実家の犬をモフるため、悪い人間を腐らせる必要があります。

@rinrikan0

第1話

実家の犬をモフるため、自分の呪いを解きに魔王の討伐に行くことにした。


元々先祖が魔王にかけられた「自分が触れた生き物が腐り始める」という呪い。


俺には家族とまともに顔を合わせられる相手がモフという犬と里親の爺さんしかいない。モフは賢く俺の手に触れてはいけないことを理解して共同生活を送っていたが、モフももう歳だ。モフを存分に撫でくりまわしたい。


呪いを解くには魔王の討伐が必要だと先祖からの伝聞だ。だから魔王を倒してモフと世界中のふわふわの生物たちを撫でるのが俺の夢だ。


爺さんは魔王討伐に行くと言った俺に、

Tシャツで行くのか?

と聞いた。中途半端な格好するよりもお前の筋肉と魔族のような厳つさを貫き通せ、と言って、俺にゴテゴテのアクセサリーや上下真っ黒な服、そして魔王のようなマントや杖といったアイテムを寄越して着なさいと言った。

ついでに剃り込みもいれよう、と気がついたら俺は坊主頭に剃り込みをいくつか入れられていた。

爺さんはロックバンドが好きで、いつかバンドをプロディースするためにこういったコスチュームを持っていたようだ。そして爺さんは僧侶であるため俺と坊主頭をお揃いにしたかったようだった。


基本服装にこだわりのない俺は好きにさせた。こんなだが育ての恩がある。遊ばれているのは分かるが我慢だ。


俺のペットの犬のモフは、俺の足元のお気に入りの低反発クッションに沈み込んでいた。


「モフちゃん。どうかな?かっこいいかなあ??」


モフと話すときはどうしても甘い声になってしまう。決してわざとではない。俺の見た目と相まって客観的に見ると少し犯罪臭がするレベルだ。しかしこれもモフの可愛さ故だ。


モフはいつもなら俺が立ち上がると、とことこと足元にきてすり寄ってくれるが今日の格好は不合格だったらしく、顔を一回上げてからあくびをして寝てしまった。あくびもかわいい。


ちなみに俺は村人から怖がられている。それは俺の呪いで誰かを腐らせることになるかもしれないため極力人を遠ざけていたこともあるし、単純に見た目のインパクトが強いせいでもある。

俺の呪いは誰に言ったわけでもないのに皆知っているように思える。それくらい俺に対しての恐怖を感じ取れるのだ。


これ以上村人から怖がられることはないだろうと思っていたが、爺さんの用意してくれた服装を身につけて外に出ると、今まで以上に恐れられた。

何故か供物を捧げられ、何もしていないのに悪行なのか善行なのかよくわからない噂が立ちそれは街や魔王の耳まで届いた。


人間を震撼させる魔物のような人間がいると魔王の耳に入った。人間でありながら人も魔物も存在を消してしまうという。

暇を持て余した魔王は自らその人間を見に行くことにした。


数世代前の人間と魔族の争いの名残で人を襲う魔物がいるが、同様に魔物を殺す人間もいる。以前の争いには理由があったが、最近の人と魔物の争いには理由がないものが多い。ただ別種族というだけで殺し合いをするのは時代錯誤的であると魔王は思う事がある。

たまには自ら庶民の魔族の様子を確認しないといけない。


現場の重要さをよく父から教わってきた。父は近代史を勉強しろと、子供の私に教育をしてきた。数世代前の争いは黒歴史だと言ってあまり教えてはくれないまま数百年経ち、私に魔王の座を引き継いだ。


人間と有効な関係を築け、との父からの教えだったが、私にとってそれが魔族や私に利益を生むのであればそうしても良いか、という感覚に近い。人間も強ければ面白いだろうな、とは思っていた。だから今回単身でこの魔物のような人間の噂を確かめるのは、父の言葉もあったし好奇心からでもあった。

