つむぐ
クロレ
第1話竹取物語
昔々、竹取の翁というもうありけり。
この世界には、二種類の人間がいる。
一つは、ピーターパンや雪女などといった物語に登場する者たちの生まれ変われたち。
彼らは二つに分けることができる。
代々、決まった物語の生まれ変わりを輩出する一族。その物語しか生まれないし、その一族以外には現れない。一族の長となるものは、名のある生まれ変わりだ。また、その血を薄くさせないために、血を途切れさせないために一族以外とは婚姻しないという。ここには、十二支などが入る。
そして、それ以外の物語は継がないが生まれ変わりを輩出する者たちだ。大半がここに分類される。
生まれ変わりは、両親が下人という場合もあるが、それは珍しくほとんどが生まれ変わりは、生まれ変わりが生まれる。下人から生まれたものは、一代限りの権力を与えられる。それを利用してさらなる権力を手にするために名家と繫がろうとする。
名のある生まれ変わるほど権力が強い。
その物語に由来する異能力を持つのが最大の特徴だ。例えば、雪女の生まれ変わりの場合氷の操作の操作能力といった感じだ。
もう一つは、それ以外の下人と呼ばれる者たちだ。
稀に能力持ちが生まれる。生まれ変わりとは違う彼らは、パンドラと呼ばれている。
下人が圧倒的に人口を占めており、生まれ変われたちは、少数だ。しかし、権力を持ちこの世界を動かしているのは生まれ変わるであった。彼らは下人には持っていない異能の能力を持っている。ゆえに、絶対的な権力を持ち、下人を蔑んでいる。
生まれ変わりと、下人が住む領域はしっかりと区別されている。下人が彼らの領域内に入ってはいけない。もし、無断で入れば、きつい仕置きが待っている。その逆は、許されている。下人は蔑まれ、生まれ変われは優遇される。この世界は、下人にとって生きにくい世界なのだ。だんだんと、その現状に疑問を持った下人たちは訴え出した。自分たちにも同様の権利を、と。しかし、生まれ変わるは聞き入れなかった。ついに下人は、生まれ変われの領域を襲いだした。領域の境界では、小競り合いが絶えずにいる。最近では、いつ下人と生まれ変われの大戦争が勃発されるか、という状況までに陥っていた。
この世界の絶対的君主、世界王。世界王は生まれ変わりから選ばれる。最近は、斉宮家がその地位に就いている。
王を決めるのは、王ではない。ましてや、絶対の権力でこの世界を牛耳る生まれ変わるたちですらない。その決定権を持つのは、下人である楠木の家系だ。楠木は、世界王を選び、傍で仕えるため生まれ変わりたちの住まう領域に居住することを許されている。楠木が王を選ばなかったことは、過去数回ある。しかし、そのどの年も飢が起こり、災害が起こっている。そのため彼らは楠木が王を選ぶことを容認しているのだ。
生まれ変わるでもなく、下人とは違い確かな権力を持つのが、楠木という一族だ。
そんな家系に生まれたのが、楠木真夜だった。
深夜は、現当主楠木竜二の第二子として生まれた。そして、次の世界王を決める権利を持つ次期当主である。
世界王を選ぶ家系。幼いころからいつか、その使命を果たさなければいけない日が来ると覚悟してきた。実際にその時が来てどうすれば、こんな面倒ごとから逃げ出せるかばかり考えてしまう。
深夜は、現世界王・斉宮優李を、前に考え事を悟られないために表情を取り繕っていた。
「久しぶりだな、
声をかけられて、下げていた顔を上げる。そこには、記憶よりも少し老けた王がいる。
「時間がない、単刀直入に言う。次の王を選べ。余の娘たちからだ。時間をかけても構わない。話は以上だ。」
