第2話 不思議の国のアリス
来栖真夜が、斉宮灯音を主と宣言してから、彼女の姉三人の元に行くのを止めた。会うと面倒になるのは分かりきっているので、彼女たちを避けるようにしていた。
午前に父、来栖竜二の元で仕事の手伝いをしてるから、ずっと灯音の元に入れるわけではない。それでも、前より一緒に入れる時間は増えたし、こそこそしなくてもいいので気は楽だ。
太陽が真上に上がった時間、今日も真夜は、灯音の元に向かった。
けど、今日は昨日までとは様子が違っていた。灯音のいるはずの離れの玄関の前に二人の男女がいたのだ。
少女の方は、この離れの主・斉宮灯音。青年の方は、真夜が知らない人だ。金色の短髪に、灯音を見る黒い目は優しい。年齢は、真夜と同じくらいだろう。ワイシャツにズボンという出で立ちで手には、ジャケットを持っている。
その様子を、遠目で見た真夜は驚いた。灯音が外に出ていることもそうだが、何より
見知らむ青年と嬉しそうに談笑していたから。
心臓が痛い。
嫌だ。笑いかけないで。そんな嬉しそうに話さないで。俺以外の人と仲良くしないで。
ドス黒い想いが、頭の中を支配する。
「真夜」
二人を見ていた真夜に、気が付いた灯音が呼びかけた。
思考が戻る。
俺、何考えていた?
複雑な感情のまま真夜は、二人の元に行く。
「灯音、もう戻ろうか。また、来るね」
青年は、灯音に優しく言い、灯音はそれに従った。
彼女が、部屋に戻ったため真夜と青年が向き合う。
「初めまして、折原泉琉です。」
そう名乗った青年は、ニコニコと人当たりのいい笑みを浮かべる。
「来栖真夜です」
真夜も彼に倣って、笑みを浮かべる。しかし、警戒は解かずに
「来栖、がどうして彼女の所に?」
その言葉には、棘があった。初対面なのに彼から、敵意が伝わる。
「貴方に関係ないでしょう」
「灯音を巻き込まないでください。灯音は、世界王になれません。他の人にしてください。彼女のために、此処には来ないでください」
灯音のためと言う、泉琉。何で、他人にそんなこと言われなければいけない。それを決めるのは、俺と灯音なのに。
「そういうあなたは、灯音の側に居ていいと?」
初めて灯音に会ってから、数か月彼とは会ったことが無かった。灯音の側にいつもいられないのに勝手なことを言うな
「そう、ですね」
何故かそう、返答する泉琉は自嘲気味に笑った。
「また、不幸な結末を迎えたくないでしょう。これは、忠告ですよ来栖真夜。僕はもう行きます。では、」
そう言うと、泉琉は去っていった。
誰が、お前の言うことなんて聞くか。絶対に離れない。例え不幸な結末になろうとも。誰の思い通りにならない。やっと手に入れた俺と灯音の居場所なんだ
* * *
「真夜?」
灯音の所からの帰り、王宮内で俺を呼ぶ知らない声に足を止める。目の前には、金髪に青い瞳をした容姿の整った青年がいた。歳は、俺と同じくらいだろう。彼は、俺のことを知っているようでこんなところで会うと思わなかったと言うように驚いているが、俺は彼のことを知らない。
「久しぶり、真夜。
朝霞侑、その名前を聞いて思い出した。子供のころ何度か会って、遊んだことがある友達だった男の子。あの頃は、何も知らなかったから生まれ変わりとも遊んでいたののだ。まだ子供だった彼は、女の子みたいに可愛らしかったが、それもなくなり容姿の整った男性へと変わっていた。
侑の言葉にうなずく。
そうすると、ほっとしたように安堵した。
「今、いい?」
綺麗に笑う、侑。
「大丈夫だけど、何?」
「此処じゃちょっと、こっち来て」
そう言って、ついて言った場所はどこかの会議室だった。
「元気だった?」
だたの世間話でもするつもりなのだろうか。そのたまにこんなところまで連れて来たのか。それとも、下人の俺に昔の恩でも返してもらうとしてるか。どちらにしても、もうここにいる意味なんてない。
「まあね、それだけ?もう、行っていい?」
「待って」
俺を引き留める、侑は言いにくそうにしている。
「真夜は、七つの大罪を集めるの?」
何で、こいつがそのことを知っている。警戒して睨みつける。そのことを知っているのは、それを俺に伝えた父しか知らないはずなのだ。
「 カミ からの伝言を竜二さんに伝えたのは俺なんだ。間違えたのか俺の所に勅命が届いて、それで」
それで、気になったのか。
「まあね、勅命だし。断れないから」
当たり障りのない答えを言う。
「それを、集めて暴いていけないものだとしても?」
まるで、それが何なのか分かっているような口ぶり。
「七つの大罪が、どんなものなのか知っているのか?」
「ううん。知らないよ」
本心の見えない表情。何を想っているか読み取れない。こんな顔をするような奴だったけ?
