Ex. 葉櫻の追想 芽吹く若葉
私が初めて、図書室を訪れた日のこと。
「あの…。」
藤枝先生に思わず見とれてしまい、クラス中で笑われた現代文の授業……の翌日。
昼食後のお昼休みに、私は図書室を訪れた。
カウンターには、藤枝先生が座っていた。
「あら。ええと……。ごめんなさいね。この時期は一気にたくさんの生徒の顔と名前を覚えなくてはいけなくて……ちょっと待って。」
藤枝先生は、ローズピンクの口紅が塗られた口元に右手を当て、私の顔をじっと見て考え込む。
名前を思い出そうとしているのだろうが、その白く綺麗な顔と吸い込まれそうな黒い瞳で見つめられると、なんだかどきどきしてきて、目を合わせられない。
だって、授業の時より、距離が近いんだもん。
うん、本当に綺麗な人だな……。
ずっと見ていたい……。
あれ、藤枝先生、なんかうっすら笑ってるような……?
私、そんな変なことしてます? ……昨日、先生の顔に見とれてましたね。
もうこの段階で変なことしてましたし、また先生に会うために図書室に来てますし。
……私のやってること、ストーカーみたい。
「うーん……。ああ、思い出せたわ! 貴女は2年の清永さんね?」
「はい、2年3組の清永琴葉です。この時期の先生って大変なんですね……。」
「良かった! 今日の授業で私の顔をじっと見てたから、印象に残ってて。でもまだ覚えが合ってるか自信が無くて。」
やっぱり。顔をじっと見てた子として覚えられてる! うわーん! 恥ずかしい!
「ああああっ!! もう!」
恥ずかしさのあまり、何も言えないし顔がどんどん熱くなっていく。
「ああっ! ごめんなさい! 貴女の思い出したくないことを言ってしまって!」
「なんで藤枝先生が謝るんですか! 変なのは先生の顔を見つめてた私のほうですう!!!」
もう駄目だぁ!! もう藤枝先生に変な子と思われちゃった!!
「私、貴女のこと変だとは思ってないわよ?」
「……え?」
……藤枝先生? ほんとですか……?
「しっかり私の方を見て授業聞いてくれたんでしょ? それのどこが変なの?」
「あの……。」
本当は先生が綺麗だから見とれてました。
でも、せっかくなんかいい雰囲気になってきたのにここで本当のこと言ってさらに幻滅されるのは嫌だ。
だから、そういうことにしておこう。
嘘ついてるみたいだけれど、先生にこれ以上変に思われたくない。
「それに。図書室に来てくれて嬉しいわ。私が授業で入ってるクラスでは、図書室の話もしてるんだけれど、実際に来てくれたのは貴女が初めてよ。貴女、本が好きなの?」
ごめんなさい。これも先生に会いたくて来てるだけです。本は好きですけど。
……そういえば、この図書室の品揃え、全然知らないな。
「本は……中学までは読んでましたけど、高校入ってから忙しすぎて全然読まなくなって。藤枝先生から図書室の案内されて、どんな本があるのかな、って気になったんです。」
「やっぱり、進学校だと忙しくて図書室に来る余裕も無いということなのかしら。ここ、割と豪華な品揃えなのよ? 公立高校には珍しくCDまで持ってて。まあ、クラシック系と伝統芸能……落語とか能とかね、しか無いけれど。」
「え、そうなんですか。」
それは初耳。ちょっとずつ、気になる本を読み進めてみようかな。というかCDって。いつか吹奏楽部で役に立つかな。
「清永さんはどんな本が好きなの?」
「えーと……。雑多過ぎて自分でもよくわからないというか……。とりあえず、青い鳥文庫はすっごい読んでました。あとはその……文庫本で表紙が可愛いやつ……。」
「表紙買いね。最近のは本当に可愛いのが多いわよね。清永さんは割となんでも読みそうね。それならいっそ、私の趣味でオススメしちゃおうかしら。」
え、先生の趣味の本!? それは一番聞きたいです!
「え、藤枝先生の好きな本ですか!?」
先生が嬉しそうに微笑む。……と思ったらすぐに表情が少し暗くなってしまった。
え! 私また何かやらかしましたか!