優李は、そういうと部屋から出ていった。自身を王に選んだ者の息子だからと言って、下人に割く時間は無いのだろう。用件だけ言うと、さっさと出ていくのがその証拠だ。
現王は、余りにも傲慢だ。世界王は世襲制ではない。それを、分かっていないのか、それともわざと行ったのか。
馬鹿々々しい。
真夜は、小さくため息をついた。
翌日。真夜は、三人の女性の前にいた。彼女たちは、優李の娘たちである。
長女、斉宮千影。腰まである白銀の髪に青色の目。意思の強い瞳が印象的で、簡素なドレスを身にまとっている。歳は十九歳で、すでに成人しているため優李の手伝いをしている。シンデレラの生まれ変わり。
次女、斉宮雫。千影とは対照的な柔らかそうな漆黒の髪をハーフアップにして、眠たそうな瞳は緑色だ。落ち着いた色合いの袴姿で、ウサギのぬいぐるみを抱えている。十八歳と成人はしているが、ほぼ自室に引きこもっている。それは、彼女が眠り姫の生まれ変われでるためだと周りは言っている。
そして、三女、斉宮ゆの。高い位置に一つに結ばれた白髪は、老婆のそれとは違い若々しく輝いている。活発そうな碧眼は、深夜を興味津々に見つめている。歳は十六歳で、白雪姫の生まれ変わりだ。
「初めまして、来栖真夜です。」
真夜は、名乗り挨拶をする。
「父上から聞いているわ。一週間交代で私たちについてもらおうと思うの。いいかしら」
彼女たちは、初対面にも関わらず名乗りすらしない。相手は、自分のこと知っていると当然のように思っているのだ。ちなみに、千影の最後の問いかけは真夜に対して言ったものではない。雫とゆのに対するものだ。彼女たちは、深夜を完全に下に見ているのが良く分かる。
「ハイハイ、じゃあ最初はゆのがいい!」
元気よく勢い余り身を乗り出して言ったのは、ゆのだ。
「そうね、いいわよゆの。順番は回って来るもの」
「やった!」
千影が是を出すと、ゆのは嬉しそうに喜ぶ。
「次は雫で、最後に私でいい?」
千影は、雫に確認をとる。雫は、それに対して頷いた。
真夜と彼女たちが、会い数分の内に千影が全てを決めていった。
真夜は、この三姉妹の決定権を持っているのは、長女の千影であると察した。
「私はこれから仕事があるからもう行くわね」
そういうと、千影はさっさと出ていった。それを見て、真夜は父親にそっくりだなと思った。
「頑張ってね、ちい姉様。真夜、私たちも行こう。」
千影を見送ったゆのが、真夜の腕を掴み引っ張る。
「真夜、離れには行っては駄目よ」
真夜が襖に手を掛けたところで雫が言った。彼女は、こちらを見ることなく出されていたお茶を飲んでいる。
王城内にはいくつも離れ何てあるだろ、そもそも「行っては駄目」なんて、何かあるのか?
「そうそう、まだ知らないよね。城内の一番端にある小さい小屋みたいな離れがあるだけどあそこには化け物が住んでいるから近づいちゃ駄目だよ。まぁ、あそこまで行くことなんてないけどね」
ゆのが、念を押すように言う。
「それだけよ、もう行っていいわよ」
「はーい。行こう真夜」
再びゆのはそう言うと、深夜の腕を引っ張り歩き出す。真夜は、雫に一礼しゆのにされるがままついていった。
三姉妹に仕えるようになって早くも一周が回った。三人の側でやることはそれぞれバラバラで、休日はない。長女・千影は、執務をしているため必然的にその手伝いが主だ。次女・雫は基本自室から出てこない。だから、護衛のように部屋の前に立ち用があるまで待つ。彼女に関しては、やることが無いので自由はないが休みみたいなものだった。三女・ゆのは学生なので昼間は学校に通っている。その為、彼女がいない時間は使用人の手伝いか、父の執務の補佐をしていた。そして、ゆのが学校から帰ってくるとお菓子を用意して話し相手だ。
