KAKERU

きみどり

KAKERU

 もきゅもきゅと上下する頬っぺたを見て、僕は目を細めた。

 娘の美羽みわは嬉しそうにハンバーグを頬張っている。普通の時でもふっくらぷくぷくな頬っぺたは、頬袋に宝物を詰め込んだハムスターみたいにさらにまあるくなっていた。

 多分、娘の頬っぺたには幸せが詰まっている。



 月に二回、火曜日。僕と美羽は一緒に夕飯を食べに行く。

 というのも、妻とは離婚しており、普段僕と美羽が会うことはないのだ。


 すれ違いの末の離婚だった。お互いを大切に思う気持ちはまだあったのだが、だからこそ今のうちに別れたい、と妻は言った。


 妻の言葉は正しかった。お陰で、僕らは今も穏やかな気持ちで会うことができている。


 家族という形が欠けてしまってから、こうした時間を持つだなんて、皮肉なものだ。最初からこうやって妻や娘と向き合っていれば、別れるという選択はしなくて済んだのかもしれない。

 しかし、失ったからこそ、より一層大切にできている。とも、情けない僕は思ってしまうのだ。




 美羽の最後のひと口を見届けて、僕は自分の鞄の中をあさった。

「今日は美羽にプレゼントを持ってきたよ」

「えっ! なに!?」

 美羽の視線がパッと僕に飛んできて、もぐもぐしている口の端が上がった。

「じゃーん!」

 美羽のくりくりな目がさらに大きくなる。

 プレゼントに飛びついて、まじまじと見つめた彼女は、それからやっと口の中のものをゴックンとして、ヒマワリみたいな笑顔を咲かせた。

「かわいいーっ! すごい!」

 歓声を上げて、美羽はそれをギュ~ッと抱きしめた。

「パパ、ありがとう!」

 弾けるような笑顔を向けられ、僕の胸は幸せでいっぱいになった。

「ほら。お絵かき帳も持ってきたから、さっそく使ってごらん。なんと、黒色のお絵かき帳だ!」

「くろ!? すごーい!」


 プレゼントというのはラメ入りのペンセットだ。前に会ったとき、お絵かきが好きだと言っていたのだ。

 すぐに美羽は封を開けて、スケッチブックの紙が黒いことに感動しながら全色を試し始めた。


「キラキラがはいってる! おほしさまみたい!」

 子どもならではの思い切りのいい動きで、美羽はスケッチブックのど真ん中に色を塗り重ねていく。それに満足すると、今度は星をいくつもいくつも連ね始め、真っ黒だった紙はすぐにキラキラで満たされた。

 星にも満足すると、お次はスケッチブックを上下に二分する色の川の両岸に、人らしきものを描き始めた。上のスペースにはキラキラで大きな目のお姫さま。下のスペースには、こちらは素朴な目をした、多分男の人。


「もしかして、天の川と、織姫と彦星?」

 自信満々に僕はそう聞いた。が、美羽はニコニコとしたまま首を振った。

「ちがうよ。こっちがミワで、こっちはパパ!」

 娘が自分を描いてくれた! という予想外のハッピーに、僕は幸せが溢れだして満面の笑みになった。


「このアマノガワはね、かようびなの」

 空いているスペースにハートを描き足しながら、美羽は言った。

「火曜日?」

 美羽が頷く。

「ミワはオリヒメでね、パパはヒコボシなんだよ!」


 それを聞いた僕は、なんとも複雑な気持ちになった。美羽は無邪気な様子だが、その奥にはやはり、寂しさのようなものがあるのではないか。


 大切に思い合う気持ちはある。

 でも、もう僕らは家族ではない。


「……火曜日以外にもパパに会いたい?」

 そう言いそうになって、慌てて口をつぐんだ。そんな自分勝手なことを娘に聞くなんて、どうかしている。

 子はかすがいではない。織姫と彦星の間に橋を架けるカササギでもない。




「へえ、そうなんだ! 美羽はすごいなあ! こんなにも上手に描けるなんて!」

 僕がそう言うと、美羽ははにかむように笑った。

「パパのこともこんなにカッコよく描いてくれて、めちゃくちゃ嬉しいよ!」

 その可愛い笑顔がうるっとぼやけた。

「パパ……? ないてるの?」

 僕は片手で顔半分を覆って、口だけニカッと笑って見せた。

「そうだよ。美羽にカッコ良く描いてもらえて、嬉しすぎて泣いちゃったんだ!」


 涙をぬぐって視界を取り戻すと、美羽はぷにぷにの頬っぺたをキュッと上げて、この上ないニコニコ顔を浮かべていた。

「ねえ、パパはなにをおねがいする?」

 ドキッとしたが、スケッチブックには縦長の四角が書かれている。七夕の短冊のつもりなのだろう。

「そうだなあ。美羽の頬っぺたがもっともちもちになりますように、かな!」

「なにそれえ!」

 ケラケラと笑う美羽。それを見て僕も、心の底からほほ笑んだ。

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KAKERU きみどり @kimid0r1

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