Ex1. 水辺の願いはさざ波となって

※藤枝先生視点です。


「いかがでしたか? 続いての曲も静かでしっとりした曲です。次の曲は、『水辺に願いを』です。歌声合成ソフトで作られ、『歌ってみた』も多数投稿された、ニッコリ動画発の大人気の曲です。恋をした相手を想うがあまり、相手に会いたい、触れていたい、けれど、相手を傷つけるのが怖い。その溢れるような気持ちは、さざ波が立つ水辺だけが知っている。そんな切なくも美しい曲です。ユーフォニアムのソロにもご注目ください。」 

 吹奏楽部のステージパフォーマンスで、進行役の生徒のナレーションが次の曲を紹介する。

 今日は光北高校の文化祭。

 光北高校に赴任して1年目の私は、この高校での文化祭は初めてだけれど、生徒たちの頑張りの発表の場である文化祭はやはり素敵なもので、楽しそうに自分たちの成果を披露する生徒たちを見ていると、私も嬉しくて満たされたような気持ちになる。

 いよいよね。

 清永さんから、ソロを吹くから聞きに来てほしいと誘われて、可愛い教え子のお誘いならと、ユーフォニアムがよく見える上手側の席を確保して座っている。

 演奏前のチューニングの間に、清永さんが少しだけこちらを見た。きっと私の居場所は把握したのでしょう。……楽しみにしてるわ。

 指揮を振る山城先生が指揮棒を掲げて静かに振り下ろすと、演奏が始まった。

 初めて聞く曲ね。

 さっきの司会の曲説明によると、最近増えてきているインターネット発の楽曲らしい。

 私はそういうものにはとんとうとい。今日帰ったら、原曲を聞いてみましょう。

 それにしても……綺麗な曲だわ。

 私は原曲を一切知らないので、今聞こえている音楽や演出から想像を膨らませる。

 緑と青が混ざった照明がステージを彩っている。タイトル通り、水辺をイメージしているのでしょう。

 木管楽器の旋律が清らかな水を思わせる。

 この曲、どんな歌詞なのかしら。

 木管楽器たちの透き通るような旋律に聞き入っていると、山城先生が清永さんに合図を出していて、それを受けてあの子が立ち上がる。

 あ、一瞬だけど、私の方を見たわ。……聞かせてちょうだい、貴女の音色。

 清永さんのユーフォニアムが響き渡る。

 深く柔らかい音色が静かなメロディーを奏でる。そのメロディーと清永さんは哀しげだけれど、少しずつ清永さんの動きと音の広がりが大きくなっていく。まるで何かが溢れているかのように。

 そんな広がったメロディは一度静まり、祈るように穏やかな音色となって終わりへと向かう。

 素敵よ、清永さん。

 メロディーに合わせて少し身体を揺らす清永さんはまるで歌っているようで、彼女の表現したいものが彼女全てから溢れ出ているみたいだった。

 清永さんのソロが終わり、一礼をして座り合奏トゥッティに戻っていく。

 清永さんが一礼から顔を上げたとき、私の方を向いてきた。

 素晴らしかったわ! 清永さん!

 きっと客席の私からでもあの子に伝わるはず、そう信じて私はあの子に拍手を贈った。


 吹奏楽部の発表が終わって私は、ライブやダンスのパフォーマンスも鑑賞し、そして実行委員会によるフィナーレ、光北ダンスに参加して、その後職員室へ戻り、多少の雑務を片づけて、自宅へ帰ってきた。

 実家暮らしで、定年間際の親が作った簡単な夕食を食べてお風呂に入り、一息ついたころにはもう23時頃だった。

 文化祭翌日も授業はあるのでほどほどに寝ないといけないが、私は自室のパソコンを立ち上げる。

 『水辺に願いを』の原曲を聞くためだ。

 検索サイトで『水辺に願いを』と入力して検索を実行すれば、すぐに動画投稿サイト「everytube」の動画が出てきた。

 everytubeは世界的な動画投稿サイトで、ニッコリ動画よりも動画の投稿数が多いらしい。こちらにも『水辺に願いを』の動画があるようで、どうにかオリジナルと思しき動画へとたどり着くことができた。

 泉のような場所で緑色の髪をした女の子が歌っている1枚のイラストが背景で、透き通るような歌声は歌声合成ソフトによるものであるようだ。

 クレジットによると、伴奏も音楽作成ソフトで作られたものらしい。これが楽器の生音ではないなんて。すごい技術だわ。

 そしてこのイラストの、緑色の髪をした女の子が歌声合成ソフトのキャラクターらしい。

 今はパソコンだけでこんな音楽が作れてしまうのね。

 と、感心しているうちに私は、オリジナルの『水辺に願いを』に聞き入っていく。

  


   さざ波に 私は願う

   逢いたいと 恋しい人に

   触れたいと 貴方の肌に



   だけれども 私は怖い

   貴方から 嫌われないか

   貴方をいつか 傷つけないか



   だから私は 心を決めた 

   私は秘める 私の恋を

   私は言わぬ 貴方が好きと



   水底に 沈めた想募そうぼ

   誰知らぬ はげしき恋慕れんぼ 

   水面みなもに映る 溢れる熱情ねつじょう



   涙は流れ 起きるさざ波

   波が貴方を 濡らしたならば

   届くでしょうか 私の恋は



 こんな歌詞だったのね。

 秘めたる恋、言えない恋、でも溢れる想い。ロマンチックね。

 この人はどんな人に恋をして、涙を流しているのでしょう。

 清永さんは、この元の歌を聞いたのかしら。ええ、きっとこの歌を聞き込んだのでしょう。あんなに表情豊かに、思いが溢れているみたいだったもの。

 清永さんも、誰かに恋をして、そんな切ない思いを抱いたことがあるのかしら。

 そんなに清永さんに好かれているなんて。どこの誰なのかしら。羨ましいわ。

 ……羨ましい? 何故? 彼女は生徒の一人でしょう?

 ……清永さん?

 ふと、昨日の清永さんの様子を思い起こす。


--「ごめんなさい。先生。今は、言えません。」--


 まさか。そんな。昨日の貴女の言えなかったことって。

 ねえ、清永さん。もしかして。

 貴女がこの歌に託した、貴女がさざ波に託した想いって。

 ……清永さん。

 どうして、私はこんなに落ち着かないの。

 もしも、清永さんが、私のことを……好き、なら。

 どんなにか、嬉しいことなのかしら。

 ……嬉しい?

 私は一体、さっきから、何を考えているのかしら。

 明日も授業があるので、パソコンを閉じてベッドに入る。

 しかし、なかなか寝つけなかった。


 どうして私は……こんなに清永さんのことが、気になるのかしら。

 

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恋を知らない女子高生は女教師に恋をした 星月小夜歌 @hstk_sayaka

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