初回の一週間ずつ仕えてみたが、誰の側に居たいとも思わなかった。次期世界王の素質があるとしたら、唯一執務をしている千影だろう。王はただ指名すればいいだけなのに深夜に、命じたのは楠木が決めたというものが欲しかったから。わざわざ三人の中で、と選ばせたには間違えた王を出さないため。
このまま選ばずにいたら諦めてくれるのかな。それまでこんな茶番に付き合わなければいけないが、一生大嫌いな生まれ変われの側にいなくて済むようになれるかもと思えば耐えられるだろう。
ゆのの番が終わり、今日から一週間雫の番となった。
彼女の時が一番楽できる。部屋の前でただ立てなければいけないが、本を読んでいれば時間は過ぎていく。
さっきお茶を持ってきて、と言われたので厨房に行き用意してもらったそれを運ぶ。本来なら雫付きの侍女がやるのだが、彼女付きの侍女はいない。極力人と関わりを持ちたくないらしく、こうして何かを頼むときは近くにいた者に頼むのだ。
王城に通うようになって一ヶ月が過ぎたとはいえ広すぎるため真夜は完全に迷ってしまった。どうしたものかと思い誰かに聞こうとしようといつの間にか誰もいないところまで来てしまったらしい。
鮮やかに咲く花々に目がいく。休憩していこう、そう思い庭へと足を伸ばした。すでに待たせているのだ、もう少しくらい大丈夫だろう。きっと許してくれる。
真夜は、何も考えず奥に進んでいく。
しばらく歩くと、美しい庭から外れ雑草の放置された場所に出た。そこに佇んでいるのは寂れた人が一人住めそうなくらいの大きさの小屋が建っていた。
真夜は、導かれるようにそちらに向かって足を動かした。
小屋のドアは重そうな作りで、さらに南京錠が付いている。が、鍵は掛かっていないみたいだ。まるで何かをそこに閉じ込めているような重たいドアを開ける。
十五畳ほどの部屋には、最小限の灯りしか灯されておらず薄暗い。窓はついているが障子で外からの光を遮っている。さらには、窓枠には鉄格子までついている。壁際にはベッドが置かれているので、誰かが住んでいるのだろう。ベッド脇には書き物机と椅子が一組。大きな衣装箪笥。そして、それら以外の壁一面を覆う本棚。本棚に収納しきれなかったものだろうか、床にも本が散乱している。
部屋の中を観察していると、床に置かれている等身大の美しい一体の人形と目が合った。いや、違う人形じゃない人間だ。絹のような柔らかそうな漆黒の髪は、おろされ床に波のように広がっている。朱い瞳は宝石のように透き通り神秘的だ。その瞳が、驚いたように見開き深夜を見ている。陶器のような白い肌が、日に当たっていないことを示している。どこか雫に似ているが、彼女より恐ろしいくらい容姿は整っており、作り物めいている。
シンヤ
知らない、懐かしい彼を呼ぶ声。誰が呼んだのか、辺りを見わたすがここには真夜と少女しかいない。
「ニャー」
猫が鳴く。黒猫は、深夜の足元に来るとすりすりとすり寄る。
「あー、ごめん、道に迷っちゃって・・・君は、どうしてこんなところにいるの?」
思わず出てしまった言葉に、しまったと思った。こんな事初対面の相手に言うものじゃない。
少女は、深夜から目線を外し彼の足元、黒猫を見つめた。すると黒猫が深夜のズボンの裾をくわえて引っ張った。まるで、ついて来いと言うように。
真夜は、戸惑いながらされるがまま追いかけて行った。
小屋から出るとき少女の朱色の瞳は、真夜を映していなかった。
黒猫に案内してもらいようやく本館にたどり着くことができた。雫の部屋に茶器と持っていくと、彼女は怒ってはいなかった。そのことは、真夜はほっとする。
