第47話

 わたしには正座というものが向かないと再確認した。足が、痺れを通り越して存在を消したようだ。

 ダメだ。

 この姿勢のまま横に倒れ、血流再開ののち、すこしづつ膝を伸ばす。そうでもしないと足がとれてしまう。ふくらはぎは太ももの裏を押すし、畳はスネを押すし、膝は錆びてぼろぼろに崩れそうだ。

 よかった、みんな立ち上がるみたいだ。

 床に手をつく。

 ゆっくり、ゆっくりだ。

 体を横に傾けて、

 うぅ、片足に体重がかかる。

 だが、乗り越えなければならない。

 よし、お尻をずらして畳についた。

 お尻から痺れが全身に響く。

 お尻まで痺れていた。

 カカトのせいだ。

 あとは一気に。

 わたしは正座の格好のまま畳に横たわった。

「ひさしぶりだったから仕方ないよ、愛音ちゃん。動きは昔通りロボットだったし」

 美結ちゃんはなぐさめているのか、ケナしているのか。きっと自分でも意識していないだろう。

「なるほど、これが有名なアザラシっすね」

「美結ちゃんの裏切りものー。緒沢くんにバラしたねー」

「愛音ちゃん、しどひよ。わたしは、愛音ちゃんが足が痺れてアザラシになった中学の思い出なんて語ってないよ」

「おほほほほほ?お話してしまってはいけなかったかしら?」

 サオリ先輩め。またよくわからない高飛車なお嬢様になっている。お茶目なことをしたつもりなんだろうけれど、ちっとも笑えない。

「あっ、こら。撮るな、こんな姿を撮るんじゃない」

 緒沢くんはさっさと保存してケータイを仕舞った。なぜ緒沢くんまでお茶会に呼んだんだ、美結ちゃんのバカー。

「現物を目にしてしまえば、お話を聞いていようといまいと関係ないっすけど」

 わたしの横にしゃがみ込む。

「こんなことになるまえに足を崩せばよかったんすよ。副署長はええカッコしいっすね」

 負けん気が強いといってほしい。

 世話の焼ける子だとでもいうように、背中に手をまわして上体を起こす。

「あぎゃーっ」

 カカトが畳について、

 シビレの大波動が全身を駆け巡った。

 緒沢くんの腕を振り払って、またアザラシにもどる。

 余計なことをするな。

 わたしはまだじっとしていたいのっ。

 血のつぶつぶが細い血管を進んでゆくのが感じられる。

 足はすこしづつ伸ばしてゆく。

 くしゃって丸めた紙がすこし膨らむように。

「わたしはね、考えるのは苦手だけど覚えるのは大の得意なの。この屈辱一生忘れないから」

「まあ」

 サオリ先輩と美結ちゃんが顔を見合わせている。

 しまった。そうではない。

「ちがう。そういう意味じゃないから」

「わたしたちなにもいってないけど?愛音ちゃん」

「愛音ちゃん、顔真っ赤だよ!デレたってやつだよ!こんな愛音ちゃん、はじめてみた」

 嘘だ、そんな外から見てわかるほど顔が赤くなんてなるはずない。アニメじゃないんだから。

 ただ、体中が暑いのは確かだ。

「そういえば、わたしの結婚式のとき愛音ちゃんがブーケを取ったんだよ」

「あれは取ったといわない。それに香澄ちゃんにパスした」

「香澄ちゃんは恋愛波乱万丈だから、いつ結婚するか、何回結婚するかわからないよ。詳しい話しちゃう?」

「逮捕しないと美結ちゃんを黙らせることができないみたいね」

 そうはいっても身動きが取れないのだけれど。アザラシのつらいところ。

「愛音ちゃんはね、生まれたときからわたしのこと守ってくれてたの」

「幼馴染なんすよね」

「言い換えたら母性本能がすごいの。緒沢くんのことも守ってあげたいって思ってるんだよ」

「ちがっ」

「いや、おれが副署長のこと守るっす」

 なにそれ。あんたになんか守られるほどか弱くない。

「これからも副署長の護衛するっす」

「護衛なんて頼んでない」

「署長から命令されたんす。副署長が現場に出るから護衛しろって」

 あの署長、余計なことを。過保護か。そういえば、最初に現場に行けって言ったとき、警察手帳を用意してくれていた。

「緒沢くん、それ監視の間違いでしょ」

「え?監視役?護衛って言ったと思うんすけどねー。聞きまちがいっすか?」

 すくなくとも一度は言いまちがったようだ。

「わたしの護衛なんてね、めちゃくちゃ強くないと務まらないんだよ」

「おふたりさん、いつまでもじゃれてると、置いてくよ。イタリアンのお店に移動するんだからね」

「おふたりさんじゃなーい!」

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副署長は治療お断り 九乃カナ @kyuno-kana

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