「真夜は、ずっとここにいるの?」
「まあ、一応」
灯音が、此処から離れたいと言わない限りここにいるだろう。
「そっか、またね」
そう言うと、侑は出て行った。
突然再会した、かつての友は変わっていた。大人しい反面、好奇心を各隠せずにいた少年は、感情を読ませない大人になっていた。それは、俺も同じか。
* * *
予期せぬ再会を果たした、友達は変わっていた。いや、もしかして戻ったのかもしれない昔の、俺と会った頃の真夜に。
生まれ変わりとか分け隔てなく接していた真夜は、酷く憎むようになってた。その原因は知っているけど。
ねえ、知っている?君が側に居る少女は、生まれ変わりだよ。知っていて、それでも側に居るのならやめた方がいい。それ以上一緒に居続ければ、きっと運命の渦に引きずり込まれて壊れてしまう。君は、僕ら生まれ変わりと関わってはいけないから。
でも、そんなこと言えなかった。だって、俺のことを警戒して、仇を見るように見ていたから。言えば、これ以上嫌われてしまう。それを、恐れたから間違ったことを言わないうちに逃げた。
七つの大罪の話をしたのも、同じ理由。
"不思議の国のアリス″ 物語もどのページを開いても出てくる主人公“アリス”それが、俺の生まれる前の物語。
運良く生まれかわりに生まれたが、少女は男になった。
誰も、知らないが “不思議の国のアリス” は、七つの大罪の一つだった。他の物語が何なのかは知らないが、物心ついたころには分かっていた。自分の生まれる前は大罪人だと言うことを
“アリス” は、怠惰だった。自分の心の中に閉じこもり現実を見ようとしない。物語の中にしがみ付いた。その場所が居心地よくて、物語の中の住人に何度も同じことを繰り返すように強いらせ、進むことのなくなった物語はぐちゃぐちゃになった。そして、自分の成長を止めたのだ。
愚かだった子供のころの俺は、それは “アリス” の罪であって、俺のものじゃないと思っていた。見ないように蓋をしたのだ。生まれ変わりの俺に、その罪から逃げられるはずがないのに
怠惰であった子供のころは、 “アリス” のようにならないように努力するわけでもなく、俺自身も好きなことに逃げて嫌いなことに蓋をした。生まれ変わりであることに胡坐をかいていたのだ。何をしても許されると思っていたのかもしれない。
怠惰だと思ったのは、一つ上の兄が死んだとき。
“アラジン” の “ジンニー” の生まれ変わりで運動も勉強もでき完璧だった兄は、俺の自慢だった。それが、努力の成果だと知らなかった俺は、兄は天才だと信じていた。決して奢らず、人々の見本であろうとしていた兄は、俺とは正反対だった。
そんな兄が死んだのは、俺が七歳の時。
公園で二人で遊んでいると、兄の友達が来た。俺の知らない人と仲良くする兄。それが許せなかった。
僕を、見て
そう思った。そして、やってはいけない行動をとった。
車の行き交う道路に、ボールを投げた。ちらりと、兄の方を見ると気づいていない。
「ボール、あっちに行っちゃった。」
そう言って、道路の方を指さす。
そうして、道路までボールが行ったのか疑問に思うことなく兄は仕方ないなと、困ったようにボールを取りに行った。兄は、ちゃんと車に気を付けて道路に出た。しかし、死角から来た車に気が付かなかった。俺も、兄も
気づいたのは兄の友達。彼は、
「危ない」
と、叫んだ。が、遅かった。兄の身体は容易く投げ飛ばされた。
すぐに兄の元に駆け寄った。頭から大量の血を流して動かない兄。車を運転していた人が出てきた何か言っている。俺は、それを見ていることしかできなかった。
兄は、即死だった。
皆、俺を責めた。両親も、周りの人たち皆、
「俺のせいで兄が死んだんだ」
と、そう言った。それからだ、俺を兄殺しとして、いない者として空気のように扱いだした。
俺は、自分のしでかした罪に耐えきれず逃げた。あれは、事故だ。兄が、僕を見てくれないからいけないんだ。と、何度も言い聞かせて目を背けたのだ。
自慢の息子を亡くした、母は床に臥せるようになって兄が亡くなって半年後に病でなくなった。父は、世界王の宰相の地位に就いていたが、すぐにやめて田舎領主になった。俺たち家族は、辺境に移った。
透明人間になって、二年。彼と、出会ったのは9歳になったときだった。
一人で街にいたとき、声をかけられた。
「ねぇ、ちょっと道を教えて欲しんだけど」
最初俺に言っているのか分からなかった。俺を知っている奴らは、俺に声なんてかけないから。
僕と同い年くらいの男の子は、洋服と着て地図をじっと見ている。
「この辺に美味しい和菓子屋さんがあるって聞いたんだけど。この街に来たの初めてだから良く分からなくて」
彼、今誰に話しかけているの?彼の前にいるのは、僕しかいない。人に話しかけられたのは久しぶりすぎて驚く。だから、
「それ、僕に聞いてる?」
と、聞いてしまって。
すると、男の子も驚いた様子で、
「当たり前じゃん。だって、オレの目の前にいるの君しかいないでしょ」
地図から目を離して、視線を上げると綺麗な金色の瞳が僕をとらえる。
「しんや!」
突然の声に驚く。
僕の前方、彼からしたら後ろから。僕たちより、年上の男の子が走って来ている。彼と同じ黒髪に彼とは反対の銀色の瞳。容姿が二人とも似ている。二人は、きっと兄弟、だ。
「やば、ごめんまたね」
男の子はそう言うと、急いで走っていった。お兄さんも、追うように彼の後を追って行った。