「遅かったわね」
茶器を渡したとき、そう言われてどきりとした。別に疚しいことをしたわけじゃないのだ、と落ち着かせる。
「すみません」
一応謝るが言い訳はしないでおいた。
翌日。真夜は小屋の前にいた。迷ったわけではない、雫に仕える暇な時間を使ってきたのだ。重いドアを開けると、牢屋みたいな部屋に少女はいた。
「こんにちは」
挨拶をすると、本にやっていた視線を真夜に向けた。
「・・・どうして、来たの?」
驚いた朱色の瞳が真夜を一杯に映す。そのことに、どうしようもない喜びが心を支配する。初めて聞いた彼女に声は、昨日聞こえてきた声より少しだけ大人びていて、落ち着いていた。ずっと、聞いていたくなるような、懐かしくって手放したくないと思わせるようなそんな声。そんなことを思ってしまった、どうかしてしまった自分を嘲笑う。本当は、来るつもり何てなかった。やることが無くてどうしようと思った時、少女の顔が浮かんだ。もう一度、会ってみたいと思ったから来たのだが、どうしてなのか聞かれれば答えることはできなかった。
「そうだ、これあげるよ」
そう言って、真夜は少女に近づきピンクの可愛らしくラッピングされたものを差し出す。それは、ここに来る前に城のメイドに貰ったものだった。
少女は、それを受け取り、リボンを解き中身を見る。中には、色とりどりの金平糖が入っていた。少女は、目を輝かせて次々と金平糖を頬張っていく。その微笑ましい光景に、自然と頬が緩む。
「また持ってこようか?」
真夜がそう言うと、心底不思議そうな表情を向けてきた
「なんで?あなたがわたしに、そこまでする必要ない。ここに来ることもない。」
「俺がここに来たいから。王宮内にいると息が詰まるんだよね。」
そう言って、愛想笑いを浮かべる。
それをしなくてもいい相手なのに
この世界の誰も俺のことを、世界王を選ぶモノとしか見ない。
何で俺がそんなことをしなければいけない。勝手にやっていろ。巻き込むな。こんな世界から逃げ出してしまいたい。
「 生まれ変わりなんて、いなくなればいいのに 」
そう言って、はっとする。こんな事この子に言って、どうするんだ。
謝ろうと彼女のあかい目と合った。
そう瞬間目の前の視界が、真っ黒に染まる。ただ視界に映すのは、赤い、紅い、朱い、目をした彼女だけ。
『 やっと、会えた 』
頭の中に響いたのは女性の声
何に?
誰に?
『 はやく、気づいて 』
「逃げたいの?」
彼女の言葉で、視界が元に戻る。
何が起こったのか分からず、真夜は茫然とする。
あの暗闇の世界も、女性の声も真夜だけに起こったことだった。
「逃げたいのなら、逃げ出せばいい。貴方は運命に抗うだけの力があるでしょう?」
初めてそんなことを言われた。
馬鹿らしいことをさせられながら、逃げなかった。それが運命だと諦めていたから。
「そう、だね。」
逃げ出してもいいのか。その言葉で、心が軽くなる。
「君は、逃げ出さないの?」
ふと思ったことを言った。その瞬間本に戻されていた視線が再びこちらに向いた。朱い瞳が驚いたように見開いている。彼女もそんなこと聞かれるなんて思っていなかったのだろう。
「私は、…私には、君みたいに力が無いから。」
「じゃあ、俺と一緒に逃げる?」
は?何言ってるんだ。一緒にだなんて。顔に熱が集中するのが分かる。
「ごめん、わすれ」
「そう、できたらいいのにね」
忘れて、という前に彼女が言った。笑って。初めて見る笑顔に見惚れてしまう。
彼女は、遠回しに無理だと、言ったのだ。それは、どうして?
俺が、来栖だから?
君が、ここに囚われたお姫様だから?
それとも、俺が下人で君が生まれ変われだから?
