第4話

「暇だろう? 出掛けようか」

 沖田が仕事でおらず、中庭で素振りの言いつけを守っていると晴明がやってきてそう言った。素振りしているのを見てなかったのだろうかと思いながら、持っていた木刀を下ろす。

「どこに行くんですか?」

「会わせたい人がいてね」

 首を傾げる。自分がここに何をしに来ているのか知っている人間は限られているはずだ。

「晴明さん、京の地理わかるんですか?」

「庭のようなものだからね」

 はあ、と返事をして凪は晴明と屯所を出ることになった。

 この時代の服は土方が用意してくれた。彼が店になんと言って着物を選んできたのかはわからない。

 歩きながら、晴明はここは何通り、ここは何の橋と教えてくれたので、凪の頭の中でも現代の地理と一致させることができた。

「着いたよ」

 晴明が凪を連れてきたのは寺だった。

「ここは……」

「金戒光明寺。会津藩の本陣だよ」

 えっ、と漏らす凪の声など聞こえなかったかのように、晴明はすたすたと中に入ってしまう。門番とは既に顔馴染みなのか会釈なんかされている。凪は慌てて後を追った。

「安倍殿。今日は何用か? 上様は大変お忙しい身であることはご存知かと思うが」

 重役らしき男が出てきたが、渋っているようだった。あまり歓迎はされていないようだ。

「ああ、知っているけど、通して欲しい。松平殿には、こう伝えてくれ。『ナギを連れてきた』と」

 そう言うと、重役は目を見張って凪を見て、「少し待っているように」と言って奥へと消えた。

「あの人私の名前知ってました?」

「あとで説明するよ」

「待たせたな。二人ともついてきなさい」

 重役が戻ってきて、松平容保との謁見の場が用意された。

「晴明殿、凪殿、よくぞ参られた」

 松平がにこやかに出迎えてくれた。重役はその場から一礼して立ち去った。

 この場には、会津藩の殿様と安倍晴明、そして一般人の凪がいる。どういう状況だ、と内心思いながら、精一杯失礼のないように振る舞おうと思う。首が飛びかねない。

「して、破敵剣はーー」

「はい、ここに」

 晴明が指を一振りすると、何もないところに刀が現れた。凪は見るのは初日の夜以来だが、そのまま倒れたので初めてまともに見ると言ってもいい。至って普通のの刀にしか見えない。

「元興!」

 松平が大声を出すと、襖が開いて控えていたらしい男が部屋に入ってきた。

「お呼びでしょうか」

「刀を確認せよ」

「では、失礼しまして……」

 元興と呼ばれた男は、晴明から刀を受け取ると、それをまじまじと確認した。だが、さほど見ないうちに、松平に視線を戻した。

「間違いなく、私が先日打った刀にございます」

 その言葉で、この男が刀工であることを知る。だが、何かおかしい。

「打ったばかりの刀が、どうして私の体内にあったんですか?」

 凪がつい疑問を漏らす。

「その説明は私がしよう」

 晴明が言った。

「この時代で最初に破敵剣を持つはずだった娘は、既に死んだ」

「え?」

 驚いて目を見張る。晴明は構わず続けた。

「君と同じく戦うことを知らぬ娘だった。死影に負けてね。何とか遺体は残ったから、破敵剣と共に埋葬したんだ。ーー生まれ代わったその娘が、その剣を持って生まれるようにと」

「生まれ代わりって……私がその人の生まれ代わりだっていうんですか?」

 輪廻転生なんて信じていない。それこそファンタジーだ。だが、ここにいるのはあの安倍晴明。そのくらいやってしまうのかもしれない、と思ってしまうほど現代で安倍晴明といえば何でもできるスーパー陰陽師だ。

「二百年もかかるとは思わなかったけどね」

 晴明は言う。

「この元興殿は会津藩お抱えの名工でね。彼の刀を今代の守護剣と破敵剣にさせてもらった」

「名工など……恐れ入ります」

 元興が頭を下げる。会津から京まで松平が連れて来るくらいには信頼のある刀工だということは間違いなさそうだと凪は素人ながら思った。

「なるほど……ということは、その先代? の破敵剣の持ち主が亡くなってさほど経っていないのでは?」

「うん、ちょうど一月前くらいかな」

 京に不審な和装の男が現れ出したのもその頃だった。沖田が凪を探し出したのは、先代が亡くなってすぐだったのだと知る。

「もしかして先代も私と同じ名前だった……?」

 あてずっぽうで問いかけると、晴明はにこりと笑った。

「察しがいいね。その通りだよ」

「なるほど、それで私の名前が既に通ってるんですね……」

 別に珍しい名前でもないので驚くこともない。

 沖田と先代は知り合いだったのだろう。守護剣と破敵剣は兄弟刀だと言っていた。沖田は一体、どんな気持ちで死んだ先代の生まれ代わりを探したのだろうか。思わずそんなことを考える。戦うことを知らぬ娘だったと晴明は言った。だから、自分に稽古をつけているのか?

「ところで、敵は幕府って聞きましたけど」

 考えを横に置いて、問いかける。

 この時代は開国してまだ年月が浅い。誰もが外国勢力を追い払おうとする攘夷の実行をしようと進めているところだったと凪は認識している。

「そう考えている、という段階だ。明言するのは避けて欲しい」

 松平が渋い顔をした。

「死影が現れたのは黒船がやってきて以降なのだ。そうなると、開港を決めた幕府が何か秘密を握っているに違いないと踏んでいる」

「でも、条約締結した井伊直弼はもう殺されてしまったでしょう?」

 桜田門外の変は安政七年の事件だ。現在は元治元年。四年前の出来事だった。

「うむ……だから、詳しく知る人間がいるかどうかは定かではないのだが……」

 松平が言葉を濁す。

 つまり、確たる証拠が幕府にあるわけではない。それなのに、自分はここに死影を倒すために呼ばれてしまった。幕府とも争わなければならないかもしれない。ということだ。

「破敵剣と守護剣がどういうものか知っているかい?」

 光明寺からの帰り道で晴明がそんなことを問いかけて来た。破敵剣は会津藩が保管していた鞘に納められ、凪が抱えて持っている。

「いえ、知らないですけど」

「元々、百済王からの貰い物でね。焼失してしまったから、私と賀茂君で再作成したんだ」

「再作成? 何か儀式とかに使ってたりしたんですか?」

「そう。先帝から新帝へ渡すものなんだ」

 晴明は続ける。

「守護剣は文字通り天皇を守る剣。そして、破敵剣とは天皇からの全権に代わって敵を討伐する大将軍に与えられた節刀だ」

 凪は思わず足を止める。

「な、なんでそんな意味の剣を再現したんですか!?」

「あれ、言わなかったかな。これは朝廷からの密命だよ。『死影をなんとかせよ』『幕府を調査せよ』ってね」

 数歩遅れて足を止めた晴明が、振り返ってにこりと笑った。

「ぴったりの剣だろう?」

 何を言っているんだろうこの陰陽師。凪は目の前が真っ暗になりそうで頭を押さえた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

陰陽デュエット 長月 @nagatsuki_rh

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