魔王城とハロウィン
竹部 月子
魔王城とハロウィン
魔王様は日の沈む頃にお目覚めになり、身支度を整えると、決まって庭を散歩なさいます。
今日もたちこめる
魔王様と言えば、魔物の中でもとびきり強く、体も大きく、小者ならばにらまれただけで消し飛んでしまうような覇気に満ちたお方です。
しかし、お食事はあまり多く召し上がりません。代わりに必ず日替わりのデザートが必要でした。本日は赤い小さな実の乗ったプティングを、爪の先に挟んだスプーンで大切そうにお食べになったようです。
夕食が済んで、魔王様が玉座にお座りになると、謁見の時間の始まりです。
人間界で忌々しいイベントが迫っていることもあり、
「魔王様ご覧ください、今年も性懲りもなく人間どもはこのようなビラをあちこちに張り付けております」
スケルトンが掲げた紙には、カボチャとコウモリのポップな絵と共に「ムーンロード商店街ハロウィン仮装イベント」と書かれています。
魔王城にもマンガブームが吹き荒れ、古代ルーン文字は読めずとも、日本語に堪能な若い魔物が増えました。
「我らが出入口として使用している、パーラーゲッコウの地下駐車場にまでですぞ! 軽自動車しか回れんようなあの狭い駐車場まで……なげかわしい」
「肖像権侵害とかで、訴えるわけにはいかないのかな?」
物憂げな表情で前髪をかき上げたのは、ヴァンパイアです。
「黒いマントを着ればいいやって理由で、安易にボクの真似をするヤツが多すぎるんだよ。クオリティを大切にしてくれないとこっちの品位まで疑われちゃうだろう?」
一日のほとんどの時間を、鏡に映る自分を見ていると噂されるだけあって、語る仕草から視線の上げ下げまで、完璧に美しいヴァンパイアとはこうあるべきです。
「クオリティって言うなら、外見だけじゃないよぉ」
憤慨して進み出たのはゾンビです。ここ数年、素人仕事とは思えない高クオリティゾンビメイクが見受けられますが、何が不満だと言うのでしょうか。
「腐るってことをもっとよく考えてほしいんだよなぁ。どこから腐るか、どんな風に腐るか、真似っこしてる人たちには、内臓の傷み具合が分かってないんだよねぇ」
全くだ、とアンデット系の魔物たちはそろってうなずいています。
「魔王様、商店街の会長にビシッと言ってやらなきゃダメですよ。シャッター街みたいだったのを、我々がお惣菜を買って、小花柄のエプロンを買って、金物屋に包丁とぎまで依頼して支えてやったのに、恩を仇で返すようなことしやがって! 許せねぇ……」
ぐぬぬと、拳を握ったワーウルフは、上下セット998円で購入した裏起毛のスエットが手放せなくなっていました。
「そもそもハロウィンなんていうイベント自体がおかしいじゃありませんか、俺たちがいつ人間界で悪さをしたって言うんです。『お菓子くれなきゃいたずらするぞ』って、そんな理不尽な魔物がどこにいます?」
そうだ、あのイベントは魔界への侮辱だと、口々に声が上がります。
白熱する議論に、すでに時刻は真夜中。魔王様は皆からの意見をよく聞いて、手元まで回ってきた商店街のビラも、爪でつまんでじっくり読みました。
そしてふと、その中の一文に目を止めて、スケルトンに尋ねます。
「ああ、それですか。あの和菓子屋のじじいがね、洋菓子に魂を売ったんですよ!」
和菓子屋に通い詰め、どういう仕組みなのか「お腹まわりが太った」というスケルトンは、忌々しそうに手のひらを交互にスライドさせるジェスチャーをしました。
「スポンジ、マロングラッセ、カスタードクリーム、スポンジ、生クリーム、カボチャ型のチョコ! 仮装大会の参加者全員に配るハロウィンケーキだそうです。じじい……何で自慢の栗ようかんで勝負しなかったんだよっ!」
涙が光るスケルトンの肩に、魔王様の大きな手が優しく置かれました。
そして、玉座から立ち上がった魔王様は、猛々しく咆哮されます。
闇夜を切り裂く声に、全ての魔物はひれ伏し、パーラーゲッコウの駐車場までビリビリと震えました。しかし真夜中だったので、気づいた人間はいなかったでしょう。
「皆の者……出るぞ」
マントをひるがえして低く魔王様が言うと、魔物たちはわーっと大歓声をあげて仮装の準備に取り掛かります。
こうして、魔王城は明け方まで(紙や布を)切った張ったの大さわぎ。朝日が昇ってくる頃になって、みんな目をしょぼしょぼさせて眠りにつきました。
魔王様もお気に入りのパジャマとナイトキャップを身に着けて、お休みになる時間です。
さぁ、魔王様はどんな仮装をなさるのでしょうね。お知りになりたい方は、ぜひムーンロード商店街ハロウィン仮装イベントにお越し下さい。今ならポイント3倍ですよ。
魔王城とハロウィン 竹部 月子 @tukiko-t
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