「そっか、冗談だから忘れて」
そう言うしかなかった。
ただ唐突に出てきた言葉にこんなにも気にすること無いのに、らしくないな。
「もう、戻った方がいい」
彼女に帰れと言われようやく気付いた。ここに来てずいぶん時間が立ったようだ。今、雫の番だがさすがに怪しまれる。
「…名前、教えて。あれは、真夜」
まだ、名前も知らなかった。これからもここに来る予定だから、名前くらい知らないと。何て、言い訳をして後少しだけここにいたい。
ここは、心地よすぎる。
「
「あかね」
小さく復唱する。彼女によく合っている、名前。
「また来るね、灯音」
そう言って、灯音のいるこの場所を後にした。
ずっと部屋に閉じこもっている雫は、俺がいないことくらい気にしない。だから、彼女たちの言う
その後も、雫の週のときの空いた時間を使って灯音のもとを訪ねた。
灯音の所で聞いた女性の声は、あれ以降聞こえることはなく、真夜は意味を考えることを忘れた。
* * *
最近人々の間では、ある噂が飛び交っていた。
その噂が、本当なら昔のような下人も生まれ変わりも無い世界になるかもしれないというもの。それはこの世界は、とある物語を守るために造られたシステムだと言うこと。生まれ変わり側は、この噂が事実でないことを言い、下人側は事実である証拠を探している。今となってはおとぎ話のようになってしまった差別のない世界にために。
真夜は、父・来栖竜二に呼ばれ、自宅の父親の執務室にいた。二人は、畳の上に向かい合って座っている。
真夜と同じ黒髪に金色の瞳、真夜に似た容姿。感情を知らないのでな無いかと疑いたくなるような無表情な顔。現世界王である斉宮優李を主と決めた。竜二は仕事のせいか忙しい人で真夜は、幼い頃から竜二と合う機会はめったになかった。
給仕が淹れてくれたお茶を飲んで、この沈黙をやり過ごす。真夜が執務室に入ってから数分が経った。が、竜二が話し出す気配がない。
何のために呼んだんだ?そう思っていた時だった。
「あの人の娘は、どうだ?」
竜二は、優李のことをあの人と言う。それがどうしてなのかは分からないが。
「分かりません」
あの三人に仕えたくないとは、思うがそれ以外の感情はない。だから、そう答えた。来栖家の当主としては、早く決めて欲しいのだろう。それとも、あの王に何か言われたか。だから、三ヶ月経った今、俺を呼んだのだろう。
「そうか」
返ってきた言葉は、それだけ。思っていない反応に驚く。
「それと、七つの大罪を集めろ、との命令だ」
七つの大罪、それは罪そのものというより、人間を罪に導く可能性があると見做されている欲望・感情(怠惰・傲慢・憤怒・嫉妬・色欲・暴食・強欲)を指す。かつて、七つの物語がそれぞれ罪を犯し、物語を破壊した。それが、この七つの欲望。真実かどうか定かではないが。
ただでさえ面倒事をしてあげているのに、ありも分からないことを何でしないといけない
「これは、カミからの命令だ。断らなかった。お前は、来栖の跡継ぎだからと」
カミ、は全てが謎に包まれた存在。何百年、もしかしたら何千年も前から生きていると言われている。この世の全てを見ている存在。
真夜があからさまに嫌そうな顔をするので、竜二はそれを告げたのだ。
俺が、来栖の跡継ぎだから?意味が分からない。しかし、カミからの命令だ、嫌でもするしかない。
憂鬱だ。
「分かりました。失礼します」
真夜は、そう言って軽く頭を下げて出て行った。
はやく灯音に会いたい。あの子の元に行けばこの荒んだ心も少しは、落ち着くかもしれないから。
翌日、真夜はすぐに灯音の元に向かおうとした。彼女の住む小屋の前。それを阻んだのは三女・ゆのだった。
何で、ここにいる。絶対にここに来ないと思っていたから、驚いて固まる。
「此処で、なにしているの?」
ゆのもどこか驚いた様子で、そう問うた。
言い訳が思いつかない。俺が、迷って此処に来たことじゃないくらいすぐに分かる。
「言ったよね、此処には来ないでって」
そういえば、言っていた。でも、此処にいるのは化け物じゃない。
「私が、此処にいるのは私の勝手ですよね。貴方に関係ない」
