終話 ただ前だけを見据え
まず、バサラが先陣を切る。
抜き身の刀を大きく振りかぶり、背の高い男の体を袈裟懸けに斬ろうとした。しかし当然の如く、男の刀によって弾かれる。
カンッという金属音が響き、滑らせるように空を斬った男の刃がバサラの衣を斬り裂く。幸いにも肌には届かなかったが、バサラは背中から冷や汗が噴き出すのを感じた。
「バサラ!」
「オレは大丈夫! それよりもっ」
「くっ」
バサラの心配をした
傷を負うことはなかったが、
「お前、怖がってる。戦ったことも
「怖がってなんて、いられるか!」
ケタケタと嗤う男に腹が立ち、
「つっ!」
「お前、弱いな。木織田の陣にいる子ども、強いと聞いていたが。お前ではなく、あっちか」
「ま、待て!」
「バサラ! ……っくそ!」
歯噛みし、
(どうする?!)
決めるまで、一秒もない。
狙うのは、こちらを弱者として全く意識していない小太りの男の背中。音もなく息を吸い、
同じ時、バサラはもう一人と交戦していた。背丈の差もあり、どうしても押される。
男は背丈を活かし、刀を高速で振り下ろす。バサラはそれを躱すのに手一杯だ。もししくじれば、片腕や悪くすれば半身が飛ぶ。
「ほら、木織田の子どもは所詮子どもか? 最近入った新入りだろうが、もう虫の息ではないか」
「ふざ、けんなよ! オレはまだ諦めちゃいない!」
「そのようだが……俺の刀を弾き返してみろ。そうすれば、我が主、
「誰がっ」
蒙利の手の者だと言う彼らは、現在木織田の領地を狙う者たちだ。
列島の西側に広大な支配領域を持つ蒙利が今回狙いを定めたのが、目と鼻の先にある小国・烏和里であったという顛末である。広大な領地のわりに金山や銀山など金属採掘場を持たないため、他国との交易によってそれを得ているのが現状なのだ。
現蒙利の殿様は、そんな交易を煩わしく思っているらしい。過去にも何度か攻めてきた、と信功は苦い顔をしていた。
蒙利支配下の男に抗おうと、バサラは力が入らなくなってきた足下を踏ん張り、歯を食い縛る。しかしぷるぷると震えるだけで、相手の刀を弾くことは出来ない。
「そら、これで終わりだ。逃げようとしたって無駄だぜ?」
「なっ……」
男が指差した方向を見た時、目の前に切っ先が迫っているのを知った。
絶体絶命か、と思ったバサラは固く目を閉じる。
その時だった。
風を切る矢の音が鮮明に聞こえ、何かを突き刺す。
「ぐっ!?」
目を開けた時、バサラの首と胴体は繋がっていた。その代わり、足下に小太りの男が転がっている。
何が起きたのかわからず顔をしかめると、もう一度弓矢が放つパンッという音が聞こえた。
「な、んだと!?」
「バサラ、戻るぞ!」
「今の……
もう一人の刺客をも射倒し、
泥だらけ血だらけの二人が陣へ戻った時、勝敗は決していた。
木織田は、領地を守ることに成功したのである。勿論、信功と光明は無事だ。更に、小四郎たちも明るい顔で陣の方へとやって来る。
戦場は血と肉のにおいに満ちていたが、確かに烏和里は守られたのだった。
⚔
その夜、館ではささやかな宴会が催されていた。怪我人や死んだ者も多いが、最低限の勝ちを得られたことは大きい。館の侍女や家人たちは、いそいそと武将たちの間を抜けて行く。
そんな中、
「お二人が無事で、心から安堵致しました」
「オレはもうダメだって思ったけど。まさか、あそこで
刺客として放たれていた男二人を倒した
彼に対し、
「おれはただ、必死だったんだ。それに、武器を取らずにに戦うっていう自分の決意を自ら破ってしまったしね」
「だとしても、オレはお前が機転を利かせてくれなかったら死んでた。……ありがとな」
「……バサラが無事で、よかったよ」
真っ直ぐに感謝を伝えられ、
昔からこうだ。バサラはいつでも真っ直ぐで、素直な少年だ。対する自分は引っ込み思案で、いつもバサラの背中を追いかけて来た。
しかし、いつまでもそれではいけないのだと気付いたのはいつだっただろうか。
だからこそ、自分がこの世界に来たことで変わって来ていると感じる。それが、
願わくは、無二の親友と共に。
頬を掻く
「……お二人をお呼びして、本当によかったです。父上から先程聞きましたが、お二人が父上と光明様のお命を救って下さったのでしょう?」
「救ったというか、あれは光明さんが」
「そうそう、言っていたよな。光明さんが警戒しろって言ったって」
和姫に礼を言われ、
「光明様は、以前兵法の書の中で同様の場所における危険を知ったそうです。ですから、予防的にお二人を送ったのだとか。怖い思いをさせた、と悔いておられたようですよ」
「そんな! おれは、そのお蔭でようやく生きるために戦う決心がついたのに」
「……光明様は、あの一件でお二人のことを信じることにしたそうですよ。明日にでも、お話しなさってみてはいかがでしょう?」
「そうしようぜ、
「ああ、そうしよう」
「では、今宵はわたくしに付き合って下さいな。お二人のことを、そしてわたくしのことを互いに知りたいのです」
そう言って、和姫は茶をたてた椀を二人にそれぞれ差し出した。茶菓子と共に、穏やかな宴が開かれる。
これは、彼ら二人が烏和里から列島を統一する、その第一歩に他ならない。
婆娑羅を夢見る武士の戦記・始 ~気弱と豪胆の幼馴染二人組は、今日も戦国の世を駆ける~ 長月そら葉 @so25r-a
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます