お暗闇申し上げます

ぎざ

第1話 一に褒められ

登場人物

 板出 相次(いたで・あいつぐ)・・・・語り部


 柵井 友痺(さくい・ともしび)・・・・同僚

 蔦山 凪音(つたやま・なおと)・・・・同僚

 早瀬 陽太(はやせ・ようた)・・・・同僚


 警備員さん・・・・警備員



 ???? ・・・・探偵


――――――――――――――――――――




「おはようございまーす。……あれ?」


 警備員さんに挨拶をして、オフィスのカギを受け取った。いつも僕よりも早く出社している早瀬さんが、今日はまだ来ていないようだった。


「今日は板出さんが一番乗りですね」


「そうみたいですね」


 警備員さんに手渡されたオフィスのカギを見つめた。


「気を悪くしないでもらいたいんだけど、カギ、なくさないでくださいね」


「あぁ、はい。もちろん」


 僕が働いているのは成樹なるき貴金属株式会社。貴金属を扱っているため、セキュリティも万全だ。……と思っていたが、最近カギが紛失したため、このビル一帯を警備している警備員さんが退社時にカギを預かるシステムに変更したらしかった。

「早瀬さんが見つけてくれたからよかったけどね」


 それまでは朝一に来た社員が、ロッカーから取り出すだけだったというのだから驚きだ。

 金庫の中には金の延べ棒インゴットが何十本も入っている時があるというのだから。

 金庫の中を、一日の始まりと終わり、最初に出社した人と、最後に退社した人が確認する決まりとなっている。


 いつも早瀬さんがその業務を行なっているからか、中途半端な時間に出社する僕がその業務をすることは今日までなかった。ついに。僕が。金の延べ棒インゴットを数えることになるとは。金庫の中を確認することはそう何度もあることではないから、少し緊張してしまう。何せ金の延べ棒インゴット一本だけでも数百万円するというのだから。


 当たり前だけれど、別に盗むわけではないのだから、そんなに固くならなくても。

 しかし、自然と力が入ってしまう。


「じゃ、今日も頑張っていきましょう!」


 顔をこわばらせていると、警備員さんに喝を入れてもらえた。

「はは、ありがとうございます」


 警備室を後にして、オフィスのドアの前にやって来た。

 カギは当然閉まっていた。かちゃりと開ける。


 一歩中に入ると照明がぱぁっと点いた。

 これから一日の始まりだ。

 まずは金庫の中をチェックしないと。


「え?」

 人間、予測していなかったことが起きると、固まってしまう。

 思考も、身体も。


 僕の眼前には、予想だにしていなかったことが起きていた。


 一方、オフィスに同僚の声が近づいていた。背中の方から聞き覚えのある声が聞こえる。


「お、今日は早いじゃん、板出。金庫番、初めてじゃね?」

「おはようございますー」


「あ、蔦山。こんな時間に来るなんて珍しいな。昨日は俺が最後だったからぁ。いつの間に帰ったんだよ。いつも、お前が最後じゃんか」

「仕事が終わって、デスクでゲームしてたら、誰かのいびきが聞こえたんでうるさくて帰ったんですよ」


「いつもは地震が起きてもびくともせずに黙々とゲームしてるくせによ、起こしてくれても良かったじゃねーか。おかげで終電ギリギリで、全力ダッシュしたよ。まだ足痛ぇわ」


 その声は同僚の柵井さんと、蔦山くんだろう。

 柵井さんはいつも早瀬さんの次くらいに来るから、今日はいつもより十分くらい遅い。

 もう一人の蔦山くんは、いつも帰るのが遅いから、出社も遅い。けれども今日はいつもより三十分くらい早いくらいか。


 何にしろ、この状況を目撃されるのは、僕にとってはあまりよろしくない。とても、よろしくない。


 僕の目の前には、覆面をかぶった不審者が、頭から血を流して倒れていた。開け放たれた金庫の中には、金の延べ棒がきらりと光っていた。


「あ」

柵井さんと蔦山くんと目が合った。

「え」

「いや、これは……」


「ちょ、警察!!」

「え? まさか、板出さん……?」


「ちが、ぼ、僕じゃない!!」


 二人は僕一人を置いてオフィスを飛び出して行ってしまった。

 僕は目の前が真っ暗になった。


 強盗? 殺人?

 僕は何も盗んじゃいないし、人を殺してもいない!!

 だって、この部屋は、カギがかかっていた!! 密室だったんだから!!


 早起きは三文の徳なんて嘘だった。

 [密室]・[強盗]・[殺人]。三重苦に苦しめられる、最悪の朝だった。



つづく

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