必要以上に関わりたくない。俺のプライベートまで干渉するな。あの子のこと悪く言うな。化け物なんて言わせない。
真夜は、冷たく言い放し敵意を露骨にゆのに向ける。
思ってもいない対応に、ゆのは狼狽える。
もういいだろ。どこか行って欲しい。早く、会いたい。
「真夜、ゆのに変わってもう一度聞くわ。何で、此処にいるの?」
そう言って現れたのは、長女・千鶴だった。
険しい顔をしてこちらを見ている。
同じことを聞くな。
何も言わずにいると、千鶴はため息をついて
「もういいわ。父上がお呼びよ、来なさい」
千鶴に連れられ、世界王のいる応接室に行った。そこには、すでに世界王、竜二、そして雫がいた。それを見て、すぐに察しがついた。ここで王を決めをと言うだろう。
「真夜、今此処で王を決めろ」
ほら、やっぱり。
「理由を聞いてもよろしいですか?陛下は最初仰いました、時間をかけてもよいと」
「言った。が、かかりすぎだ。いつまで待たせる」
この人は、何を言っているんだ?竜二が、あんたと出会ってすぐに主と定めたからそれを、俺にも押し付ける気かよ。傲慢にもほどがある。
「あれに会ったから、全てが狂ったのか。あいつは、何もかもを壊す化け物だ。」
その言葉を聞いた瞬間、覚悟が決まった。全てを捨て、あの子の側に堂々といる覚悟。吐き捨てるように言ったそれは、真夜を怒らせるのに十分だった。
「陛下」
真夜が言う前に、言ったのは雫だった。
いつもと違い真剣に、陛下を見据えている。相変わらず、何を考えているか分からない様子だがどこか怒りが浮かんでいる。
「何だ、雫」
「陛下は勘違いしてます。来栖は、主を選ぶのです。世界王を選んではいません。結果的に世界王となっているだけ。そうでしょう、竜二?」
いつも大人しい雫が、意見を言うなんて珍しくこの場にいた者は驚きていた。
「はい、姫様の仰る通りでございます。来栖が選ぶのは、己の主でございます」
陛下の後ろで控えていた竜二が、発言した。
「竜二、裏切るつもりか」
「いいえ、本当のことを述べただけです。来栖は、一度主と定めた者を見限ることはありません。」
きっぱりと言った竜二の言葉に、陛下は黙るしかなかった。
「真夜、貴方決めたのでしょう、仕えたい主を」
静かに、雫が言った。
何でこの人は、俺が今決めた覚悟を見破ったのだろう。沈黙が、真夜の答えを待つ
「はい。私の主は、斉宮灯音です」
灯音は嫌がるかもしれない。けど、俺が全力で支えるから、どうか側に居させて
「駄目よ!」
そう叫んだのは、千鶴だった。唇を噛み締めて、怒りのあまり小刻みに震えている。
「あれは、化け物よ。世界王にふさわしくない。私は、ずっと父上の仕事を手伝ってきた。世界王に選ばれるために、なのにあんな化け物にその地位を奪われるなんて耐えられない。」
「あの子は、普通の女の子だ。化け物なんかじゃない」
護身用に持っていた、短刀で千鶴の喉元に刃を突き付ける。それが、王族不敬罪だと分かっている。けど、彼女は俺の主を侮辱した。当然のことだ。
「真夜、やめなさい。陛下、もう終わりましたよね。失礼します」
雫は、真夜を諫めて部屋を出て行った。彼女に聞きたいことがあった真夜は、彼女のあとを追った。
「待ってください、雫様」
廊下で引き止めるのは、無礼だが気にしていられない。
「私、言ったわよね。離れには行っては駄目だと」
雫はそう言って、立ち止まり振り返る。怒りが抑えられない様子で、真夜を見る。
「あの人達は、欲深い。あそこに行って、あの子が傷ついたらどうするつもりだったの?貴方が、あの子を主と決めたから守られたけど、一歩間違えればあの子はあいつらの手によって殺されていたわ」
雫は、灯音のことをあの子って言う。灯音のことを、どう思っているのだろう。陛下、千鶴、ゆのは灯音のことを嫌っているように見えたが、雫の発言は彼女を大切に想っているように聞こえる。
「灯音は、優李様の末娘ですよね。斉宮灯音は、竹取物語・かぐや姫の生まれ変われって言うだけであんなところに閉じ込められているんですか」