僕は、その時心に深く深くその名前を刻み込んだ。消えてしまわなように、宝物のように優しく何度も
「しんや、くん」
あの日から彼のことばかり考えた。毎日街中をあちこち探してみたけど見つけることは出来なかった。
着ていた服が質が良さそうだったからきっと王都の子だ。王都からかなり離れたここは、下人の領地との境目に位置している。あの兄弟は、観光でここに来たのだろう。
なんて、憶測をあれこれ考えていた。
*
「あの話、そろそろ考えてくれたか?」
執務室。この部屋の主である朝霞廻の正面には、三人の男たち。
廻は、世界王の宰相の地位を息子が亡くなると同時に部下に譲ると政治から退くように田舎の領主になった。
「私はこの世界が変わることを望まない」
世界を変えるために行われるのはいつだって、戦争だ。
圧倒的力を持つ生まれ変わりたちの前に下人たちは大人しく従ってきた。しかし、それが最近になって反抗してくるようになったのだ。未だ大きな事件は起きていないが、小さな衝突は何度も起きている。それを対処し、被害が出るのは下人の領地と境に位置するこの領地だった。
「そういえば、貴殿にはお子さんがいるようですね。その子が下人との争いに巻き込まれても?」
銀髪に青い瞳を持った中心核の男の言葉に廻は、眉を顰めた。
「私に子供はいない。亡くなった。…息子だと思っていた化け物に」
そう吐き捨てる。優秀は息子を殺した人殺しを思い出しながら。
「その子が、化け物になった原因が来栖にあるとしても?」
「どういうことだ?」
宰相だったとき、何度か来栖に会ったことがある。彼は、世界王に対して従順であった印象を懐いた。来栖は下人だ。そんなことできるわけがない。
廻の表情が硬くなる。
「呪われた物語を生み出したのが、来栖と竹取物語だとしたらどうします?」
男は、不敵な笑みを浮かべた。
*
侑は、父に連れられ王都に行った。二年ぶりの王都に興奮した。もしかすると、彼に会えるかもしれない。会ったら何を話そう、覚えていてくれているかな、などと妄想が広がる。侑が嬉しいのは、彼に会えるのだけではない。父が、久しぶりに侑のことを見てくれたから。
着いたのは、以前住んでいた家ではなく、見知らね屋敷。物珍しさに、きょろきょろしていると、
「やめろ、みっともない」
と、叱られた。それすらも、嬉しくて頬が緩む。だって、話しかけてくれたから。たとえそれが、叱咤でも構わなかった。
「はい、すみません」
ある生まれ変わりが紡いだと透明になるマントのフードを深くまで被り直した。
「いいか、決して離れるなよ」
そう言われて、小さくうなずいた。ここから先は、一切口を開いてはいけないと言われたからだ。
数週間前に久びりに話した父が言ったことは、三つ。
一、一切口を開いてはいけない
一、マントを羽織、透明であり続けること
一、屋敷の中がどうなっているかしっかり見ること
廻は、先日話した男との会話を思い出しす。
『私が来栖の内部調査を?』
『ええ、生まれ変わりであれば世界王になれる。しかし、それを選ぶのはたった一人の下人。不思議だと思いませんか、なぜ来栖だけが特別扱いされるのか?まるで何かの陰謀みたいだ。もし、彼らの秘密を掴めばこの世界を変えられるかもしれませんん』
この世界が変われば、この子も変わってくれるだろうか。
考え事をしていたから、気が付かなかった。侑が誰かを見つけて、その誰かに会うために廻の後を離れたことを
父について王都に帰ってきた。久しぶりに話して、断ることもできた。けど、そうしなかったのは、王都に行けばあの子に会えると思ったから。そう思ったから、めんどくさくてもここまで来れた。
「おい」
いきなり後ろから声をかけられて驚く。
しまった。と思った時には遅かった。彼に夢中で気が付かなかった。フードが取れていることに。このマントは、体全身を覆っていないと効果はない。
「ご、ごめんなさい」
何か言われる前に後ろを振り返って謝る。すぐに頭を下げたから後ろに来た、人物の顔は見えていない。
「あれ?君確か」
誰かは、侑の顔を覗き込む。
「あ、やっぱりこの前の時の」
そう言われて恐る恐る顔を上げた。そして目の前に居たのは、後ろ姿が見えたから追っていた少年だった。
僕のこと覚えていてくれた。それが嬉しかった。
「やっぱり、行きたかったな。この前の和菓子屋。後少しで行けそうだったのに、兄貴に捕まったんだよね」
あれは、やっぱりお兄さんだったんだ。
「僕、今度持ってこようか?」
思わず出た言葉にしまったと思う。今度、なんて来れるかもどうか分からないのに。いつ領地に帰るかも分からない。領地に行ったらもうここには来れないだろうから。
「迷惑、じゃなければ」
その声は、消えそうなくらいか細い。怖かった。この縁を、切られることを。
「いいのか?」
嬉しそうに聞くので、こくりと首を縦にふる
「僕も、そこの和菓子好きで一杯持ってきてるから」
嘘。本当は、もう一度会えたらあげようと思って買ってきたのだ
「ありがとう。特別に裏道教えてあげる。そこからなら、誰にも会わずに来れるから」
「また、来てもいいの?」
おずおずと聞く。まさか、次をくれるなんて思ってもいなかったから。
「当たり前だろ。あ、そうだ。俺は、真夜」
「ぼ、僕は、侑」
彼から名前を教えてくれた。嬉しいな、また君に会える。こんなに楽しみなこと久しぶりだ。
*
「なるほど、話は分かりました」
来栖家の客室にて、来栖竜二と朝霞廻が対談していた。
「下人との境界の塀の強化は陛下に伝えておきましょう。けど、なぜ私に?陛下に直接訴えればよかったのでは?」