強そうな人間の気配を辿れば噂の人間は見つかるだろう。そう考えるとある村の近くへ向かった。


「魔王様だー。」


間延びした声の方を見ると、村の付近の子供の獣魔族に指をさされている。そういえば魔王だとバレると家臣の追手もあるだろうし色々面倒だな。と気が付いた魔王はまだ指をさしている獣魔族に擬態した。子供の獣魔族は、魔王様じゃなくなった!と驚いている声を尻目にここからは徒歩で探すしかないか、と強そうな人間の気配のする村の入り口を目指した。


村を出る前の習慣として、人間やモフに触れられない悲しさを俺は植物の栽培にぶつけていた。村入り口付近に花を植えてみるとこれが意外にはまり、今では四季折々の花を咲かせる広めの花畑ができあがった。

討伐のため村離れる心残りはモフと花畑であるがふたつとも爺さんに任せることにしたが、正直心配だ。人間には感じたことのない愛おしさをモフと花には感じる。言葉は通じずともモフと花には俺の言葉や感情が伝わっているように思える。

呪いがなくなったら人間ともそういった交流ができればいいな。俺はそう思ってマントを翻した。動きづらいがせっかく爺さんからもらったのだ。大事にしたい。


爺さんからもらった装備は周辺魔族すら俺を魔族だと騙せるレベルのものらしい。装備のせいであり、俺が怖いからではないはずだ。とにかくそこらの魔族からも畏怖されているようで少し傷ついた。しかし近付かれないのは、魔族でも人間でも生き物ならば細胞から腐らせてしまう呪いを誤って使う心配がないのが救いである。


…しかしこれから魔王を討伐しなちゃいけないっていうのに、魔族も寄ってこないとなると戦闘の訓練も出来ないな。実践経験は積んでおきたかったけどどうするかなあ。


人を襲う気もない魔族を倒すのも気が引ける。何か間違って腐らせても怒られないし、良心の痛まないような強めの奴はいないなあ。

そう思っていると、

「お前が魔族のコクフか?」

と声がかかった。

誰だ?

声の主はやけにギラついた目をした青年で剣をこちらに向けている。俺は魔族ではないし、「コクフとは一体なんだ?」と聞いた。


すると青年は手の平サイズのボールをこちらに強めに放った。咄嗟に掴むとほんのり温かいそれはボールではなく小鳥だった。息を飲んですぐに手を離すが、地面に落ちた小鳥はじわりと羽の先から黒く滲み始めた。先程の小鳥の温もりが受け止めた手から離れないのに、心臓のあたりが冷たく濁る。


青年は、

「やっぱりな!触れたものを黒く腐らせる化け物、黒腐。人間の敵め。お前の噂は街まで届いたぞ。これ以上犠牲が出る前に私が成敗してやろう。」

と言っている。

青年の剣を作業的に杖で捌いている自分を客観的に感じる。



…探していた人間はこれか?

気配を辿って行き着いた先で黒い何か魔族のような者と人間が戦っている。あの黒いのは初めて見る形とオーラを持っていてよくわからないがあの人間は強そうだ。かなりレベルは高そうだが、濁っていてもうすぐ魔族側に堕ちてきそうなオーラの色をしている。

とりあえずこの人間が噂の者であれば、相手を消してしまうという場面を確認したい。


そう思って自分の気配を消してしばらく横で見ていて分かった。探していたのはこれではなさそうだ。いつまで経っても剣をちょこまか動かすだけで、これくらいなら私の飼い猫でも勝てるだろう。


ただ、人間の相手が気になる。

コクフと呼ばれていた者は制限があるような動きで杖を振り回している。手が相手に触れないようにしているように見える。

つまらない試合をよりつまらなくしているのが気に入らず理由を探していると、黒が侵攻している小鳥が目についた。ああそうか、わかった。


ー…私に触れてみな。


突然現れた獣の魔族が俺を見て言った。


人間は剣の動きがゆっくりになって強かった風も緩やかに肌を撫でる。世界が俺と目の前の獣を残してゆっくりと動いているようだった。


俺は突然の魔族に驚いたと同時に、ひさしぶりに見るモフに似ているふわふわの毛に心が踊り、すぐに手を引っ込めようとした。モフりたい衝動に気を取られているうちに強引に獣の魔族は俺の手を取った。