竹取物語は、世界で最も古い物語。今まで、竹取物語の生まれ変われは現れたことはない。恐らく、灯音が初めてだろう。大切にしなくてはいけなく、同時に危険な物語。今の状況がひっくり返る可能性があるからだ。
これは、彼女自身から聞いた話だ。
「自分は、化け物だから」と、言った時に聞いたのだ。感情を殺して、何も感じないようにしていたのが痛ましくて、黙って抱きしめた。どんな言葉より、行動に移した方が良いと思ったから
「母は、あの子を産んで狂ったの。あの子が生まれた記憶を失って、心が病んでいった。それを全て、あいつらはあの子のせいにした。でも、かぐや姫の生まれ変われであるあの子を、殺すわけにはいかないから、あそこに閉じ込めたの」
狂った、と聞いて頭の中に浮かんだのは俺の母親。魔女の生まれ変わりだった母は、ある日予知夢を見てから変わった。優しかったあの人は、生まれかわりの力に飲み込まれて呪いの言葉を浴びせた。そして、あっけなく死んでいった。
「雫様は、灯音のことどう想っているんですか?」
「ただの妹よ」
真夜の質問にそれだけ答えた。そうとしか思っていけないかのような、それ以上のことを想ってはいけないような言い方。
「私、貴方があの子を選んだこと、認めないわ」
それだけ言うと、雫は歩いて行った。つまり、彼女は俺が灯音の側に居るのだけは良しとしないと言いうことか。
生まれ変わりは嫌いだ。けど、彼女は特別。生まれ変わりと知っても、側に居たいと思った。生まれ変わりとか、関係なく斉宮灯音だから側に居たいんだ。
もう、二度と失いたくない
『 へぇ、覚悟できたんだ 』
どこか茶化すような声が頭の中に聞こえる。今までの女性と違い、男性の声。低音で落ち着いた聞きなれたような声。
『 なら、離れないでね。絶対に 』
あんたは、誰だ。
なぜか、冷静でいれる。声に対して、質問できるほどに
『 そんなの今どうでもいいことだよ 』
と、一瞥される。どうでもよくない、こっちはお前らのせいで振り回されているんだから
『 今は、君のすべきことをすればいいんだ。これは君たち二人の物語だから 』
俺が、すべきこと?
二人の物語?
ドクン ドクン ドクン
心臓が大きく波打つ
『 ほら、呼ばれているよ 』
誰に?
『 あの子、に 』
・・・灯音?
なぜか頭に浮かんだのは、守りたい人
『 求めているんだよ 』
何を?
『
「真夜」
男と、灯音の俺を呼ぶ声が重なる。
どうして、此処に彼女が居る?
灯音は、あの小屋から出ようとしない。俺が、外に誘っても決して首を縦に振ってくれなかったから。
「灯音、どうしたの?」
声が震えてる。何をそんなに恐れているんだ。俺に言ったあの言葉が、頭から離れない。
男は言った、「 すべきことをすればいいんだ 」「 これは二人の物語だから 」と。俺が、すべきこととはなんだ?誰か教えて。これが、灯音と俺の物語と言うのなら、俺は結局操り人形なのか
「真夜を迎えに来た」
俺のために、こんなところまで来なくてもいいのに
「そっか、……灯音、俺どうすればいいのか分かんないや」
ぽつりと本音が零れる。言うつもりは無かったのに
この子から離れたくない、離すつもりもない。けど、灯音を主にしたくない。対等な立場にいないから
「俺さ、兄がいるんだ。頭もよくて、運動神経も良くて、何でもできる完璧な人。しかも、パンドラ。本来なら来栖を継ぐのは兄の方なんだ。けど、跡継ぎの印が出たのは俺の方だった」
来栖を継ぐ者は身体のどこかに印がある。印が出るのは、一世代に一人。
来栖の家に生まれたパンドラの兄と、何も持たない俺。どれだけ頑張って努力してもいつも前を行く兄。そんな兄は、あれが死んだ年に家を出た。
「どうして俺がって、ずっと思っていた。けど、あいつが狂っていくのを見て、その意味を理解した」
「あいつ?」
灯音が、聞き返す
「俺の母親。あいつは、魔女の生まれ変わりだった。魔女の力に飲み込まれて、徐々に狂っていった。毎日のように言ってたよ、「貴方は特別な存在。はじまりの者を王にする」って。毎日、毎日繰り返して、死んでいった」
あいつは、あいつらは俺を王を決める道具としか思っていない。
「俺の存在意義は主を、世界王を選ぶこと」
