第2話 二に憎まれ
茫然としている間に、僕は会議室へ隔離された。
い、いやいやいや!
一人部屋に残された僕はアクリル板で仕切られたパーテーション越しに、現場を見守るしかない。
現場は密室。
第一発見者は僕自身。
既に最重要容疑者となっている僕。警察を呼ばれたら、このまま何もできずに重要参考人として逮捕されてしまう。
我ながらうんざりするが、こうなってしまっては仕方がない。
慣れた手つきでスマホを操る。
『
ティックトック、ではない。
ジッツチョック。
イントネーションは同じだけれど。ショート動画投稿サイトではない。
警察以外に調査員を派遣し、冤罪を防ぐ目的の第三者機関、『
僕はそれを『探偵ガチャ』と呼ぶ。探偵が来てくれれば運がいい。その辺の暇な大学生が来ると、一巻の終わりだ。まぁ、公正な第三者が来てくれるというだけでも、少しはマシなのだが……。
僕は介入できない現場の話を、アクリル板に耳を当て、聞き耳を立てることにした。
「おかしいな。昨日帰る時よりも、
柵井さんが驚いて声を上げた。
警備員さんがやって来た。
「今、警察に連絡しました。あまり触れないほうがいいでしょう。それよりも、本当ですか? 柵井さん」
「えぇ。ほら。この収支表を見てください。在庫は20。しかし、今金庫に入っているのは、19です。一本足りません」
僕をこの会議室に隔離させるときに、僕の身体を警備員さんが簡単に調べてくれた。もちろん、
目撃者でもある柵井さんと、蔦山さんも身体検査されていた。
やはり、何も見つからなかった。ここで見つかっていれば、僕が会議室に隔離されることも無かったが。
「確か、昨日は柵井さんが1番最後に帰りましたよね? それに、いつもよりも遅かったような……」
「えぇ、警備員さんにカギを返したのも俺です。実はデスクで寝てしまって。気付いたらオフィスが真っ暗でした。起きたらセンサーライトが反応して電気がつきました。誰も俺を起こさずに帰ってしまっていたんです。23時頃でした。終電が危なかったので、金庫を確認して、警備員さんに報告して、ダッシュで帰ったんです」
「そうですね。柵井さんが帰られてから、私がオフィスのカギを閉めに行きました。その時オフィスの電気は消えていました。付けっぱなしのパソコンの画面がちらほら光っているくらいで、それはいつも通りでしたから。その時誰か人が残っていれば、柵井さんが動いたときに点いた照明が、点きっぱなしになっていたはずですからね」
この時、オフィスに誰もいなかった。警備員さんがカギを閉めている。
普通なら、このカギが朝まで開くことは無い。
覆面を被った強盗が、入り込む隙も無かっただろう。
「ほんとによ。いつもは蔦山が一番最後まで残っているじゃないか。家族がうるさいからって、仕事終わりによくゲームしてるじゃん。どうして帰る時についでに起こしてくれなかったんだよ」
「イヤホンして集中してゲームしたかったのに、柵井さんのいびきがうるさくてたまらなかったから、仕方なく帰ったんです。それに、一応起こしましたよ。帰る時に肩をゆすりました。でも、起きなかったんですよ」
僕が朝開けるまで、カギは閉まっていた。
柵井さんが金庫を確認し、警備員さんが鍵を閉めてから、ずっとこのオフィスは密室だったはず。
しかし、この不審者はオフィスに入り込み、密室の中で殺されていた。
僕が朝出社して、殺したとすれば、何もおかしくはない?
だから僕は殺してないんだって!
ほら、金の延べ棒は?
社員皆持ち物検査して、見つかってないんだったら。この僕なんて、たった今遺体を発見したんだから、どこにも隠す暇なんて無いはずだろう?
「あの!!」
「どうしたんですか? 板出さん」
「あの強盗の持ち物を検査してみてくださいよ。あの人が
「というと?」
「柵井さんが帰って、警備員さんがオフィスを閉めて密室。その密室に何らかの手段で強盗が入り込んだ。
「たしかに、それも一理あるね。警備員さん、頼めますか?」
「あまり触らないほうがいいと思いますが、わかりました。一緒に確認してみましょう」
重い沈黙。遺体はバッグのようなものを持っていなかった。着の身着のまま。黒いジャンパーに黒いズボン。夜闇に紛れるような出で立ち。だからこそ、こんな早朝の明るいオフィスの中ではとても目立っていた。
上着とズボンのポケットまですべて確認し、警備員さんは口を開いた。
「何も、出てこないですね。身分証明の類も持っていません」
「密室の中にこの強盗が入り込んで、
アクリル板で隔てられたパーテーション越しに、柵井が立った。
「俺は俺が嘘をついていないことを知っている。つまり、お前が犯人なんだ、板出。見損なったぜ」
「
「おおかた仲間割れだろう。この強盗のせいにして、罪を逃れようとした。いつも一番に出社する早瀬さんに罪を着せようとしたんだろうが、たまたま早瀬さんがいつもより出社するのが遅かったから、失敗したんだ」
あの不審者とグルだったって?
仲間割れだろうって? あの人が誰なのかだって僕は知らないよ。
ちくしょう。強盗は不審者のせいにできても、その不審者が殺されていては、僕は誰のせいにすることも出来ない。金の延べ棒もどこにもないと来た。
そうだ。早瀬さんは?
彼が何か知っているのではないか?
早瀬さんはいつも1番早く来て、1番早く退社する。
その早瀬さんは、まだここに来ていないのだ。もう出社時間はとうに過ぎている。これはおかしい。まさか、逃げたのは、真犯人は早瀬さんなのではないか?
「違う。僕じゃない。僕だって嘘なんかついちゃいない! 早瀬さんに連絡を取ってください。まだ出社していないなんて、怪しいじゃないですか!」
僕の叫びは複数の足音で邪魔された。
警察の到着。
「警始庁捜査一課現着。警部補の
刑事と目が合った。
藤堂凍土警部補。切れ長の目、ワックスで固めた刀のように鋭い髪。この僕を犯罪者に向けるような目で見ていた。
もう逃げられない。この刑事さんを含めた全員から真実を勝ち取らないといけない。僕一人で。そんなの無茶だ。
早く、早く来てくれ。
この僕を、早く助け出してほしい。
「被害者はこちらですか。失礼して」
藤堂刑事が手袋をした手で、被害者の覆面を外す。
「ええええ!?」
一同驚愕した。
「どうかしましたか?」
「は、早瀬さん、です。同僚の」
僕の中の最重要容疑者であった、早瀬さんが、覆面を被った不審者の正体だった。密室の中で死んでいたのなら、出社していないことも頷ける。既に彼はオフィス内にいたのだ。物言わぬ遺体となって。
が、そうなると困る。とても困るのだ。
犯人は、一体誰なんだ?
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