武蔵野にて

スズシロ

武蔵野にて

 武蔵野、というと我が青春を思い出す。都心の喧騒から離れて自然豊かな公園が残る吉祥寺。そのオアシス的な存在である井の頭公園は良く足を運んだ思い出の地だ。広大な土地に神田川の源流である大きな池があり、動物園や手漕ぎボートなどの娯楽施設も充実している。


 私が学生だった頃、井の頭公園は友人たちと行く遊び場だった。ただ散歩しているだけでも楽しいし、たまに手漕ぎボートに乗ったり公園の遊具で遊んだり。お金が無い学生にとっては恰好の遊び場だった。


 夏は木陰で涼を取り冬は木枯らしに身を震わせながら友人たちと他愛ない会話をするのが日々の楽しみだった記憶がある。


「なんか久しぶりだね」


 ある冬の日、久しぶりに友人と待ち合わせをして吉祥寺へ遊びに来た。大学へ進学し就職をしてからめっきり会う機会か減ってしまい、「この機会を逃したらもう会えなさそうだから」と数年ぶりに会うことにしたのだ。


「この町も変わったね」


 久しぶりに降り立った吉祥寺の町は遊び回っていた頃の面影を失っていて経過した時間の長さを思い知らされる。通っていたお洒落な雑貨屋や美味しいパスタのお店の跡地を巡りながらも結局はこの井の頭公園へ辿り着いてしまうのだった。


「最近どう?」


 友人は就職を機に遠方へ引っ越し、今は働きながら趣味の音楽活動をしているらしい。音楽活動と言ってもバンドではなく、自作の歌を弾き語りしたものをネットで配信している地味な物だよと恥ずかしそうに笑う。


「少しだけど、応援してくれる人たちが居るんだ」


 再生数はお世辞にも多いとは言えないが、いつもコメントをしてくれるファンの人たちが居る。


「会社から帰ってきてコメントを読んでいる時間が一番幸せなの」


 嫌なことがあってもその時だけは忘れられるんだ、と友人は笑った。


「さちは最近どうなの?」

「うーん」


 代わり映えのしない毎日。平日は朝から夜まで仕事だし、家に帰ってご飯を食べて家事をして一日が終わる。休日は遊びに行く友人も居ないのでネットで映画を見たり散歩をしたり美味しいラーメンを食べに行ったり。


「なんかぱっとしない毎日だな」


 思い返したらそんな言葉が口から出てきて「なにそれ」と友人に笑われた。


「休日も家でだらだらしちゃうし、そんなんだから親には早く結婚しろって言われるんだよね」

「そうなの?」

「うん。婚期を逃すぞーって」


 あまりに色気のない生活をしているので親から煩く言われるが、最近は不思議とそれも気にならなくなってきた。


「でも今の生活に満足してるからなぁ。今は別に結婚しなくていいやって思っちゃうんだよね」

「分かるわー」


 代わり映えはしないしぱっともしない生活だけど、それもそれで心地が良い。変わらないというのは案外悪くない事なのかもしれない。


「なんかこうしているうちにおばあちゃんになっちゃいそう」

「おばあちゃんになっても一人だったら一緒に住もうね」

「井の頭公園の近くに家を借りて毎日のんびり散歩したいな」

「時々弾き語りライブとかして」

「おばあちゃんの弾き語りライブも悪くないかもね」


 井の頭公園で弾き語りライブをするおばあちゃん。うん、悪くない。それなら私は横でタンバリンでも叩こうか。おばあちゃんシェアハウスって良いかもしれない。


「こういうだらだらした時間、好きだな」


 すっかり葉が落ちきって寒々しくなった木々を眺めながら自販機で買った熱々のコンポタージュを啜る。


「これからもずっとだらだらしていたいね」

「うん」

「おばあちゃんになってもずっと」

「そうだね」


 おばあちゃんになってもきっと友人とはこうしてだらだらとお喋りしているのだろう。時折井の頭公園で古びたギターと真新しいタンバリンを持ってライブをしたりして、毎日だらだら過ごすのだ。それはきっと代わり映えのしない毎日だけど、変わらない事も悪くはない。


「寒くなって来たしカフェでも探そうか」


 武蔵野、我が青春の土地。昔も今も、これからも。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

武蔵野にて スズシロ @hatopoppo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説