第10話 おねぼうの朝はおおさわぎ!

 楽しい時間がすぎるのは、あっという間のこと。


「んーっ、風がきもちいね!」


 僕たちは、時計塔にある展望台へやってきていた。最後なんだし、せっかくだからね。

 夕暮れの風に吹かれながら、オレンジに染まるリンゴンの街並みを、鉄柵にもたれてながめる。


「絶景だなぁ。いろんなヒトたちがいて、いろんなことをしてる。……あれ? あっちに見えるのって、クリベリン邸じゃない?」


 ぐるっと見わたすうちに、ふと、目にとまるものがあった。こないだひと悶着があった、クリベリン邸だ。


「ずいぶんスッキリしたね」


「夫人とぼうやで、泣く泣くお片づけをしたらしいですからね」


 聞くところによると、騒動のあと、お庭を散らかされて激怒した庭師のおじさんが、ふたりをしこたま叱りつけたらしい。


「愛情をもってお手入れしてたお庭を、めちゃくちゃにされたんです」


「庭師のおじさんが怒るのも、無理はないよね……」


 ちなみに、『なにがあっても責任を追及しない』契約内容だったにも関わらず、傭兵の男性をけしかけてきた契約違反で、けっこうな金額の罰金がシュシュに支払われた。

 これは、夫人がドレスや宝石を売って捻出したお金なんだって。

 それを教えてくれたのは、クリベリンさん──騒動の次の日に大慌てでやってきた、夫人の旦那さんだ。


『事業でながらく留守にしている身ですので、家のことはいままで口出しをせずにおりましたが……このようなことになってしまい、たいへん申し訳ございません』


 夫人やぼっちゃんのわがままには、クリベリンさんも前々から悩まされていたみたいだ。

 お仕事がいそがしい分、不自由はさせたくないって思いで、黙っていたんだって。


 深々と頭を下げたクリベリンさんをじっと見つめていたシュシュが、しばらくしてかけた言葉がある。


『シュシュたちのことはいいので、もうちょっと、お話をしてあげてください。夫人と、ぼうやと』


 仕事がいそがしくてかまってあげられない。

 そんな負い目があるから、そっとしておくんじゃなくて。


『話せなくても、1行でもいい。仕事先からお手紙を飛ばすだけでも、よかったんだと思いますよ。ふたりにとっての旦那さんや、パパは、アナタしかいないんですから』


 シュシュの言葉を聞きながら、あぁ、そっか……って、僕にもわかったよ。

 夫人がドレスや宝石を買い込んでいたのも、ぼっちゃんがペットをほしがったのも、『楽しい気持ちになって、さびしさを埋めようとしたから』なのかもって。


 ハッとしたように目を見ひらいて、肩をふるわせながら、クリベリンさんはもういちど、深々と頭を下げた。

 彼はこれから、帰るべきところへ帰るんだろう。


 ──もう、大丈夫だね。

 彼ら家族の未来は、たいへんなこともあるかもしれないけど、きっと明るいものだ。


「なんか、ヒトって不思議だよね。僕たちが見ているのはほんの一部で、知れば知るほど、深い。それとおなじように、僕たちが住むこの世界も、もっとひろくて、知らないことばっかり」


 こないだこの街にきて、はじめて見る景色にはしゃいでた気がするのに、あっという間の7日間だった。

 名残惜しいけど、今日で終わり。


「知らないことは、知っていけばいいんです。そしてシュシュは、それを、キミといっしょにやりたいと思ってます。……ソラくん」


「シュシュ……わっ!」


 となりにいるシュシュへ向き直ろうとすれば、それより先に押しつけられる『なにか』があった。


「これって……」


「はじめてのお仕事、立派にお手伝いしてくれたので、シュシュからのプレゼントです」


「僕のために、えらんでくれたの……?」


「返品は受け付けませんっ!」


 わぁっと言いたいことだけまくし立てるシュシュ、それからひと抱えもある紙袋の中身を見て、思わず笑っちゃった。


 プレゼントは、ライトブルーのオーバーオール。

 それと、双葉リボンのバンダナとおなじ、緑色のハンチング帽。

 おやおや? どなたかとおそろいですね?