肉球のプニっとした弾力と手のひらが埋まるふんわりとした感覚。一瞬虜になったが、ダメだ!と叫び後ずさる。

あの小鳥のように黒くなる様を見たくない。ああまたやってしまったのか。なんて謝ればいいんだろう。生まれてきてごめんなさい、と昔言ったのを思い出した。爺さんはひどく俺を叱りつけた…。



「おい、大丈夫だ。私を見ろ。」


獣の声がする。

目を逸らしていた俺は恐る恐る前を見ると腐っていないし黒くもなっていない魔族が手を広げている。


「私に触れると一時的にお前の能力は打ち消される。心配せずにこの人間と本気で戦っているのを見せてもらえるか?」


肉球がこちらに向いている。動くたびふわりと流れる灰色狼のような毛が俺を魅了する。


それらを見つめているうちに風はいつの間にか強く吹き、瞬きと共に目の前のふわふわはどこかへ消えた。



人間は何もなかったように戦闘を続ける。

見えなかったのか?!それとも時間が止まっていた?


杖と剣を交差させつつ考える。

刀合わせをして腕に力が入っている脇腹に青年の蹴りが入る。


「化け物が考え事か?杖も使いこなせない魔族がこの勇者である私に勝てるとでも思ったか。」


植えてある花を踏み潰しながら青年は言う。


勇者でも何でもこの青年は慈しみの精神がないみたいだ。先程の獣の魔族が言った通り、呪いが打ち消されていなくともこの人間ならば腐らせてもいいのではないか、とふつふつと込み上がる怒りから俺は杖を手放した。


「降参か?ふっ化け物でも私の強さを理解したか。」


青年がそう言い終わらないうちに、彼の腕を思いっきり引っ張る。


こちら側に体制を崩した青年の頭部を横殴りにしようとするが、青年は前のめりの重心を咄嗟に活かしてさらに前に丸まりぐるりと前へ周り攻撃を避ける。そのまま斜めに転がり起き上がる動きの流れで剣をこちらに振るうが、後ろ蹴りで剣を弾くと青年の手が蹴りの衝撃で後ろに弾かれる。その瞬間先程の外した肝心の横殴りをキメようとしたが、デコピンで我慢した。

青年は剣の方へ吹き飛び意識を失ったようだ。


ゆっくり近づき青年を細めで見ても、どこも腐り落ちてはいない。

本当だった!俺は希望が見えた気がして、キョロキョロとあたりを見渡す。


するとどこからか先程の獣の魔族が現れて、なにか考えている様子で近寄ってきた。

青年に触れたり剣を調べたりしているのを見ていると、うんうんと頷きこちらを見た。


「コクフとやら、解釈を間違えていたら悪いのだが最後の攻撃はそこに咲く花を避けたのだろうか?」


ふわふわでモフに似ているのに高貴な存在感を放つ魔族に畏まってしまう。


「そうだね…ですね。あのまま殴れば花は潰れてしまっただろうし、俺は花が好きだし、こいつも殴り殺すまでの価値もないでしょう。いや、小鳥の扱いを見るにそうしても良かったけれど。」


一瞬モフへの話し方が出てしまうが持ち直す。


獣の魔族はうん、と頷いて


「小鳥か。良ければ特別に私が治してみせようか。

ただし、コクフ。お前の旅に同行させてくれ。会いたい人間がいてね。

コクフは人間に目をつけられているようだし、お前の見た目は人間のようだから都合が良い。

私は料理が苦手でね。料理も作ってもらえると助かるが、どうだね?ずうずうしいかな。

小鳥の命分になるかな?」


俺は目を見開いた。


俺の呪いに触れて無事だった生物はいない。だがこの獣の魔族は不思議な力を持っていて、この呪いに対抗しうると言う。それに旅に連れて行くだけで生命を取り戻せるなんて、対価にして良いのか。