「私は、表舞台から去った身です。陛下に直訴するなんて恐れ多いですよ」
「そうでもないと思いますけどね。ところで、貴殿がここに連れて来られた子ですが、どうやらはぐれてしまったようですね」
「っ!」
竜二の発言に驚いて思わず立ち上がる。
「大丈夫ですよ。お子さんのことは心配なさらず。むしろ丁度良かったです。うちの愚息が相手しているはずです」
相変わらずの鉄仮面。何を考えているのか分からない。まだ、宰相だった頃もそうだった。無表情で何を考えているのか読ませない。そして、たまにまるで全てを見透かしているようなことを口にするのだ。苦手だ。
「私の、来栖家を快く思わない者が昔からいることは知っています。歴史の中で何度か来栖が世界王を選ばなかったことがあります」
彼の言ったように歴史上、数回来栖が世界王を選ばなかったときがあった。理由は記されていなかったが、その時世界中で天災級の災害が起こっていた。しかも、被害が多かったのは生まれ変わり。だから、来栖が世界王を選ばないということが無いようにしているのだ。
その災害を来栖が起こしているというものもいる。が、表立って敵意を示す者はいない。災害の被害に遭いたくないから
「今のシステムの在り方が正しいのか否かそれは私なんかには分かりません。ただ私はこの世界が好きです」
こんな呪われたような世界を好きだと言う竜二。それは、呪っている者側からの発言なのか、それともそれ以外の理由で言っているのか廻には分からなかった。だから、素直にそれを受け入れられず、何か裏があるのではないか勘ぐってしまう。
「朝霞さん、貴方はそうですか?この世界をどう思っていますか?」
そんなの決まっていた。
「嫌い、ですか?壊してしまいたいくらい。それより、お子さんのことが気がかりですか?」
その質問に、廻は思わず反応した。
この世界が変わってしまうことは望まなかった。呪われた、侑を呪ったこの世界を変えられるのなら壊してもいいと思った。でも、それでも心の奥底では今でも大切だと思い知らせれた
「貴方は私なんかよりもずっと賢い。本当にこの世界が嫌いならとっくにことを起こしていたでしょう。ここに来るよりも前に」
「本当に、何でもお見通しなんだな君は」
「そんなこと無いですよ。初めから全て見えていたらこんな選択していませんでしたよ。本当に未来が見えていたらと思うことばかりです」
珍しく悲しい表情を見せる竜二。
「安心してください。今以上に彼らが暴動を起こさないように対策します。不満があるのなら今日のように穏便に話し合いましょう。私の方から彼らへ伺いますし。だから、どうかこのまま静かにしていてください。できればこのままずっと」
この男は何を考えているのか分からない。だた、この男はもしかしたらとんでもなことをしでかすかもしれないな
*
金色の髪と瞳を持った女性が、床についていた。その傍らには竜二がいる。
女性が、激しく咳き込んでしまうと竜二が優しく女性の背中をさすってあげる。
「大丈夫か?」
「ええ、平気。でも、ごめんね。私もう限界みたい」
それを聞いて竜二は、唇を強く噛み締めた。
「そうか」
「ごめんね、竜二」
女性は、静かに泣いた。
「ごめんね、ごねんなさい」
と、謝りながら
*
侑は、真夜と約束してから何度も彼の元を訪ねた。いつ領地に帰るか分からないし、初めてできた友達だったから。家に帰るのが遅くなろうが、家にいなかろうが誰も気にしない。それが、侑の行動を止めない原因でもあった。
そして、今日も侑は深夜の家に遊びに来ていた。奥まったところにある東屋で二人はいつも会っていた。いつもは侑を真夜が出迎えていたが、この日は珍しく真夜は遅れていた。不安でおろおろしていると、息を切らしながら走ってきた真夜が来た。
「ごめん、兄貴に呼び止められて遅れた」
「ううん、大丈夫だよ。お兄さんと仲良いんだね」
「あー、うん」
どこか歯切れの悪い返答。なんだか言いたくなさそうだからこれ以上聞かない方が良いよね
「おーすげー。本当にすごいな。好きな場所作り放題じゃん」
真夜が、称賛する。二人が遊ぶときは大抵侑が創り出した幻想の空間。
不思議の国のアリスの生まれ変わりである侑が生み出すのは、幻想の世界。どんな世界も彼の思いのまま。
「そんなこと無いよ」
侑はクッキーを食べながら、照れるように答えた。
「いいな、侑は。この能力があれば退屈しなくていいじゃん。ここなんて何もないし退屈だろ」
「そんなこと無い!」
思わず強く言ったので、真夜は驚いたように侑を見た。自分でもこんなにも大きな声が出たことに驚く。
「僕は真夜といるのすごく楽しいよ。だって真夜は、僕をみてくれるもの」
そう言って気づいた。僕は寂しかったんだ。ずっと誰にも見てくれないことが
「俺も楽しいよ。同じだな」
同じ、その言葉に心が温かくなる。嬉しくて、心が躍る。
彼と一緒に遊べる日々がずっと続くと思っていた。いや、この日々が当たり前に来るのだと思っていた。
侑が家に帰る頃には日も落ち暗くなっていた。部屋に行くために廊下を歩いていると、いつもは閉まっている父の書斎がわずかに開いていた。だから好奇心でこっそり覗き込んだ。そこには、父と、見知らね金髪の男性が何やら話していた。
「どうでしたか、朝霞殿」
「なにも知らないようだった。彼も戦争にならないように対策してくれるらしい、だからもうあっちに帰ろうと思う」
あっちに帰る?もう真夜と会えなくなるってこと?
