最終バグ・時給250円で得られたもの
「ど、どうっすか?」
来賓の待合室から出てきたエイルが妙にそわそわしながら聞いてくる。
出雲には何故彼女が挙動不審な素振りをしているのか理解出来なかった。
何故なら今のエイルは誰の目からみても絶世の美女だったからま。
主張が激しすぎない赤い煌びやかなドレス。
素材の良さを引き立てる薄目の化粧。
そして、綺麗に
まさに天使と形容出来るほど綺麗だった。
それは何時も一緒にいる出雲でさえ見惚れてしまうほど。
今の出雲達は正義の味方係である。
普段は他の係とそう変わらない軽装をしている2人も、王族のダンスパーティーに来賓として呼ばれたとあっては正装は必須だ。
出雲もまた恥ずかしくない格好で身を固めている。
「良いんじゃないか?」
「もっと気の利いた台詞はないんすかぁ!」
全力で文句を受けてしまったがこれでも限界だ。
普段は頭の悪い行動をしているおかげ見た目の良さが中和されているが、容姿を前面に押し出して来るのは話が違う。
どうしても照れが入るのは当然だ。
「馬子にも衣装だな」
「騙されないっすよ! それ褒め言葉じゃないっすよね!」
「日常とのギャップがたまらんな」
「それ日頃の私は綺麗じゃないってことっすか! もう本当に出雲は天邪鬼っすね!」
エイルがそっぽを向く。
素直に褒められないせいで、気を悪くさせてしまったようだ。
決してダメだと思っているわけではない。
褒めようと口を開くと心がむずむずするのだ。
「今の私は出雲より偉いんすからね」
少女がぼやく。
彼女が言っていることは本当である。
ジャパルヘイムの管理責任者は、フラウからエイルへと譲渡されていた。
女神曰く、
「貴方は欲よりジャパルヘイムを選んだのだから、世界の運命に責任を持ちなさい」
とのことだ。
転んでもただでは起きない。
いや、果たして転ばせることが出来たのかも分からない。
ずる賢い気分屋。
それが女神フラウという存在なのだ。
(本当に面倒くさい)
女神に「自由研究なのだから発表する場があるのは当然でしょう」とほくそ笑まれた時は、流石の出雲でもストレスでハゲそうだった。
神の一言で、終わりだと思っていた異世界の品質を上げるための活動を続ける羽目になってしまったのだから。
「管理者って言ってもお飾りだろ。管理権限本当に貰ってんのかぁ?」
「ふっふっふ。見て驚くなっすよ」
天使が胸を張りながら指をスライドする。
すると、エイルの正面にデバッカーにしか出せないはずの画面が出現した。
「デバッカー権限を貰ってるっすよ! ふふーん、これで私も出雲と同じっす」
「管理者権限じゃねーじゃねーか!! それじゃあ俺とやれることは変わらんだろ!」
「ここを見るっすよ」
青髪天使がウィンドウの左上を指す。
そこには非常に小さな文字で『管理者代理』と記載されていた。
「どうっすかこれ!!」
「あぁ? で?」
「『で?』って何すか! やれることは同じでも肩書は出雲より上っすよ上! 敬うっすよ!」
「はいはいそうだな。こんなでかいお城に来れてエイル様様だわ」
「結局馬鹿にしてるじゃないっすかー!」
美少女が頬を膨らませながら地団駄を踏む。
「っと、こんなことしてる場合じゃないな。馬鹿なこと言ってないで行くぞ」
「あ、ちょっと。置いてくなっすよー!」
早足で歩きだした出雲の後ろを慌てて天使が付いてくる。
成長したとはいえドジなのは早々変わらないわけで。
ドレスの裾を踏んで転んでしまうのは自明の理だった。
「ぬぅわっ!?」
(ったく)
未来を予想していた出雲が優しく抱き締める。
瞬間、脳を刺激する良い香りが鼻孔を通して伝わってきた。
「大丈夫か?」
「……ありがとうっす」
体勢を立て直したことを確認して、天使の柔らかな体を離す。
「綺麗なんだから、見た目に相応しい振る舞いをしろよな」
何気無く放つ。
出雲の中では注意喚起のつもりだった。
だが、天使の受け取り方は違ったようだ。
「今何て言ったっすか?」
「だから綺麗なんだから、見た目に──」
言い掛けて自然と詰まってしまう。
自分でも何を言ったのか気付いてしまったから。
「ふふふっ」
にやけ顔を差し向けてくるエイル。
弱みを見つけたことに歓喜しているようだった。
「気色の悪い顔をするな」
「何時もと比べて文句にキレがないっすねー。このこのー」
胸元から天使に頬を突かれる。
こればかりは本気で殺意が沸いた。
「ちゃんと素直になれるじゃないっすか。毎回そうなればいいっすのに」
(くそっ、調子に乗りやがって。こうなったら吠え面をかかせてやる!)
彼女の肩をおもむろに掴み、少しだけ距離を離す。
そして一旦間を置いてから、思い切り抱き締めた。
「ふぇ!? い、い、出雲!?」
「そうだよ。お前は綺麗だ。美しい。とても素敵だ」
「ふえあっ!? 何言うんですかぁ!?」
天使の頬と耳が徐々に赤みを増していく。
だがそれは出雲もまた同じだった。
彼女を騙しているはずなのに、何故か頭に熱が籠ってくるのを感じた。
「ずっと一緒に居よう!」
(あれ? 何でこんなこと言ってるんだ、俺?)
「ふぁ、ふぁい。出雲が」
まるで乙女の顔をしたエイルがこちらを見つめてくる。
こんなはずではない。
おかしい。
ちょっとからかってやるだけだったのに、何故か変な方向に進んでいた。
「あー、あの、エイル。これは」
「ぷ、ぷくくく」
馬鹿な行いに気付き、元の軌道に修正しようとしたところで不意にエイルは笑った。
「
「おま、騙したな!?」
「騙される方が悪いんすよ。それにこういう悪いことを教えてくれたのは出雲っす」
言われてみればそうだ。
「でも、ま」
「うん?」
「一緒に居たいというのはそこまで嘘じゃないっすよ」
自然な笑顔を見せながらエイルは言った。
これには出雲も敗北を認めるように笑い返した。
「そうだな。俺も嘘じゃない」
彼もまた本心を口にする。
エイルと居ると心が落ち着く。
それは紛れも無い事実だったから。
バグだらけの世界のデバック。
大変な仕事のはずなのに、彼女とならやり遂げられる気がする。
今も。これからも。
そんなことを思った時だった。
いつの間にか廊下の奥に居たこの国の王子に加え側近と目が合った。
どうやら一部始終を見られていたらしい。
しかも、王子の方は出雲達よりも顔を真っ赤にしていた。
直後、予想だにしなかった信じられないことが起きた。
『ぬおおおお!? 尊いああああああっっ!?』
唐突に王子が木っ端微塵に爆発した。
「うおおおおっっ!? おうじぃぃぃぃっっ!! 王子が爆発したぁ!?」
城中に響き渡るほどのボリュームで側近の男が叫ぶ。
「「うわぁ……」」
出雲とエイルは凄惨な光景を前にして同じ言葉を口にする。
そして同じことを考える。
この世界はまだまだバグに満ちている。
バグから解放される日はまだまだ遠いようだ、と。
異世界をデバッグするだけの簡単な仕事です ~でもバグだらけなんて聞いてない!~ エプソン @AiLice
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