自嘲気味に笑って見せる。
灯音に会うまで、適当に主を見つけて、適当に生きていくつもりだった。
けど、灯音と出会って全てが変わった。俺は、俺の意思で灯音を選んだ。
「これから先どうすればいいのか分からない。もう、存在意義が無くなってしまったから」
「居場所が欲しいの?」
灯音の言葉が腑に落ちた。
「私には自由が無い。けど、この先の未来真夜の居場所が、私の所じゃ駄目?」
告白のように聞こえる言葉。きっと、そういう意味はない。
「どう、して?」
「私は、此処から出られない。」
それは、前にも言っていたこと。真夜が、「一緒に逃げようか」と、冗談で言った時灯音は、「そうできたらいいね」と遠回しに断ったから。
「真夜を巻き込んでしまうけど、私自身が真夜の居場所になる。存在意義がないなら、私がつくってあげる。」
「でも、俺は、」
ずっと、求めていたもの。来栖家当主としての決められてたものじゃなくて、来栖真夜だけのもの。それが、突然現れて戸惑う
「ごめん、無理強いはしないよ」
悲しそうに、そうなると予想していたかのように笑って灯音は、
「バイバイ」
と、言って真夜から背を向けて歩く。
小さくて、弱々しい背中。俺は、この子に世界王と言う役目を勝手に投げつけ、逃げ出すんだ。
《 居場所が欲しいの? 》
《 私自身が真夜の居場所になる 》
《 存在意意義が欲しいなら、私がつくってあげる 》
《 ごめん 》
《 バイバイ 》
心臓が縛られたみたいに痛い。
嫌だ、行かないで
『 ごめんね、真夜 』
蘇る、母の最期の顔。床に臥せって母親だったあいつは、申し訳なさそうな悲しそうに涙をこらえて精一杯笑ったのだ。なんで、今更と思った。今までさんざん呪いをかけたくせに
その母親の顔と、灯音の顔が重なる
遠ざかっていく灯音に向かって、真夜は手を伸ばすが届かない
嫌だ、いやだ、イヤだ。行かないで、
さっきまで石のように重く地面から離れなかった足が、軽い。強く蹴り上げ前に進む。行ってしまった彼女を、追いかけて手を掴んだ。驚いた灯音の歩みが止まる。
「えっと、その、」
何て言えばいい。
「これからも、灯音の所に行ってもいい?君の、居場所になりたい。駄目、かな」
そう言うと、嬉しそうに笑った灯音がこちらを向いた。
「ありがとう。居場所になってくれて。私も真夜の居場所だよ」
彼女の一挙手一投足に目が離せない。まるで、恋をしたかのように。
「帰ろう。私が、居るべき場所に」
それは、あの小屋のことだろう。窓のない、書物だらけのまるで牢屋のような離れ。
二人は、手をつないで歩き出す。
「たまにはあそこから出ない?」
あんなことろに居ても、灯音のためにならない
「許可が出たらね」
暗に無理だと言う、灯音。諦めているかのような物言いだ
「バレなきゃ大丈夫だよ。そういえば、どうやって出て来たんだ?」
あそこには、灯音が出れないように外から鍵が掛かっている。灯音一人では出てこれない。
「特別、って連れてきてくれたの」
「誰に?」
この世界に灯音の味方なんていない。誰がそんなことを
「雫」
灯音が答えたのは、その一言
あの時もそうだった。雫は、まるで俺と灯音が関わるのを良しとしていないように見えた。どうしてだろう
まあ、どうでもいいか。俺には、関係ないとこだか。
そんなことより
これからは、何があろうとも彼女の手を離さないようにしよう。失いたくないから
* * *
回りだした。呪われた七つの物語が、はじまりの者たちが出会ったことによって
呪われた少年・少女は出会う。はじまりの物語が引き起こした悲劇によって。彼らが出会うのは仕組まれた必然
悲劇は再び繰り返される
あるいは、もう一度訪れようとしている悲劇を引き起こさないように
彼らの物語は、動き出す
青年が一人、花壇に水をやりながら楽しそうに鼻歌を歌っている
「楽しそうですね、 様」
着物の上にエプロンを着けた少女が青年に言った。
「そうかな?」
「ええ、とても」
「君がそう見えるのなら、楽しんだよ。きっと」
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