「分かりました。では、その前に来栖の次期当主について探って来てください」
来栖ってことは、真夜のことだ。でも次期当主だら、お兄さんの方か
この時侑は知らなかった、次期当主が真夜であることを
「何を言って」
「私はいたって真剣ですよ。今の内に彼らを潰しておけばこの世界は昔に元通りです
もう一度考えてください。ご子息や、奥方のことを想って」
なんだか嫌な予感がする。けど、大丈夫だよね。だって、本当にそんなこと起こすはずがないし
早く寝て朝一で真夜の所に行こう。明日も楽しみだな
侑は、そのまま自分の部屋に戻っていった
次の日からしばらく侑は、父親によって外出禁止となった。こっそり出ようにも、監視が付いているので家から出ることは出来なかった。
真夜に会えない退屈な日々。父に理由を聞こうにも、会えないので不可能だった。
どれくらいたっただろうか、見慣れた後ろ姿を見て声をかけようとしたら父と一緒だった。何で、父といるんだろう。
重苦しくて、怖いから近づかなかった父の部屋の中を覗き込む。
「もう、こうするしか方法はないんだ。」
父は、そう言うと銃を持ってそれを真夜に向けた。
なに、しているの?何で、父さんが真夜を殺そうとしているの。次期当主は真夜のお兄さんなのに。
何かの間違えだよね
侑はその光景を見ていた。少しの驚きと現状の無関心さで
様々な疑問よりも、巻き込まれたくないが勝っていたのだ
「震えてますよ、そんなんじゃ殺せません」
感情のない平坦な声。こんな声聞いたことが無かった。よく見ると口元は笑っているが目は光が失われており何の感情も見えない。
「手助け、しましょうか?」
それ何に対する手助け?もしかして、死にたいのかな。ならどうして、僕に言ってくれなかったの。何も気づけなかった。
「いや、いい。元々君を殺すつもり何て無かったんだ。君を殺したところでこの世界が変わるわけじゃないのに、すまなかった」
そのあと、二人は何か話してから真夜が部屋の中から出てきた。
僕は、あたかも今此処に来たかのように演技をする。
「あれ、どうして真夜がいるの?遊びにきてくれたの?」
嬉しそうに、いつもの調子で
そうすれば、今までの僕の知ってる真夜がいると思ったから
しかし、その予想に反して真夜は僕を見ることなく過ぎ去っていった。まるで、僕が見えないかのように。他の人たちと同じように透明人間にした
待って、どうして、こっちを見てくれないの?どうして
真っ白になった頭で、去っていく真夜を追いかけようと足を動かしたのにそれを止めたのは父だった。
父は、僕の腕を掴んで睨んで威圧してくる
「全部、お前のせいだ」
どういう意味
父の言っている意味だ分からない
「お前のその怠惰が、全ての原因なんだ。彼女が、あの子が死ぬことも無かった。彼があそこまで変わってしまうことも」
「なんのこと?」
「分からないのか?シャリー卿に彼のこと話していただろう」
シャリー卿は、時折父に元を訪ねてくる男性。
確かに、話した。けど、些細なことだ。真夜と何をして遊んだとか、どんな話をしたかとか、何が好きか嫌いか、そんな他愛もないこと。それの何がいけなかったのか分からい
「奴は、彼を殺すために攫っんだ。」
「それは、父さんの方でしょう」
その現場を、僕は見ていた。あそこにいたのは、父と真夜の二人だけ。彼はいなかった。
「確かに彼を殺してこの世界が元に戻るのなら、そうした。けど、彼を殺したところで大切な人たちは戻ってこない」
その大切な人たちの中に僕は入っていない。兄と母のことだ
それを想うと、心がどす黒く染まる。
「彼を攫ってきたシャリー卿からここに連れて来ただけだ。お前は止められたはずだ。あの日、聞いていただろう。私たちの計画を」
「でも、それは真夜のお兄さんのことで」
「違う、次期当主は真夜君だ。それに、たとえ違うとしても警告しに行けただろう。お前の罪が、怠惰が全てを巻き起こしたんだ」
罪
不思議の国のアリスが犯した、大罪・怠惰
そんなもの僕に関係ないと思っていた。決してならないと。けど、違っていた。 “アリス” の罪は、僕の罪でもあるんだ。
兄さんが死んだのも
真夜が僕を見なくなったのも
僕が怠惰だったから
俺は、誰かの人生をめちゃくちゃにしてしまう化け物。
* * *
「貴方、来栖真夜の知り合いなの?」
王城内での勤務を終えた朝霞侑が帰路につこうとしているときだった。世界王の次女、斉宮雫が話しかけてきた。
二人はこれまで話したことはおろか、会ったことすらない。そのはずなのに雫はいつもと変わらず、眠たそうに侑の前にいる。
「昔、一緒に遊んだことがあるだけです」
何故そんなことを聞くのか疑問に思いながら答えた。
「そう、引き止てごめんなさい」
それだけ言うと立ち去ろうとする雫を侑は引き留めた。
