第四十二話 え? 誰が変態じゃないって?

 ヒノトリのヒナがなんで赤い髪に赤い目の幼女ちゃんになっちゃったのかは気になる。すっごい気になる。

 でも、ポフーゾ街道のど真ん中で――さえぎるものも何もない道のど真ん中で夜を迎えるわけにはいかない。すっかり日が落ちてしまう前にたき火をたいて野宿の準備をしないと凍え死んでしまう。あと夕飯の準備もしないと。


「我は永遠の時を生き、強く美しく非の打ち所のない完璧な存在。もぐもぐ。じゃが、そんな我にも弱点の一つくらいはあるというもの。ぐびぐび」


 そんなわけで自称・ヒノトリな幼女ちゃんが話を再開したのはすっかり暗くなってから。


「卵からかえってすぐは新しい肉体が少々、不安定でもろくてな。もぐもぐ。具体的に言うと炎をまとうと消し炭になる程度に少々、もろいのじゃ。ぐびぐび」


「ヒノトリたんの象徴とも言える炎がまとえないなんて異常事態! もぐもぐ! ヒノトリたんのヒナたんの生まれたてボディ、もろい! 切ない! ぐびぐび!」


『あの炎をまとって消し炭にならない体の方が異常っちゃ異常なんだけどねー。もぐ、ぐび』


 パチパチと心地よい音を響かせるたき火を囲んでクリスと幼女ちゃんは日持ちのするちょっとかたいパンをもぐもぐ、お茶をぐびぐび、僕は干し草をもぐもぐ、水をぐびぐびしながら話をする。


「まあ、一週間もすれば新しい肉体も安定して炎への耐性もつく。もぐもぐ。そのあいだ……ほんの一週間だけ他の生き物に姿を変え、ついでに庇護ひごを受けようという算段じゃ。ぐびぐび」


「他の生き物に変身! もぐ!」


『庇護を受ける? ぐび?』


「炎をまとうことで身を守ってきたからのお。今の我は少々、もろくて無防備なのじゃ」


 生き物という単語に早速、目を輝かせて変態型に変形しようとしているクリスを横目に、僕はと言えば庇護という単語に引っかかって眉間にしわを寄せた。

 卵からババーン! と全裸で飛び出したヒノトリな幼女ちゃんだけど今はマントを羽織ってる。クリスの荷物に入ってた丈の短いフードつきのマントを僕が渡して着させたのだ。……もしかして、僕、まんまと庇護しちゃった?


「卵、幼鳥を経てこの姿はサナギのようなものと言えるな」


「卵、幼鳥、サナギ……ヒノトリたんは変態?」


『そうだね、完全変態だね。ところで庇護について……庇護の件について詳しく!』


「というわけで我が成鳥になるまでの一週間、衣食住その他諸々もろもろ、よろしく頼むぞ、少年。それから、ペガサスよ」


『ああ、やっぱりー! まんまと庇護しちゃってたし、庇護を頼まれちゃったよー!』


 いやな予感に眉間のしわを深くしていた僕はヒノトリな幼女ちゃんの言葉にパカパカと地団駄を踏んだ。

 まあ、抗議したところでペガサスな僕の言葉はヒノトリな幼女ちゃんにもクリスにも通じない。たぶん、きっと、大喜びで庇護しちゃうんだろうなーと隣のクリスを見る。

 案の定――。


「ほ、他の生き物にも変身できちゃうの? ハァハァ……! 人間以外のいろいろな生き物に変身したヒノトリたんのヒナたんを……な、なでなで、もみもみ、ぺろぺろできちゃうの? ハァハァ……! 最後の最後に大人になったヒノトリたんもなでなで、もみもみ、ぺろぺろでちゃうの? ハァハァ……! そ、そそそそそういうことなら一週間と言わず一か月でも一年でも一生でも……ひ、庇護……庇護しちゃう!」


 クリスは目をキラッキラと輝かせ、ハァハァと変態吐息を吐き出し、金づるパトロンになりますと全力で宣言した。

 実家なブルックテイラー家を勝手に飛び出してきちゃった身のクリスだけど家を出るときに結構な額を持ち出してる。動物画家としての稼ぎもある。お金には全然、まーったく困っていないのだ。


『いや、でも……だからって糸目をつけずに貢ぐのはどうかと思うよー』


 なんて僕のぼやきはもちろんクリスにも幼女ちゃんにも伝わらなかったけど、お金に糸目をつけずに貢ぎまくる展開にはならなかった。


「ヒナの姿からであればどのような生き物にも姿を変えられるが、一度、変えてしまったら成鳥になるまでずっとこの姿。人間以外に変身する我を見たいのならば百年後にある次の産卵、孵化を待つが良いぞ、少年!」


 幼女ちゃんがそう答えたからだ。


「え……つまり他のいろいろな生き物にぽんぽん姿を変えたりは……」


「無理じゃ! できん!」


 なぜか胸を張って言う幼女ちゃんを見つめるクリスの目がみるみるうちに冷めていく。


「それにのお、少年。我をなでなで、もみもみ、ぺろぺろしたいと言うが卵の我もヒナの我も成鳥の我も炎をまとっているのだぞ。なでなで、もみもみ、ぺろぺろしようものなら消し炭になってしまう。我をなでなで、もみもみ、ぺろぺろしたいのなら今! サナギの状態で炎をまとっておらん今しかない! さあ、遠慮なくなでなで、もみもみ、ぺろぺろするが良い!」


 幼女ちゃんはそう言って満面の笑顔でガバッ! と両腕を広げた。ていうか、幼女ちゃん、ウェルカムなんだ。なでなで、もみもみ、ぺろぺろ、ウェルカムなんだ。


『ドン引きされなくてよかったねえ、クリス』


 そう言ってふり返った僕は真顔で首を横にふるクリスの言葉にドン引きした。


「いや、人間の小さい子供をなでなで、もみもみ、ぺろぺろするとか変態だから。そんなことしないから。僕、変態じゃないから」


『え? 誰が変態じゃないって? え?』

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動物画家クリスはついでに絵を描く 夕藤さわな @sawana

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