…いいや、彼はきっと俺に負い目を感じさせないようにこのような提案してくれたに違いない。


「是非お願いいたします!」


即座に言うと、彼は

「畏まらなくて良い。これから共に旅をするのに気を負うのは互いに疲れるだろう?」

と言いながら、小鳥を包み込む。


一瞬もふもふの肉球付きの手が人の手のように見えたが、小鳥が何事もなかったようにピ、と鳴いて首を傾げて飛び立って行くのを見て安心しきってしまい脱力した。


……もしかするとこの魔族と友人になれるかもしれない。諦めていたもう一つの夢。俺を恐れない誰かと心を通わせること。

呪いを解いて、モフを存分に撫でて世界の動物に触れ合う。そして動植物以外の生物とも仲良くなれるとしたら。未来を楽しみにしたことなんて、久しぶりかもしれない。



……ただの小鳥のために、旅に同行して世話までさせるのは対価として大きすぎるかと思ったが案外すんなり通ったな。

魔王は不思議に感じる。魔王にとって、小鳥の命の復活はそこらの小石を磨くのと変わらない。


魔族にしては他の生物にやけに関心があるのだな、

と思いながらコクフと向き合う。


「私はまお…マローカと申す。」

魔狼化という完全に安直につけた適当さだが、この流れだとすぐに探している人間は見つかるだろうし、名前などなんでも良いか。

魔王もといマローカはそう考えた。


探している人間が近くにいるとも知らずに。

そして人間からのモフられる快感を知るのは近い将来のお話。


「俺は、…そうだね。コクフか、間違っていない。黒腐だ。

マローカ。君の探し人への道のり、最大限に手助けさせてくれ。」


そしてコクフはこのモフモフの高貴そうな狼が倒すべき魔王とは知らずに、モフモフ依存症ぎみになるのも別の話。



さっさとこの場を離れるように仕向けたのは、コクフに気づかれないようにするためだ。


私に触れると一時的に能力が打ち消される、と言ったがこれは一時的である。なくなるわけではない。


つまり結局時間の経過でコクフに触れられたあの青年は腐り落ちるわけだ。


あの触れ方だと、脇腹は内臓まで腐食が侵攻して十二指腸あたりは出てくるんじゃないだろうか。右腕は壊死くらいで済むかな。

デコピンは、どうだろうか。

額から脳にかけて小さな穴でも開くのであれば面白い。死体を確認したい欲に当てられるが今回は我慢する。


嘘はついていないがコクフはどうも優しすぎる。ここまで甘い魔族は珍しい。


青年が腐るのを見てコクフが悲しんだり怒るのは関係ないが、これからの人間探しに影響があるかもしれない。隠しておいて損はないだろう。


魔王はそう考えてちらりと横たわる青年を一瞥する。途絶える間際の生命はどんなに汚れた者でも美しく、笑みが溢れる瞬間である。


危ない。油断すると魔王の姿に戻ってしまう。擬態はすることが多くなかったから制御が完璧ではないな。


獣の姿に戻り表情を引き締める。

たくさんの強い人間に出会えば、学ぶこともあるだろうし、なにより魂の散る様子をこの目で見たい。


数百年ぶりにこの先が楽しみな感情が沸き立ち、尻尾がゆるりと揺れたことに魔王は気がつかない。


人間どもを腐らせていこうか。




おまけ↓

★デコピンしないで殴り殺すルートは、コクフ闇落ちルートです。花と小鳥を殺したため、もうどうでもいいや、と自暴自棄になり汚れた人間は全部始末しちゃおうとします。

さらに実家のモフも人間によって虐められているのを知り根本の人間ヘイトが加速。

魔王は面白がって魂の汚れた人間を教えてあげるから全員始末したらその呪いを解いてやるよ、と言います。

人類滅亡ルートですが、たくさん腐らせたら呪いを解いてくれるから犬もモフれるので、コクフ的には問題ないです。


★人間サイド勇者モードでは全魔族を腐らせるルート。旅に魔王を同行させないとこのルートに行けます。

魔王を腐らせたら呪いが解かれるから犬もモフれるよ、こっちのが難易度ハード、魔王がそもそも腐らせるの大変、でもコクフの人間性は強まり魂の光も強まるので魔王は喜びます。

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