「それが、そうかしたんですか?」
「別に、気になっただけよ。生まれ変わりを心底恨んでいる彼が貴方とは普通にいたから」
そう言われて先日のことを思い出した。あの時確かに人がいないことを確認したのに見られていたようだ。
「普通でしたか?」
真夜は変わった。目に見えて分かるほどに
「少なくとも私といるときとは」
そうとは思えなかったが、雫からはそう見えたようだ。
「そうですか」
嬉しい。他の人と俺との対応が違うことが。昔、少し遊んだくらいだったのに覚えていてくれたことも、俺だけは他とは違うことが。
「彼とは、もう会うなと言われるかと思っていました」
お姫様がわざわざ会いに来るくらいだ。何かしらの忠告かと身構えていた部分もあったから安堵した。
「そうね、彼と仲がいいとそれだけリスクがあるから会わない方がいいかも。でも、そこまで制約することは私にはできないもの」
リスクとは何だろう
そう侑が疑問に思った時だった。どこからか、斉宮灯音が走って来た。
「どうしたの?」
驚いた雫が問う。侑にとっては見知らぬ少女。だから、此処から去ろうとした時だった。思いもよらない内容に足が動かなくなった。
「真夜が、いなくなった」
切羽詰まった声。それだけ焦っていることが分かる。
「あら、そう。きっと逃げたのね」
灯音とは正反対に雫は落ち着いていた。
「探しに、連れ戻しに行く」
「駄目よ。外に出ることを許されないのよ、貴女は」
灯音のことが嫌いなのか、それとも真夜のことを毛嫌いしているのか分からないが雫は冷たく言い返す。
「連れ戻しにってどういうこと?まさか、連れ去らわれたの?」
嫌な予感がしてならない侑が、言った。
「部屋に戻ったらおいてあった」
そう言って灯音が出した紙には、
『来栖真夜を傷つけたくなければ、外に出てこい』
とあった。
「駄目よ」
雫がそれを読んで一言だけ言った。
「貴女が行く必要ない」
「どうして、真夜は私の側にいてくれる人なのに。私が行かなきゃいけないの」
灯音は、行くのが当たり前のように言う。それを、雫は首を縦に振らない。
「どうしても、と言うのなら彼を行かせなさい。貴女はここで待っているならいいわ。」
雫が侑を引き出した。しかし、灯音は納得がいかないような表情だ。
「いや、私が行く。私は、真夜を失いたくない」
どちらも頑なに自分の意見を譲らない。
「分かりました」
そう言ったのは、ずっと黙っていた侑だった。彼は、そう言うと灯音の手をとると彼女の歩幅に合わせて歩きだした。灯音も、雫も困惑する。
「待って、どこに連れていくつもり?」
雫引き留める
「真夜を連れ戻しにです」
あっさり言う侑。
「姫様は私に行かせろと言いましたよね。その私が誰を連れて行こうと私の勝手です」
「そう言うことじゃないわ」
雫は侑を睨みつける。怒っていると言うことが誰が見ても分かる。けど、今それを鎮めるだけの時間が侑にはない。
少し、だけど体感にして長い時間沈黙が続いた。そうして先に折れたのは雫の方だった。
「私も行くわ。貴方は私とその子を守りなさい。傷一つ付けず彼を連れ戻しに行くの。いいわね」
「承知いたしました、姫様」
不本意だと言わんばかりの雫に、侑は最上級の笑顔を向けた。
* * *
身に覚えのない体の痛みで真夜は目を覚ました。ズキズキと痛む体を無理やり起こす。寝ていたのは地面で、まったく知らない場所。
真夜の最後の記憶は、王都。灯音のためにお菓子を買いに行っていた途中で突然後ろから殴られたのだ。すぐに意識を失ったため、殴ってきた人物は見ていない。
このように突然の暴力に拉致は、子供の頃から何度もあった。そのたびに父か兄がすぐに助けに来てくれたし、十五歳以降なくなったから油断していた。
まさか、子供の頃のように父か兄が助けに来るわけないと思いここからどうやって出るか考える。
「目を覚ましたんだね、来栖真夜君」
そう言って現れたのは、黒色のスーツを着た男性。そして彼を守るように護衛が数人
「誰だ?」
男は真夜のことを知っているみたいだが、真夜は彼を知らない。
「ああ、ごめん。まだ名前を言っていなかったね。僕は、知念風雅だよ。以後お見知りおきを」
知念風雅を名乗った男は綺麗なお辞儀を見せた。
知念は、治癒系の生まれかわりを輩出する家系だ。また世界王の正妃である斉宮彩音の生家である。恐らく彼は王妃の身内だろう。その者がどうしてこんな人目のつかないところでこんな事をしていることをしているかすぐに察した。彼も欲しいのだ。王の座が。いつだって真夜を拉致した者の理由はそれだったから。
風雅は真夜に近づいてしゃがんで、真夜と目線を合わせる。
「君にお願いがあるんだ」
やっぱりか、考えることは誰でも一緒。でも俺の答えは決まっている