「ありがとう、うれしい……これからもよろしくね、シュシュっ!」


「んわわっ! そんなにふりまわされたらっ、腕がっ、腕がちぎれますぅ〜っ!」


 うれしくってうれしくって、にぎったシュシュの手をブンブン上下にふる。

 そんな僕のそばを、オレンジ色のそよ風が吹き抜けていく。


 ゴーン、ゴーン、ゴーン。


 まぶしい夕焼け色の街並みも、祝福のような鐘の音も、僕はきっと、忘れることはないだろう。



  *  *  *



 くすぐったいような気がして、ふっと、目が覚めた。


「んぅ……んん……」


 背中がちょっと痛い。でも、オレンジ色のふわふわしたものが目の前にあって、きもちよくて、すりすりとほほを寄せた。

 そうこうしているうちに、ぼんやりとした意識が冴えてきて、だんだんと昨日のことを思い出す。


「……寝ちゃってたぁ」


 時計塔からの帰りに、街でミートパイとカスタードパイをおなかいっぱい食べて、いつまでおしゃべりしてたんだっけ。

 話し疲れてシュシュがウトウトしてきたから、テントまで送ろうっておんぶして。

 それでシュシュを寝かせたら、僕も満足して、そのまま寝落ちちゃったみたい。


「んん……からだがバキバキだ」


 なにも敷かないで寝たからか、あちこち痛いかも。

 からだを起こしてのびをしたら、関節がポキポキ悲鳴をあげて、苦笑する。


「……ふぁ……ソラ、くん……?」


「あ、ごめん、起こしちゃった?」


 もぞもぞ、とみじろいだシュシュが、寝袋から抜け出してくる。


「おはよう、シュシュ」


「んー……」


「寝グセがすごいね。顔洗ってスッキリしておいで」


「んー……」


 これは、寝ぼけてるね。

 のそのそ起き上がろうとするけど、見てて危なっかしいったら。


「大丈夫? こけたりしないでね」


「んんんー……」


「わぁっと!」


 肩をささえようと手をのばしたけど、遅かったかも。

 寝起きでろくに手足の力が入ってないシュシュが、ふらついて僕のほうへ倒れ込んできた。

 とっさに受けとめたのはいいけど……


 むにゅ。


「……うん?」


 なんだか、やわらかいものをつかんでいる気がする。

 いま目の前にいるのは、シュシュだ。

 ってことは……え? まって。

 右手にふれてる、やわらかくてふっくらしたものって、シュシュの……えっ、えっ、えっ!


「うわぁあーーーーっ!!」


 僕、大絶叫。

 それもそのはず。


「おんな、のこ……シュシュ、女の子っ……!?」


 そんな大事なことに、いまさら気づいた僕自身にびっくりしたからです。

 ちっちゃくて細い子だなぁとは思ってたけど……まさか、まさか!


 べちぃんっ!


「いっっったぁ!」


「……ウー……」


「あぁっトッティ! ごめんっ! わざとじゃないの! ほんと、ほんっとに!」


「ウゥアアア……!」


「いたいっ、いたいよ! うわぁあっ!」


 さすがトッティ。早起きさんですね。

 シュシュの枕もとに植木鉢ポットが置いてあったから、一部始終をバッチリ目撃された僕は、激怒したトッティのツルにベシベシ叩かれまくっていた。


「まって、落ち着こうトッティ! シュシュもちゃんと服着ようね? ねっ!?」


「ん〜……」


 もともとダボダボなオーバーオールの肩ひもがずり落ちて、はだけちゃってるシュシュ。

 そこから白い首と肩が見えて……いやっ、けっしてやましい気持ちで見ていたわけではっ!

 服をととのえてあげたいのは山々なんだけど、トッティがね、近づけさせてくれないの!


「おねがいだから、シュシュ起きてぇ〜っ!」


「んむむ……」


 僕の切実な訴えも、悲しいかな。

 おねぼうさんは、まだ夢のなか。


 シュシュは起きてくれないし、トッティのツルには追っかけまわされるし、おおさわぎ。


「フワワ……」


 おねむ用のフラワーボウルで、白とピンクのお花といっしょにぷかぷか浮いたポポも、あくびをもらしてる。


 あたらしい場所へと旅立つ僕らの朝は、なんとまぁさわがしくて、ヘンテコだった。



【リンゴンの街編 おしまい】

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愛情カンスト! モン・シッター!〜(元)天才テイマーがモンスターのお世話をしたら〜 はーこ @haco0630

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