第7話:どこまでもどこまでも
「
トレーラー内でオペレーターが明らかになった量子暗号名をつい口に出した。現在、トレーラーの外で脳を”直結”している0057M、”ジョバンニ”と0032F”カンパネーラ”の暗号が揃い、遂にカンパネーラの無意識下の情報アーカイブのある情報深度レベル5以降が閲覧可能になった。
「よし。遂にここまできたぞ。データ抽出に取りかかれ」
「は!」
バイザー着用のリーダーがオペレーターに命ずる。
やれやれ、0057Mのせいで0032Fの洗脳が解けてしまうかと危惧したが、どうやらそれは杞憂に終わったようだ。あとはあの二人の処遇だが、0057M、”ジョバンニ”は処分するとして、0032F”カンパネーラ”の方は使い道がありそうだ。このまま本国に連れ帰り、本格的にこちら側に引き込むとするか、そのためにはまず――
そこまで考えた時、車内に耳障りな警告音が鳴り響く。「どうした!?」とオペレーターに問う。が、オペレーターはマウントディスプレイをちらつかせながら「へ、変です!」と狼狽した声を上げた。
「アーカイブに侵入した途端、逆ハックとDos攻撃がこちらのサーバーに……ああ! ウィルスまで! 凄まじい速度で汚染されていきます! このままじゃここだけじゃなく本国のメインサーバーまで……」
「電源を落とせ!」
「で、出来ません! こちらからのコマンドは一切受け付けません!」
どうなっている? と呆然となったリーダーの耳に、『残念。トラップにかかったようだな』と低い男の声がディスプレイから響いた。
0032F”カンパネーラ”の意識内に作られた電脳世界を写しているディスプレイに、0057M”ジョバンニ”が不敵に笑って上目遣いでこちらを見ている。
『そっちは緊急事態用の偽の暗号だ。それを入力するとカンパネーラのしかけておいたトラップが発動する仕組みになっている。どうだ? ”トロイの木馬・カンパネーラVer.”の味は』
悔しそうにバイザーの奥の瞳を歪ませて、「ケンタウルス」のリーダーは怒りで身体を震わす。
『ちなみに本物はこれ。もう入力しても意味はないけど』
カンパネーラが言い、指で文字を書き始める。電脳世界にカンパネーラの指にあわせて線が浮かび上がる。それは一つの単語になった。
「Fiamma di Scorpione………蠍の炎、だと……!?」
『私の放った炎はどうかしら、良く燃えてるでしょう?』
リーダーは怒り心頭といった風に、台を拳で叩いた。
『さて、カンパネーラ、こいつらはお前の記憶を盗み見した盗撮犯だ。その他にも法務局への不正アクセス、クラッキング、お前を拉致・監禁。違法薬物投与………立派な連邦法違反だ。特S級のな。ここでは俺たちが唯一の法であり、連邦法のほぼ全てを行使できる。ライセンス捜査官として、どう処罰する?』
『決まってるわ、そんなの』
カンパネーラがこちらに身体を向け、ディスプレイに良く映るように親指で首を切る仕草を見せた。
『死刑』
ばっと、「ケンタウルス」のリーダーがトレーラーから飛び出し、「今すぐその二人を――」と命令を下すにはほんの少し遅かった。現実世界に戻ってきたジョバンニが、カンパネーラの小型銃を手にし、横にジャンプしながら兵士3人の頭部を狙い撃ち、無力化に成功していたのだから。
「う、撃て!」
その命令の0.3秒前、ジョバンニはカンパネーラを電動車椅子ごと遠くに蹴り飛ばし安全圏まで避難させ、兵士一人のアサルトライフルを奪い、5人の足を撃ち抜いた。
更に跳躍し、既に息のない兵士の身体を盾に急接近し、2人をゼロ距離射撃で頭を撃ち抜く。もう一つアサルトライフルを手にし、ジョバンニは二丁のアサルトライフルを右手と左手に持ち残り5人の脳天を吹き飛ばした。
第13特殊捜査法により、極限まで肉体を強化されたライセンス捜査官――法の猟犬はあっという間にリーダーの元へ肉薄する。銃を取り出すまでもなく、テロリストのリーダーは足を払われ地に背中をつけたかと思うと、瞬く間に右手を捻られ、両手を特殊手錠で拘束される。
トレーラーから降りてきたオペレーターも同じく拘束し、蹴り飛ばしたカンパネーラを抱き起こしながら、ジョバンニとカンパネーラの2人は言った。
「任務、完了」
※
※
※
辺りが暗くなっていく。拘束したテロリスト集団「ケンタウルス」の一味を一カ所に集め、奪われた情報が詰まった機器を破壊すると、ジョバンニはどっと疲れを感じ、床に腰を下ろした。
「疲れた………」
久しぶりに汗まみれだ。帰ってシャワーを浴びたい。だがその前にやることが沢山ある。事件報告書提出、念入りなアフターケア。他にもテロリストが関わっているとなれば軍も動くだろう。テロリスト達の身柄が今後どう扱われるのか。政治的交渉に利用されるのかもしれないし、このことが共和国との関係に影響し、休戦協定は破棄されまた戦争状態になるかもしれない。後始末には骨が折れそうだ。ブルカニロ課長の血圧が上がらなければいいのだが。
だが、今のジョバンニたちにはそれらのことはどうでも良かった。
ジョバンニはカンパネーラに近づいた。カンパネーラは電動車椅子に身体を沈ませ目を瞑っている。寝ているのか?
「そんなわけないでしょ」
ぱちっと、カンパネーラは目を開けた。勝ち気そうな目は、ジョバンニを軽く睨み、「さっきはよくも蹴ってくれたわね」と恨み節を吐いた。
「あれはだなあ………あの場合は仕方なく……」
「うるさい。こののぞき魔」
やはり記憶を覗かれたことをまだ根に持っているようだ。当然と言えば当然か。ジョバンニは「悪かったっていってるだろう」と返した。
「悪いと思っているなら、一つ、私の言う事を聞きなさい」
「はいはい、なんですかお姫様」
カンパネーラはジョバンニのバイクを指さし、言った。
「アレに乗せて。一回乗ってみたかったの」
意外な要求にジョバンニは吹き出した。が、ちょうどジョバンニもバイクをすっ飛ばしたい気分だったので、カンパネーラを電動車椅子から抱きかかえバイクの後部座席に乗せた。
「ヘルメットは?」
「一つしかねえから、お前はノーヘルだ」
「交通法に違反してるわ」
「嫌ならやめるか?」
カンパネーラは答えの代わりにジョバンニの腰に手を回し、弱々しいながらも力を込めた。それを合図に、ジョバンニはアクセルをふかし、バイクを走らせた。
「どこまでいくんだ」
「どこまでもよ。どこまでも一緒に行くの」
「そりゃあいいな。どこへだっていけるさ。俺たち二人なら」
パトカーのサイレンが遠くに響く。
連邦ライセンス捜査官0032F、コードネーム”カンパネーラ”と、0057M、コードネーム”ジョバンニ”は、瞬き始めた星の下、ずっと続く道をいつまでも二人で走りつづけていた。
(了)
法の猟犬 八十科ホズミ @hozunomiya
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