「あんたを主に選んで、世界王にしろだろ。答えは決まっている、いやだね」
真夜がそう言うと、風雅は驚いたような表情をしてすぐに面白そうに笑いだした。何が面白いのか分からず、真夜は眉を顰める。
「ごめん、余りに的外れだったから面白くてね、確かに世界王の座は魅力的だよ。でもね、そんなものより欲しいものがあるんだ。」
世界王の座以外でこんな事されたのは初めてで、何を企んでいるのか分からず警戒を強める。
「簡単だよ。子供でもできるお使いさ。少しの間だけここにいて、もし彼女が来なかったら彼女をここに連れてきて欲しいんだ。」
「彼女?」
「うん、君の最も近い場所にいる、斉宮灯音だよ」
そこで出るとは思わなかった名前に困惑する。
「何で、そんなこと」
「君には関係ない。」
ずっと気持ち悪い笑顔の仮面をつけていたのに、急に冷たく冷酷になった。が、それもわずかな間ですぐに人当たりの良い笑顔の仮面をかぶりだす。
「真夜君はここにいて、来なかったら連れてきてくれればいいんだ。簡単でしょ。」
「嫌だね。あの子はこんなところに来ないよ」
得体の知れない奴に、灯音を合わせられるはずがない。そもそも彼女は外に出られない。こんなところに来れるはずがないんだ。
「そうか、それは残念。せっかく手紙まで出してあげたのに」
ちっとも残念そうには見えない風雅。
手紙なんて、いつ、どうやって出した。もし、それを見て外に出てしまったらこいつの思惑通りになってしまう。
そうしようもない焦りが真夜を襲う。
焦りと不安で、周りの音が遮断される。それすら今の真夜は、気に留めることさえもできない。
次第に頭の中にノイズが響く。
『 一緒に来るかい? 』
薄暗い裏路地に座り込む孤児の
場面が変わりそこかの家敷。そこには先ほどの青年と女性。
『 初めまして、私は 。よろしくね、 』
何故か名前だけが、聞き取れなかった。
走馬灯のように、次々と彼女との思い出が映し出される。
そうして、ついにやってきてしまった最期。
最期の力で
そして、あかねは言葉を紡いでいく
『
一つは、私とあなたのために
一つは、誰かのために
最後の一つは、約束のためのもの
ずっと一緒だよ、ぜったいにはなさない、から
』
話すのもつらいはずなのに、彼女は力強く言った。
そう、確かに言ったのだ。けれど、俺はそんな記憶知らない。
ノイズから解放された頭がクリアになる。それまで、抱えていた焦りと不安が消えていた。
「それで、返事は」
聞いているようで、答えはイエスしか受け取らないような言い方。
風雅の問いかけで、今に戻る。困惑して何も言えずにいると、急に右頬がいたんだ。すぐに叩かれたのだと察した。
「なに無視してるの?下人風情が」
最初の紳士ぶりから化けの皮がはがれ始めてきた。真夜が、風雅に睨みつけるとさらに数発叩いた。
「生意気だな。例え来栖だろうと所詮は下人。生まれかわりに逆らっていいはずないんだよ」
また風雅が真夜に暴力を振ろうとした時だった。風雅の部下と思われる男が、何やら風雅に耳打ちした。それを聞いた風雅の顔が曇る。
「無視しろ。知らぬふりしろ。こっちの方が格上なんだ、黙らせろ」
「それは酷いんじゃないんですか?知念風雅さん」
苛立ちながらそう言った風雅に、返したのは彼の部下ではなかった。黒髪に銀色の目、整った容姿はどこか真夜と似ている。
いつの間に来たのか、男は風雅の影を踏み見下ろすように立っていた。
「真夜は俺の弟なんです、返してもらいますよ」
真夜は男のことをよく知っていた。
来栖竜二の第一子として生まれながら、来栖家の次期当主としての証が現れなかった。生まれ変わりでもなく、だたの下人でなく特殊能力を持つパンドラ。
幼い頃攫われるたびに助けてくれた、兄・来栖銀。兄弟仲はそこそこ良かったと思う。けど、母の死以降家を出た銀を真夜は、嫌い避けた。
「助けなんて頼んでない」
真夜は、銀を睨みつける。
「そこは嘘でもありがとうって言ってくれたらいいのに。さ、知念風雅ご同行ねが「しんやっ!!」
こんなところに来るはずのない人物の声。何でこんなことろに。誰もがそう思い驚いた。
灯音は、走って真夜の元に駆け寄る。その傍には侑と雫もいる。
灯音は真夜の所に行くと、怪我をしていないかぺたぺたと体を触って確認する。真夜の頬に叩けれた痕を見て
「ごめんね」
と、謝った。灯音が謝ることなんて何一つないのに。
灯音の泣き出しそうな顔を見て、真夜は違うと思った。こんな顔が見たいわけじゃない。笑って欲しいのに。頬を包む小さい手に自分の手を重ねる。それに驚いて伏せっていた目が真夜を合う。
その時だった
「斉宮灯音!」
風雅が彼女の名前を呼び叫んだ。灯音は驚いて体が震える。風雅は、酷く興奮しきっており怒りと憎悪で染まっている。
何でこんなにも灯音を憎んでいるんだ?
