また一緒に食いに来ようぜ。

「んまいだろ? トノサマバッタ!」

「んまかったです……」

「イイモン食えただろ?」

「イイモン食えました」

「松丸、お前イイヤツだな!」

「イイヤツです」


 そこで松丸は急にぐでっと静かになって、それからまた急に、仰け反って喉を掻きむしり始めた。

「どうした松丸っ!?」

 虎太朗が叫んだのと同時に、中年たちが駆け寄ってきて松丸を取り囲んだ。


「まずいぞ! こりゃ虫アレルギーじゃないか!?」

「呼吸困難を起こしてる!」

「えっ。でも、松丸、甲殻類食えるって――」

「甲殻類アレルギーがないからといって必ず虫アレルギーがないわけではない。過去にはアレルギーを持っていない人が重篤な状態になったこともある」

「店長、救急車!」


 店長が慌てて電話に手を伸ばした時、松丸の口から蚊の鳴くような声が絞り出された。

「違……すみません…………僕、アルコール弱くって……さっき、一気飲みしちゃったから……うぅ」

 周りは呆気にとられた後、「なーんだ!」と胸を撫で下ろした。






「酒飲めねーなら飲めねーって言えよ!」

「すみません……」

 回復した松丸に、虎太朗は説教をたれていた。

 松丸はペコリと頭を下げてから、またお茶を飲んだ。蚕の糞茶だ。


 蚕は桑の葉だけを食べて生きている。その糞は桑の葉の栄養や蚕の体内の蛋白質を含んでおり、中国では蚕沙さんしゃと呼ばれ、漢方に用いられている。

 その優しい緑茶のような味わいに、松丸は胃からほっこりと温まった。


「誰だい、呼吸困難なんて言ったのは?」

「いやあ、慌てるとついつい間違っちゃうね。ガハハ!」

 雰囲気も和やかだ。


 みんなでつまんでいるのはセミの幼虫の燻製。もう夏は終わってしまって、残念ながら採れたて新鮮食材とはいかない。それでも、皮から弾ける肉感とナッツの香りに、全員で「んまい、んまい」と舌鼓を打った。


「松丸、他にもさ、んまい虫が色々いんだよ。カミキリムシの幼虫なんかはあのファーブルも認める味だ!」

「幼虫か……抵抗あるな……」

「な、また一緒に食いに来ようぜ。俺がイイモンもっと教えてやるよ!」

「うーん……」

「で、代わりにさ、俺に虫取りのコツ教えてくれよ。松丸、田舎出身なんだろ?」


 人懐っこく話しかけてくる虎太朗に、松丸はふっと笑みを漏らした。

「そうだね。それで貸し借り無しだ」

「っしゃー!」


 未知の食世界に、甦る童心。

 松丸の胸は、まるで少年に戻ったかのようなワクワクに満たされているのだった。















※※※※※


お読みいただきありがとうございました。

ここからは注意書きです。


食べるという行為にはリスクが伴います。

昆虫を初めて食べるときは体調の良いときを選び、少量から始めてください。

甲殻類、貝、軟体動物、ダニアレルギーの方はアナフィラキシーを起こす危険があるので食べないでください。(なお、アレルギー持ちでないからといって絶対に症状が出ないとは言い切れません)

食中毒の予防のため、昆虫には必ず十分に火を通してください。


この小説をきっかけに昆虫食を試したくなった方は、以上のことをよく理解し、自己責任でお願い致します。


また、この小説に登場する料理は創作です。もし似た商品や料理が存在しても、実在のものとは関係ありません。

味の描写についても、松丸はそのように感じた、と捉えてください。



最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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松丸と虎太朗 きみどり @kimid0r1

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