永久side③

 永久side ③





 教室を後にした私は、誰も居ない廊下を走っていました。

 目的地は、霧都が向かった『放送室』です。


 そして、その道中では霧都が全校生徒に向けて放送を始めていました。


 その内容は、凛音さんとの行為があったことは認める。

 だけど、それは本意では無かった。という事。


「……大方私の考えた通りのことが起きていた。話してくれれば……笑って許してあげる事が出来たのに……」


 それに、霧都の放送は『逆効果』と言えます。


 彼の真意がなんであれ、凛音さんと関係を持ったのは事実です。

 私は『仕方がなかった』と許してあげますが、きっと大衆は騒ぎ立てるでしょう。


 これから霧都を待つのは『地獄のような時間』だと言えます。

 そんな彼の隣でしっかりと支えていくことが私に求められています。


「ここで霧都と距離を置いたり、大衆と共に彼を非難することは、それこそ凛音さんの術中です!!」


 そして、もう少しで放送室。と言うところで私は見知った人影を目にしました。


 あれは……詩織先輩です。

 それと一緒に居るのは山野先生と三郷先輩です。


 一体何があったのでしょうか……?

 三郷先輩は何となく分かります。

 きっと放送室の私的利用についての反省文とかでしょうから。


 詩織先輩は……何故?


 そう思っていると、山野先生が苦笑いを浮かべながら私に声をかけてきました。


「はぁ……北島にしては珍しく校則を破っているな」

「はい。廊下を走らない。という校則を破っています」


「まぁ、その程度の行為に目くじらを立てるつもりは無い。見逃してやるから放送室へと急ぐんだな」

「ありがとうございます。山野先生。それと、三郷先輩が一緒に居るのは想像に難しくありませんが、何故詩織先輩も一緒に居るのですか?」


 私がそう問いかけると、詩織先輩はふわりと微笑みを浮かべながら言葉を返しました。


「ふふふ。それは私と三郷さんが反省文を書かなければならないからですよ」

「は、反省文……三郷先輩は想像に難しくありませんが、何故詩織先輩まで?」

「あはは。私は反省文の常習犯だからね!!」

「はぁ……三郷。少しは真面目に『反省』をしてもらいたいところだよ。揉み消す側の身にもなってくれ」


 すると、詩織先輩はそのままの表情で私に言います。


「放送室の私的利用についての反省文。ですね。南野さんに放送室を自由に使っていいですよ。と手筈を整えた一人ですので」

「……え、な、なんでそんなことをしたんですか?まるで凛音さんの味方みたいな……」


 詩織先輩の言葉に動揺を隠せない私に、追い打ちをかけるように言葉が放たれました。


「ふふふ。私は『南野さん側』につくことにしましたからね。永久さん。私は貴女の『敵』になりますね」

「そ、そんな!!何で!!詩織先輩は私の味方だと思ってたのに!!」


『困ってる人の味方になる』

 それが詩織先輩の行動理由の一つです。


 凛音さんの放送によって、私はとても『困ってます』

 霧都が本当のことを話してくれなかったこと。これも私は『困ってます』


 少なくとも、詩織先輩が一方的に凛音さんを味方する理由は無いはずです。


 そして、そんな私に詩織先輩は微笑みを崩さずに話を始めました。


「私はですね、永久さん。『ラブコメラノベ』が大好きなんです」

「……は、はい」

「悠斗くんに勧められて読み始めたものですが、今では私にとってはとても大切な趣味の一つです」


 少しだけ私から視線を外した先輩は、窓の外に視線を向けました。


「ラブコメラノベでは、ほぼ必ずと言っていい程に『主人公はメインヒロインと』くっつきます」

「そ、そうですね……」

「『学園の聖女さまと俺の彼女が修羅場ってる』……主人公は悠斗くん。メインヒロインは朱里さん。きっと私はそんなラブコメラノベのサブヒロインです」


 そして、詩織先輩は私の目を見据えて言葉を続けました。


「私は自分の立場に満足してしまってる部分があります。悠斗くんに『とても大切な女性』という唯一無二の立場を得て、サブヒロインとしては破格の場所に居ると言えます。ですが……これではダメなんです」

「……ダメ、何ですか?」


 私のその言葉に、詩織先輩はこれまで見た中で一番綺麗な表情で言葉を返しました。


「私は『サブヒロインがメインヒロインを倒して、主人公とくっつく』それが見たいんです。だからこそ『一度終わったヒロインを、もう一度戦いの場に呼び戻すために力を貸した』と言えますね」

「……な、納得いきません!!私は貴女を敬愛して……っ!!!!」


『異常』とも言える詩織先輩の理由に、私は涙が出てきました。


「ふふふ。メインヒロインとして圧倒的に優位な立場にあるのは貴女ですよ?普通に戦えば貴女が勝つ勝負です」

「そう……ですか……わかりました。凛音さんだけでなく、詩織先輩と三郷先輩も……まとめて倒してやります!!」


 虚栄とも言える言葉を吐いて、私は自分を鼓舞しました。


 負けない……負けない!!負けない!!!!

 私は絶対に負けない!!!!!!!!


 たとえ誰が敵になろうとも、敬愛する先輩が敵に回ろうとも、私は絶対に霧都と幸せな家庭を作るんです!!


 そして、私は三人の横を走り抜けました。


「私は負けません!!絶対に霧都と幸せになります!!」

「ふふふ。そうでなければつまらないです。永久さんの『正妻としての覚悟』を受け取りました。それでは『サブヒロインの逆襲』を受け止めてくださいね」


 こうして私は、敬愛する先輩に決別を告げて、放送室へと走りました。





「……凛音さん。やってくれましたね」


 放送室の前までやって来た私は、ちょうど部屋を後にした凛音さんと鉢合わせました。

 随分と好き勝手やってくれたものです……


 それに私が敬愛する先輩を……よくも……


「その表情。もしかして『私の味方』にショックを受けたのかしら?」

「どうやって……詩織先輩を引き入れたんですか……」


 きっと何かしらの取り引きがあったはずです。


 もしかしたら、それを掴めば詩織先輩を凛音さんから引き離すこともできるかもしれません。


「どうやっても何も無いわよ。あの先輩は特に私が何かをすることなく味方になってくれたわ」


 ケラケラと笑いながら手をヒラヒラとさせる凛音さん。

 私は思わず声を荒らげてしまいました。


「そ、そんなことあるわけないです!!だってあの人は私の……っ!!」

「黒瀬先輩は言ってたわ『サブヒロインがメインヒロインを倒すラブコメラノベが見たい』ってね」


 その言葉は、先程先輩から言われた言葉です……


 じゃあ……もう先輩は……どうやっても私の元に来ることは……無いですね……


「私自身を『サブヒロイン』と称されるのは癪だけど、まぁそれは我慢するわ」


 そして、凛音さんはすれ違いざまに私へ耳打ちをしました。


「バイバイ『メインヒロイン』様。必ず貴女を倒して、私が再びその椅子に座るわよ」


 そうです……忘れては行けません。

『メインヒロイン』は私です!!


『サブヒロイン』の分際で生意気な……!!


『格』の違いを見せつけてやりましょう!!


 私はその決意を胸に、放送室の扉を開け放ちました。

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十年間片思いしていた幼馴染に告白したら「アンタを男として見たことなんか一度も無いから無理!!」と振られた俺が、昔イジメから助けた美少女にアプローチを受けてる。 味のないお茶 @ajinonaiotya

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