「証拠は現状ありませんが、それも時間の問題でしょう。警始庁の捜査が貴様の犯行を裏付ける。おっと、電話だ。なになに? トイレのゴミ箱から合い鍵が見つかった?」
藤堂刑事がにやりと笑う。勝利を確信した笑みだった。
違う。僕じゃ無い。
金のインゴットなんて盗んでいない。
冤罪体質を押しのけて、ようやくたどり着いたこの職場で、問題なんて起こすはずが無いじゃないか。
強盗で、殺人だなんて、そんな真似をするはずがない。
柵井さんと蔦山さんは僕を冷たい眼で見ていた。
違う、僕じゃない。僕じゃないんだ。
誰か、僕の味方でいてくれる人はいないのか。
誰でも良い。この際探偵じゃなくてもいい、名探偵じゃなくてもいい。誰か僕を、
「助けてくれ!!」
ガチャっ。
「ちわーす、『
ガチャっと、僕が軟禁されている会議室に入ってきた。フワッといい香りがした。
ストロベリーブロンドの艶やかな髪、活発そうなつり目。口角は自信ゆえに上がっている。
ボートネックの白のバルキーニット。デニムパンツからは太ももや膝小僧が見えてしまっている。どこかで破けてしまったのではなく、あくまでファッションなのだろう。無骨な殺人事件の現場に不釣り合いな華やかさだ。
四面楚歌。どこにも僕の味方がいないこの状況を、どうにか打破してくれる探偵を。その想いが届いたようだ。
僕は『真実直通』のサイトで探偵の情報を確認する。
『真実直通』所属。
檻塚 美骨。探偵ランクB。女子大生。『
「おい」
「あぁ?」
藤堂刑事を見つけると彼女はオフィスのデスクに手をたたきつけた。
「確固とした証拠もねーのに、依頼人を犯人呼ばわりとは良い度胸だなぁ?」
女子大生に強面の刑事が気圧されている。
「な……」
「『
「と、トードちゃん? だと?」
彼女は僕の方に向き直って、勝ち気な表情でこう言った。
「板出さんって、前に聞いたことはあったの。『真実直通』のヘビーユーザーだって。高い頻度で何度も使う人って普通はいないから、ただの噂話だと思ってたけど、本当に実在したんだね〜」
僕の冤罪体質は都市伝説のように『真実直通』の中で広まっているらしかった。
「ま、大船に乗ったつもりで任せて! 必ず助けてやるから、待ってろよ~」
うりうり、と彼女は僕のほっぺたをつつく。距離感が近い。僕は思わずたじろいだ。
コワモテの藤堂刑事に物怖じしない胆力を持ち、依頼人である僕の不安を和らげてくれるコミュ力もある。これは、もしかしたら当たりなのかもしれない。
いや、しかし本当に彼女がこの僕の災難を、四重苦を無事に解決してくれる探偵なのかはまだ分からない。ただの可愛い女子大生探偵ってだけな可能性もある。
いずれにしろ、僕の危険な立ち位置はまだ何も変わっていない。
あぁ……。
女神様と呼ぶには男らしすぎる檻塚さんを見て、僕は胸の高鳴りが止まらなかった。このドキドキは、恋なのか。
それとも、最有力容疑者として逮捕一歩手前になっている事に対しての恐怖なのか。
僕には判別がつかなかった。
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