いただきまーす!
「タガメ!? こんなにおいしいのに!?」
「松丸さん、タガメのオスはフェロモンを出していて、それが洋梨みたいな香りなんだよ」
「日本産のタガメは保護種だから食用禁止。おいしかったからってコタみたいに網持って出掛けないようにな!」
またゲラゲラと笑い声が上がる。
虎太朗は大人にやり込められた悪ガキみたいにぶすっとしていた。
その顔が、一転してパアッと輝く。
「お待ちどおさん。天ぷら定食だよ」
注文していた「いつもの」の本命はコレだったらしい。虎太朗と松丸の前に、四角いお盆の定食が差し出された。
「ヤッター! いただきまーす!」
虎太朗は子供みたいに大喜びすると、すぐに引き寄せて、一心不乱にがっつき始めた。
一方、松丸は死刑宣告された気持ちだった。虎太朗が勝手に頼んだ定食。一体どんな地獄が待っているのか。
皿に横たわる様々な虫、芋虫の蠢く混ぜご飯。そんなホラーを想像して、松丸は身の毛がよだった。
覚悟を決めて、恐る恐る見下ろしてみる。と、それは意外にもごく普通の定食だった。白米、葱とワカメの味噌汁、たくあん、しば漬け、そしてメインのかき揚げ。
最悪の想定は免れた。
しかし、かき揚げと思ったものに違和感を覚える。衣の中からピンク色が見え隠れしているそれは、よく見ると皿に山盛りにされた、たくさんの小振りな揚げ物だった。
天ぷら定食、と言われたのだから、かき揚げでないのは納得できる。松丸のただの見間違いだ。
でもその山盛りにされたひとつひとつを更によく見てみると、衣の中から見え隠れしているピンク色は、虫の顔や脚だということが判明した。
「バッタ……」
「トノサマバッタだ。食べ応えあってんまいぞ! 今が旬なんだ。松丸も食ってみろよ!」
松丸のそれが絶望だと気づかず、虎太朗は嬉々として言った。
松丸は自分から魂が抜けていくのを感じた。視界がぐわんぐわん揺れて、境界がにじみ出す。しまいには世界がゆっくり回転し始め、もう何がなんだかわからなくなった。
思考が鈍る。
すると、適度にぼやけた天ぷらが、ただの小エビ天に見えてきた。ちょうど色も同じだ。
朦朧としながら、松丸は自分でも無意識に、箸に手を伸ばしていた。
天ぷらをつかみ、添えられていた塩をちょんちょんとつけ、そして、口に運ぶ。
カリッとした食感の後に、香ばしくも甘い、小エビのような味が広がった。
ひとつ、またひとつ。箸が止まらない。
白飯をかき込み、味噌汁を啜る。
「なんで旨いんだよぉ!」
松丸は半べそでそう言って、ガツガツと定食を平らげた。
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