「……と思ったけど、よくよく考えたらここの図書室には、私の一番好きな本は無かったわね……。ごめんなさい。新しく本を買うときに一緒に入れておくわ。」
「そんなこと出来るんですか。流石図書室の先生です。先生の好きな本がどんななのか楽しみです!」
「うふふ。入ったらまた教えるわね! ……ねえ、教室にそろそろ戻ったほうがいいんじゃないかしら? もうあと5分くらいしかないわよ?」
「うわぁ。もうそんな時間! ありがとうございます。遅刻するところでした。それでは、また来ますね!」
もっとここにいたい。藤枝先生とお話していたい。でも、戻らなきゃ。
私は急いで教室に戻る。
藤枝先生、素敵な人だなあ。
藤枝先生とお話していると、時間なんてあっという間。
もっとお昼休みが長くなればいいのに。
こんなに一緒にいたくなる先生って、初めて。
藤枝先生が異動してきてくれて、嬉しい!
これからよろしくお願いします。藤枝先生。
3ヶ月後……。
夏休み直前の7月。
ある日の現代文の授業後。
「清永さん、少しいいかしら?」
「なんでしょう?」
「あのとき言ってた、私の好きな本、図書室に入ったわよ。」
「本当ですか! お昼休みに図書室行きますね!」
「ふふ。待ってるわ。」
同日。お昼休み。
友人とお昼ご飯を食べてから図書室へ向かう。
友人たちと喋るのも楽しいけれど、藤枝先生と話しているのは特別に幸せ。
……あれ、そういえば、なんでこんなに幸せなんだろう。
ウキウキしているうちに図書室に着いたが、中にはまだ誰もいないようだ。
先生もお昼食べなきゃだし、お忙しいよね。
図書室の入口の前で待っていると、後ろから声をかけられた。
「清永さん!」
「藤枝先生!」
「お待たせしてごめんなさいね。」
「いえいえ、先生もお昼ごはん急いで食べたとかだったら申し訳ないです。」
「そんなことないわ。さあ、入りましょう?」
藤枝先生と一緒に図書室に入り、藤枝先生についていくと、
“ 新着図書 貸し出し可能です。 ”
と綺麗な字で書かれた看板のあるテーブルに案内された。
藤枝先生はテーブルから一冊の文庫本を手に取って渡してくれた。
『木漏れ日書林の日記帳 屋久杉木陰は優しく佇む 』
「これ、3年くらい前から刊行されてるシリーズものなの。今出てる分は全部揃えたわ。表紙も可愛いし読みやすいし、何より読んだらほっこりすること間違いなしよ。新刊が出たら随時入れるわ。」
藤枝先生から受け取った本の表紙には、眼鏡をかけた黒髪ストレートロングに薄い水色のブラウスと紺色のロングスカートを纏って書店の軒先に立つお姉さんが描かれていた。この女性がタイトルにある屋久杉木陰なのだろうか。
「可愛いです! 早速借りていきます!」
先生もこういう可愛い表紙の本を読むんだ!
「うふふ。貴女に気に入ってもらえて嬉しいわ! じゃあ貸し出し手続きをするわね。」
藤枝先生はカウンターに入り、貸し出し手続きをして本を渡してくれた。
「ありがとうございます。読んだら感想言いますね!」
「うふふ。楽しみにしてるわ!」
千利に頼まれてコッペリアの資料を探しに行った時もそうだけど、授業での藤枝先生はあんまり笑わないのに、図書室で本の話をするときはすっごく嬉しそうに笑うし、なによりその上気した笑顔がすごく可愛い。
ずっとその笑顔を見ていたいです。
またお昼休みが終わる5分前になるまで、私と藤枝先生は『木漏れ日書林の日記帳 屋久杉木陰は優しく佇む 』の話をしていた。
<後書き>-------
(2022/11/04 追記)
時系列としては、前半が『2. 桜と共に櫻子先生』の翌日、後半が『5. 暑い図書室と熱い吹奏楽コンクールと 後編』と『6. 恋心は甘い調べに誘われて 1』の間です。
好きな人の好きな本を好きになりたい……。
そのメンタルは身に覚えがありすぎる星月でした。
好きな人の好きなものって、どうしてあんなに魅力的に映るのでしょうね。
作中の
『木漏れ日書林の日記帳 屋久杉木陰は優しく佇む 』
も架空のタイトルです。
毎度こういう架空タイトルを考えるのに時間がかかってますが、これはこれで楽しいです。
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