最終話 この怪盗だから推すっ!

 そうと決まればと、丹葉はコーヒーを一口飲んで、斗真を探る目つきを見せた。


「今は確かにエトワールを捕まえられていない。でもそれも時間の問題だよ、魁君」


 わざと斗真の名前を呼べば、斗真は驚いた表情の後、面白そうに口角を上げた。


「……俺のこと、知ってるんだ?」

「勿論。魁家は有名だからな。現当主の息子の魁斗真君、だろう?」


 魁家は確かに有名だが、丹葉が斗真を知ったのは偶然である。だがそれはあえて伏せた。斗真を楽しませるにはその方が良いだろうという丹葉の判断である。

 その丹葉の判断は正解だったようで、斗真はわざとらしく肩を竦めた。存分に楽しんでいただけているようである。


「さすが、名探偵は違うな。俺はほとんど顔出ししてないはずなんだけど」

「君ほどの端正な顔立ちなら、一度見たら忘れられないさ」

「……へえ、どこで俺を?」

「さあ、どこだったか……」


 わざと含みのある言い方をする丹葉に、斗真の視線は鋭く細められる。その挑発に乗るように、丹葉は目を逸らさず斗真を見つめた。二人の視線が交差する。

 見た目と会話だけなら天才VS天才の構図に見えなくもないが、中身はスリルを楽しみたいだけのアホの子とそのファンなのだから、不思議なものだ。


「ふっ……はははっ!」


 と、突然耐えきれなくなったというように斗真は吹き出した。目を瞬かせる丹葉に、斗真はくつくつ笑いながら手を振る。


「こーさん、降参。名探偵さんは眼光が鋭いな。ぞくぞくしたよ」

「それは……褒められてるのか?」

「褒めてる褒めてる。さすが、この間の美術館でエトワールを追い詰めただけはある。挟み撃ちなんてよくやるよ」


 笑いながら告げられた斗真の言葉に、丹葉はぞっとした。


「(それは一般公開されてない情報だぞ魁君んんん!)」


 そう、海辺の美術館でのことは、またもや警察と丹葉がエトワールに出し抜かれたという情報しか流されておらず、その詳細な内容、とりわけ黄金のスカルの展示室でエトワールを挟み撃ちしたことなどは一般的に公開されていない情報なのだ。


 普段ニュースを見ない、読まない斗真はうっかりその場にいた人間と警察しか知りえない情報をポロリしてしまったのだった!


「(いかん、いかんぞ……今のこの状況が楽しかったからといって、迂闊に他の人間に同じことするなよ魁君……來羽君とかすぐ気づくだろうし、こんなんじゃさすがの飯田警部でも君の正体ばれちゃうぞ……!)」


 このままこの話題を続けていればいつまたポロリしてしまうかわからない。丹葉は話を逸らすことにした。


「あ、と……それにしても魁君、君、護衛とか連れてないのか?」


 話を逸らすにしても少々強引な気はするが、斗真は特に気にした様子も見せずに頬杖をついた。


「ここが海外とか俺が子供ならつくだろうけど、日本だし、俺大人だぜ? つくわけないよ。それに俺、さっきも言ったけど顔出しほとんどしてないし」

「でも君凄く顔が良いから目立つだろう。今だって通る人大体君のこと見てるぞ」


 丹葉の言う通り、街行く人々はテラス横を通るたびにちらちらとこちらを窺っている。

 カフェのテラスにいる斗真はそれは絵になるので致し方ないとは思うが、その視線の多さが丹葉は少々気にかかった。

 だが斗真はちらりと通りを見て、気にした風もなくまた丹葉に視線を戻した。


「これくらいなら慣れてるし……てか、俺だけじゃなくて丹葉さんのことも見てると思うけど? 丹葉さんかっこいーし」

「!!!!!!!」


 さらりと言われた言葉に、丹葉は絶句した。晴天の霹靂である。珍しく丹葉は照れた。流石の名探偵のポーカーフェイスもこれには勝てなかった。

 かあっと赤くなる丹葉の顔は自分でもどうなっているかわかるほど熱く、丹葉は恥ずかしさから片手でその顔を隠し、ふいっと斗真から目を逸らした。


「え」


 斗真はその丹葉の姿にぽかんと目を見開く。こんな反応を男にされたのは初めてだった。

 だがすぐに、ははーん、と思い至る。


「(俺がかっこよすぎて照れたか)」


 まさにその通りであった。怪盗エトワール、もとい魁斗真。初めての大正解である。


「(丹葉には前に顔見られかけたことあるし、この間の挟み撃ちの時も距離近かったからもしかして正体バレたりしてるかなーとか心配だったけど、この分ならだいじょーぶそうだな)」


 大不正解である。既に正体はもろバレなのだが、さすがにそのことにまでは思い至らなかった。

 だがそのことを知らない斗真は気を良くした。


 たまたま見かけて楽しめるかと声をかけただけだったが、勿論楽しかったし、なおかつ少々の憂いも晴らせた。何よりあの名探偵を自分のかっこよさで赤面させられたことは大変に気分が良い。