「お前のせいでっ、お前が生まれたから、彩音は力を失った。そのせいで、俺の計画も全て水の泡だ。だから、死んでくれ。母親のために」
どうして彼が灯音を連れてくるよう言ったのか分かった。奴は灯音を恨んでいた。殺したいほど。でも、力を失ったってどういうことだ。普通、出産しても力は失われない。
風雅が灯音に向かって持っていたのだろう、銃を向けた。しかし、その引き金が引かれる前に風雅は倒れた。まるで見えない何者かによって取り押さえられたかのような
動かない奴の前に立ったのは、雫だった。彼女は、風雅が持っていた銃を拾いそれをなんのためらいもなく彼に向かって撃った。銃弾は風雅の頬を霞めていった。
「何を「連れて行ってください。罪状は、来栖真夜に対する不当な暴力。また、下人たちを奴隷にしていたこと」
俺でも知らないことをこの人は、いつこんな情報を手に入れるのだろうか。いつも引き籠っていたと思えない。
真夜たちと背を向けるように立っている雫が今どんな表情をしているのか分からない。
銀が部下に指示して、風雅とその部下数名を連行していった。
「終わったわ、帰りましょう。」
雫は、そう言うと灯音の手をとり歩き出そうとした。
「送りますよ」
銀がそう提案するも、雫は断った。下人なんかと一緒にいたくないのだろう。
「来栖銀、知念風雅は貴方たちが捕まえた。私たちはここには来ていない、そうでしょう」
雫は、銀のことを知っているのだろうか。彼に命令する。
「もちろんです。灯音さん、真夜のことよろしくお願いします」
そんなこと言われると思っていなかったので、驚く。それは灯音も同じだったようで、目を大きく見開いたが、すぐに雫によって引っ張られるように歩き出した。それを追うように、俺と侑も後を追った。
大通りに出て、車を呼んで王城まで帰ることになった。
「ごめん、俺何もできなくて」
隣に座っていた侑が、急に申し訳なさそうに謝ってきた。どうして謝るのか分からない。
「彼は、私をあそこまで連れて行ってくれた。何もしてなくない」
灯音があそこまで来たのは、雫が連れてきたのではなく侑だったのか。
「ありがとう、助けに来てくれて」
これは本心。友人に嘘も良くないし。
侑は、驚いていた。
「別に行かなくてもお兄様が助けていたでしょう。無駄に危険な目に遭ったわ」
向かい側に座っていた雫が、不機嫌そうに外を眺めながら言った。
「聞いてもいい?そうして私を、連れて行ってくれたの」
「まだ大丈夫って思って後回しにして、取り返しのつかないことになるのはもうしたくないから。助けられるのに助けないのは、ただの怠惰だ。」
昔は、子供らしく何も知らずに笑っていた。だから、こんな強い意志を持った侑は初めて見た。
変わったんだ。俺とは違い、いい意味で。
「そうね。けど、それに縛られるのはあまりよくない。まるで罪人みたいだわ」
罪人、そう言った瞬間、侑と雫が反応した。
「貴方の
灯音の言葉を聞いた侑は、黙ってしまった。
その後、王城に着くまで誰も話さず、沈黙が続いた。
王城に着くと、雫が灯音を引っ張て行ってしまった。侑と真夜だけが残った。
「今日は、本当にありがとう。だから、謝んなよ」
「どうして、そう言えるんだ。俺は、助けられなかった。あの頃と一緒なんだ」
あの頃、そう言われて思い出した。母親だった人が死んで、すぐに攫われたことがあった。生まれ変わりではなく、恐らく下人の奇妙な雰囲気の男。そこから連れ出してくれたのは、侑の父親だった。あれを、侑も知っていたのか。
「違う、あの時はそうでも、今日はちゃんと来てくれただろ。ちゃんと変われたんだ。それでいいじゃん。灯音も言ってただろ、少しくらい怠惰でもいい。肩の力入りすぎ。また、あの頃みたいに遊ぼうな」
「うん、ありがとう侑」
そう言って笑った笑顔は、昔と何も変わっていなかった。
『 彼が、七つの大罪 怠惰 を背負う者だよ 』
頭の奥から、男の声が聞こえた。
七つの大罪 怠惰
不思議の国のアリス 朝霞侑
つむぐ クロレ @kurore
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