 いつも負けているくせに余裕がありそうな丹葉の態度が、斗真は少々不満だったのだ。鼻を明かせた気がして気持ちが良かった。


 余は今上機嫌である。

 ふふふ、と思わず笑みが零れた斗真は、笑みを浮かべながらポケットからスマホを取り出した。


「丹葉さん、連絡先、交換しようか」

「えっ⁉」


 笑顔でスマホを軽く振っている様は、スマホのCMか何かのように見えた。現実か? と丹葉は疑う。テーブルの下でぎゅっと自分の手をつねってみたら痛かった。現実だ。


「き、君と連絡先を交換する理由が見当たらないんだが……?」


 何とか丹葉は冷静を装って斗真に尋ねる。勿論連絡先は交換したくてしょうがないのだが、それと同じぐらい理由も気になった。

 丹葉の問いかけに、だが斗真はあっけらかんと答えた。


「理由って、丹葉さんと仲良くしたいからじゃダメなのか?」


 丹葉、本日何度目かわからない衝撃だった。天使か? と震える。


 斗真としてはただ単純に機嫌が良いということと、なおかつ友人同士が実は敵同士だったって熱いな、と思ったという理由である。

 そう、斗真は楽しそうだからという基準でしか生きていないのだった。


 丹葉は混乱しているがゆえにそれに気づけなかった。痛恨のミスである。そんな丹葉は震える手でテーブルの上のスマホを手に取った。


「ラインでいいかな……?」

「それ以外にないだろ!」


 笑顔の斗真とラインを交換し、自分の友だちリストに新しく追加された斗真のアイコンを見て、丹葉は心の中で神に手を合わせた。今なら何でもできそうな全能感さえある。

 斗真はスマホをしまいながらなんでもないように言った。


「んじゃ、今度連絡するよ。別荘でも行こうぜ」

「そ、れは魁君の⁉」


 丹葉はがたりとテーブルに手をつく。

 いくらなんでも話が早すぎる。さっき会って初めて連絡先を交換したというのに、次は別荘だと? 魁君のパーソナルスペースは一体どうなっているんだ。

 慌てる丹葉とは違い、斗真は事も無げにコーヒーを手に続けた。


「そう。あ、友達とか連れて行きたい人いたら連れてきていいよ。大勢の方が楽しいし」

「友達……」


 浮かんだのは飯田警部。うすーく出てきたのは來羽であった。当然のことながら、丹葉に友達はいない。天才とは孤高の存在なのだ。


「ああ、別に他に人呼ばなくてもいいぜ。丹葉さんと二人でも楽しそうだし」

「(あああああ! んかわいいいい!)」


 ニッと笑う斗真に、丹葉の心は撃ち抜かれる。うちわでも振りたい気分だ。


「それじゃあ、俺はもう行くよ」


 ひとしきり楽しんだのか、斗真はガタリと席を立つ。丹葉を見下ろすと、くしゃりと髪をかき上げた。


「じゃあな、丹葉さん。たまにはエトワールに勝つ姿でも見せて、楽しませてくれよ」


 にやりと笑うその瞳は楽し気に細められている。

 どこまでいっても、魁斗真という人間は楽しいことジャンキーだ。恵まれた容姿、恵まれた家に生まれたが故なのか、もしくはその苦悩か、はたまたただただ彼という人間性なのか。


 わからないが、推理をするには、まだ斗真を知らなさすぎる。エトワールだけではなく、斗真と親しくなっていけばわかってくることなのか。

 だがどんな理由があろうと、丹葉の気持ちが揺らぐことはないだろう。


「君がお望みとあらば」


 丹葉が斗真を見上げると、彼は一瞬面食らって、だがすぐに笑った。


「できるものなら」


 去っていく斗真の背中を見送って、丹葉はふうとため息をつく。

 幸せな時間なことに間違いはなかったが、幾分か疲れた。興奮疲れだろう。喜んだり照れたり、焦ったり心配したりと、目まぐるしく変わる自身の感情に丹葉は随分振り回された。

 だが、だからこそ楽しいのだ。推しとは、そういうものだ。


 さっきまでの斗真との会話を反芻して、丹葉はふふふとほくそ笑む。

 その時、スマホの画面にラインのメッセージが表示された。相手は知り合いの捜査一課の刑事だ。


『丹葉、事件。来い』


「なんだ、この電報のようなメッセージは……」


 あいつはいつになったらスマホに慣れるんだ? と、丹葉は機械音痴の刑事の顔を思い出してため息を吐く。

 やれやれ、名探偵は休む暇もない。

 すぐに行く。と返事をして、丹葉は立ち上がる。


 この後事件は長丁場になるわけだが、怪盗エトワールから予告状が出され、飯田が丹葉に連絡をよこし、丹葉は大急ぎで事件を解決することになる。

 そしてきっと、爪の甘いエトワールのミスを陰ながらフォローし、まんまとお宝を盗まれてしまうのだろう。

 だがそれは、しょうがないことだ。


 なぜなら、探偵の推しは怪盗なのだから。



〈了〉

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この怪盗なら推せるっ! 新みのり @minori626

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